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AMARYLLIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
8章 リヴァイアサン

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124/199

1.イムベルの匂い

 潮のにおいがする。聖海を拝めるイムベルの印象は、ひたすらそこにたどり着く。

 カエルムが、そして、シルワが、とんでもない事になっていたとしても、イムベルの空気はまるで気づいていない様子だった。

 私はそんな光景をただ眺めていた。人々が何も知らずに暮らしている姿が見える。以前ならば、あの姿に何かを感じることは出来ただろうか。聖剣に訊ねてみても、何も聞こえない。ただ隣に立っている愛しい人の存在だけが、今の私の支えであった。

 イムベルの都全体が見渡せる高台に立ちながら、ソロルはしばし目を閉じ、海風を感じる。その香りを味わうと、ほくそ笑みながら呟いた。


「命の香りがする」


 そして、はるか先の孤島を眺めた。


「あれがラケルタ島。てっぺんにあるのが大聖堂よ。あそこに老いぼれた雌の竜と最後の巫女がいるわ」


 目を凝らすと、美しい建物の影が見える。

 渡るには船が必要だが問題なんてあるわけがない。船はたくさん浮かんでいる。その持ち主が誰であろうと、困るなんてことはないのだ。


 シルワを発ってから、ソロルと私の距離はさらに縮まっていった。ソロルはもはや、ただの死霊とはいえない。冥界に住むという死霊たちは、皆、二人の巫女をまんまと手に入れたソロルを信じ、呼ばれれば彼女を信じて現れるようになっていた。

 イムベルは竜に守られた地域である。リヴァイアサン、セルピエンテ、その呼び方は様々だが、目に見えない強大な存在に、本来死霊たちは怯えるものらしい。カエルムも、シルワも、だからこそソロルの呼びかけに応じない者が多かった。ジズ、ベヒモス、そして彼らを支える巫女たちがいる限り、聖地は死霊に侵されないのだ。


 だが、この度は違うようだ。


 ソロルはすでに死霊の女王に君臨している。あらゆる死霊たちが彼女の力を認め、種としての未来のために動き出していることが私にも感じ取れた。その証拠に、彼らはイムベルを恐れない。巫女と竜に守られているはずの土地において、死霊なりの方法で攻め込む準備を始めていた。


 彼らは破滅を恐れていない。自らの肉体を滅ぼされたとしても、また女王が新しい肉体をくれると信じているようだ。だから、せっかく手に入れた亡者の魂を使い捨てることに躊躇いがないらしい。そんな彼らはいい肉壁になるだろう。現地を混乱させ、その隙にリヴァイアサンを屠り、海巫女を頂くのが最大の目的だ。


 だが、この度の目標はそれだけでは終わらない。リヴァイアサンを殺せたとしても、イムベル大聖堂には聖女がいるはずだ。強大な魔女でなくとも聖女となったものは見くびるな。いつになく警戒するソロルの忠告を私は忘れてはいない。念には念を入れて、クリケットのくれた情報を最大限に活かさねばなるまい。


 これは、聖女潰しの戦いでもある。


「仲間の声が聞こえる。準備が整ったようよ」


 ソロルの合図とともに、私達は高台を去った。向かうは港である。


 人々のひしめき合う都という場所で、殺人はあまりにも大胆すぎるだろう。だが、それは人と人とのぶつかり合いに限る。死霊というものは人目を阻んで狩りをすることが出来るものだ。聖地であり、教会があり、教皇直属の聖戦士――同胞たちがうろついていたって同じだ。魔物や魔族の戦士がいたとしても、計画的に動く死霊のすべてを阻止するなんて難しい事であるはずだ。

 お陰で、私達の出発は計画通りに進んだ。港で待っていたのは船乗りの姿をした人間の男だった。勿論、ただの人間ではない。元は人間だっただろうけれど、その中身は死霊である。フラーテルに支配された彼は、現れた私たちに向かって丁寧に頭を下げた。


「お話は伺っております。どうぞ」


 そして、彼は船を漕ぐ。語りだすのは生前の記憶であった。曰く、彼は今朝まで人間だった。いつものように目を覚まし、愛船の様子を見に行く。家族は持っておらず、孤独な日常だが、海や船乗り仲間との日々はそれなりに楽しかった、らしい。

 フラーテルとなったばかりの彼の意識は混濁していた。てっきりフラーテルの人格に支配されきってしまうものだと思っていたが、彼の様子はまるで死者が亡霊のように生前の生活の続きをしているかのようだった。

 新しく現世に現れたばかりの仲間を、ソロルは優しく見守っていた。そして無事にラケルタ島へとたどり着くと、優しい口調で彼を誉めた。


「とてもいい船旅だったわ。ありがとう」


 すると死霊の船乗りは嬉しそうに笑って、そのまま愛船を残して地下へと消えていった。


 船が着いたのはラケルタ島の正式な港ではない。見張りのいる場所から逸れたその場所は、現地の船乗りにしか分からないような地点である。岩場を歩きながら、私はラケルタ島を見上げた。目指すべき大聖堂は島の上部にある。巡礼者が歩む道には敵も多いだろう。その一人一人を相手するのは骨の折れることだ。

 しかし、そんな私の考えを見抜いたのか、ソロルは囁いた。


「大丈夫。仲間たちがいる。私の指示ひとつで高波は発生するわ。あなたはその波に乗って、ただ進めばいい」


 その言葉に私は黙って頷いた。まるで、羊狩りを計画する狼にでもなったような気分だった。

 忍び足で進んでいくうちに、私達の行く手に見張りの戦士たちの姿が見え始める。巡礼の道は短い。狭い島であるこの場所は、聖山や聖森とはわけが違った。


 ――さあ、行きましょう。


 ソロルの声が頭の中で響く。いよいよ襲撃は始まった。

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