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AMARYLLIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
6章 ジズ

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2.死の力

 カエルム大聖堂に到達してからが長かった。一般公開されているペンナ礼拝堂を突破するのは容易だったが、その先が厳しい道となったためだ。ある程度分かっていたことだ。だが、戸惑いを無くし、完全に私の事を単なる人間の不審者ではないと認識した鳥人たちは想像以上に手ごわかった。

 どれもこれも隊長職なんて立場のものではない。鳥人の中では単なる一兵卒にすぎなくとも、世界各地に救う魔物どもとは全く違う。ここはジズの領域であり、彼らはジズの血を引く者たちなのだ。その意味を戦うたびに私は思い知った。


 ――怖がらないで。


 だが、手ごわい相手が道を塞ぐたびに、私はソロルの声を聴いた。姿は見えないが、どうやら常に傍に居るらしい。姿の見えぬ死霊の存在に、鳥人戦士共も気づいているようだったが、皆、いずこかにいる彼女を引っ張り出すという力はないようだった。

 ソロルの存在は私にとって非常に助かるものだった。鳥人たちは彼女を異様に恐れ、私と戦っていながらも、常に彼女の接近に敏感だった。おかげで、元からある力差はだいぶ緩和され、辛勝ながらも連勝することは可能だった。

 指輪の影響もあるだろう。今のところ、目立った傷も負っていない。それでも、大した自信にはならない。気を抜いてはいけない。まだジズのいる場所は遠いのだ。ほとんど相手側の血を被りながら進む。その足も、少しずつ疲れが生じ始めていた。


 ――大丈夫よ。指輪があなたに力を与える。


 愛用の剣〈シニストラ〉を握り締めながら、私は歩み続けた。屈強な鳥人戦士たちを一人一人戦えぬ体にしていくのは骨が折れるが、本気になった彼らを減らすには確実だ。余裕があれば息の根も止める。死んだかどうかは確かめず、ただ手ごたえだけを頼りに少しずつ進んでいった。

 そうして猛禽たちの悲鳴も聞きなれてきた頃、今までとは違う雰囲気の戦士の姿を目にした。鎧と紋章が違う。クルクス聖戦士の中でも高位の立場にある者たちのものとほぼ同じだ。恐らくは隊長の立場にある者だろう。これまで倒してきた鳥人戦士とは違う。もっと手ごわいはずだ。


 ――この先にはもっと手ごわい相手もいるわ。


 ソロルの声が聞こえた時、隊長と思しき相手が人間にはとても扱えない重さの聖槍を構えた。闘志に燃える彼の目を見ていると、恐れとは違う体の震えが起こった。剣を持つ手がとても熱い。まるで自分の身体から何かが飛び出してきそうなくらいの衝動を感じた。


 ――これまで斬ってきた相手の返り血が、あなたの剣の力になる。


 甘く囁くような声でソロルが教えてくれた。


 ――自分を信じて行きなさい。あたしとあなたなら大丈夫よ。


 愛しい女性と同じ声色だ。その言葉を信じて一歩前へ進むと、聖槍を構える鳥人戦士が猛禽特有の目で睨みつけてきた。


「止まれ」


 意味がないと分かっているだろうに、彼はそう言った。


「アルカ聖戦士といえども、この先へ通すわけにはいかない。即刻立ち去れ」


 言葉に従うはずもない。そんな私の目を見て、彼もまた理解したようだった。


「なるほど。俺を殺してでも進むという顔をしているな。そうはいかん。この紋章を頂いて以来、俺には責任がある。その責任のもと、空巫女様に不用意に近づこうとする不届き者達を貫いてきたのだ。聖剣を持たされる立場であろうと、そう簡単に俺は倒せんぞ。もっとも、俺を殺せたところで、ただの人間のお前にはミケーレ隊長やジブリール様には敵わないだろうよ。何が目的かは知らんが、お前のやったことは自分の命を粗末にしただけだ。あの世で悔やむがいい」

「よく喋る鳥だ。お前が何であろうとおれもまた怯むわけにはいかない」


 聖剣の血を払って構えれば、聖槍使いの鳥人戦士は不敵に笑った。


「なるほど。何だか知らぬが大勢に危害を加えることをよしとするほどの目的らしい。そうは行くか。すでに散った我が同志、我が部下のためにも、刺し違えてでもお前を止めて見せる!」


 吠えるように彼が唸った時、行く手より援軍が駆けつけた。いずれも鳥人ではなく、人間の戦士に見えるが、そうではないということをその登場の仕方が教えてくれた。二人とも物陰から唐突に現れたのだ。しかも一人は一瞬だけ狼の姿を露わにしていた。カリスかと見まがったが違う。男の戦士だった。もう片方はさらに人間に似ているが、それにしては牙が長い。恐らく吸血鬼の一種だろう。


「ルドルフ様、クロス様。どうして此処に?」


 聖槍使いの鳥人戦士が驚いた様子で訊ねると、人狼戦士の方が応えた。


「傷だらけの報告者が突然現れたものでね。ジブリール様の御達しだ。絶対に通してはならないぞ。我々も死ぬ気で戦う」


 傷だらけの報告者。その言葉に、ある者の顔が浮かんだ。


 ――カリスかしら。だとしたら、根性があるわね。


 鳥人戦士一人でも苦労していたのに、吸血鬼に人狼だ。


 ――問題ないわ。数が増えようと意味はない。あなたがあたしを認めてくれる限りはね。


 愛らしく囁かれ、少しだけ気が抜けた。

 彼女の自信が何処からくるのかは分からない。だが、今の私にとっては、心強いものだった。導いてくれる。その通りに動けばいい。信じて突き進めばいい。そうすれば、本物のサファイアに会えるのだ。迷い続けた私にとって、その道標は非常に嬉しいものだった。


「何人いようと同じだ。そちらが死ぬ気ならばこちらも同じだ」


 不思議と恐怖心はあまりなかった。

 人間一人に対して魔物が三人がかりとはやりすぎのはずだ。だが、そうであったとしても、ソロルの強い言葉と意思が、私の背中を押してくれたのだ。

 魔物などに怯えてはいられない。この先に待っているモノは、もっと強大な存在のはずだ。全ての魔物の守護者とも呼ばれる化け物を仕留めなくてはならない。こんな小物たちに負けていられるわけがなかった。

 唸り声をあげながら飛び掛かっていく。考える暇はない。そんな余裕もない。ただ、目の前の三体の魔物たちの息の根を止めなくては。


「生意気な!」


 猛々しい猛獣の唸り声が響き、真っ先に飛び出してきたのは人狼戦士の男だった。人狼戦士特有の鎧は重たいはずだが、そんなことも意識させないほど軽々と飛び掛かってきた。その顎の力は非常に強い。人の身体を食いちぎるなど容易いはずだ。慈悲などそこにはない。これまで私が通ってきた道の惨状を思えば、慈悲などあるはずがない。相手が鼠であろうと、全力で叩き潰す勢いなのだろう。

 だが、それは私も同じだった。剣を向け、狙いを定める。まともにぶつかり合って勝てるかどうかというのは人狼相手でも同じことだ。油断すればたちまちのうちに喉を裂かれて命を落とすだろう。しかし、私には勝利に導く天使がいる。


 ――貫きなさい。


 その声と共にふわりとした風が私を包み込んだ。直後、時間がやけにゆっくりとしたものに感じられた。人狼戦士の動きが異様に遅い。戸惑っているのか、ソロルが何か怪しげな術を使ったのか。ともあれ、勝利を約束した天使の力に偽りはなかった。

 一瞬だった。ほんの一瞬だった。確かな手応えがしてしばらく、沈黙が走った。だが、振り返るよりも少し早く、苦しそうな呻き声と戦士たちの声が響いた。


「ルドルフ!」


 吸血鬼が叫び、とっさにこちらを睨んできた。その眼は赤い。興奮している時の目だと聞いたことがある。怒っているのだろうか。ならば、もっと怒らせてやろうじゃないか。


 ――そうよ、やりなさい。手を抜いては駄目。


 聖剣を構え、床で這いつくばる人狼戦士に迫った。私の意図を悟ったらしく吸血鬼戦士と鳥人戦士がほぼ同時に動いたが、奴らは間に合わない。狼の血の臭いのせいか、自分自身が獣にでもなったかのように体が軽かった。


「やめろ!」


 鳥人戦士が叫んだが、私は躊躇わなかった。躊躇うという気持ちになれなかった。縄でも斬るように、草でも刈るように、逃げる力を失った人狼戦士に剣を突き立てる。重い衝動と、濃い血の臭い、そして、聖剣より伝わる冷気が私の身体を震わせた。

 嘆きに満ちている。吸血鬼戦士が怒っている。強い怒りと悲しみの感情が、手に取るように分かった。指輪のせいだろうか。きっとそうなのだろう。私への殺意と憎しみを感じる。それが異様に心地よかった。


「仲間の元へ送ってやろう」


 獣が唸るようにそう言ってやれば、吸血鬼戦士は面白いほどに釣れた。やや遅れて、鳥人戦士も聖槍を構えて迫ってくる。


 ――馬鹿な人たち。あたし達に敵うわけがないのに。


 愛らしい笑みが耳元をくすぐってきた。二人同時に相手をしても、問題はないのだとその態度が教えてくれた。ならば、怯える必要があるだろうか。勝利は我らと共にある。力と勝利、そして血と屍の果てに、待ち焦がれたものがあるのだ。

 迷うことはなかった。長い槍も、怪しげな術も、何もかも私たちには通用しない。ぶつかり合う瞬間だけがやはりゆっくりしたものに感じられた。真っ先に剣が捉えたのは吸血鬼戦士だった。そのきめ細やかな肌が傷つき、深く抉られていく。その反動を活かして、遅れて襲い掛かってきた鳥人戦士をも斬りつけた。


 うまく着地して振り返ってみれば、相手はどちらも傷つき倒れていた。吸血鬼には致命傷を与えた。鳥人の方は違うようだ。もともと頑丈な上に、当たりが浅かった。けれど、与えた衝撃は何も肉体に対するものだけではない。倒れ伏した仲間たちを見て、彼は唖然としていた。戦意があるかどうか考えるまでもない様子だ。だが、そんな隙だらけの彼に対して、ソロルは容赦しなかった。


 ――心身の傷はいずれ治る。けれど、死は治らない。


 そんな言葉をつぶやいて、彼女は見えぬ姿のまま取り残された鳥人戦士へと迫っていった。死霊は魔物を獲物にしない。そう聞いたことがある。恐らく本当なのだろう。それでも、食えないからといって殺せないというわけではない。

 いかに強靭な体と素晴らしい能力を持っていようと、心が弱まれば意味がない。戦う意思がなければ、抵抗する意識がなければ、それで終わってしまうのだ。死の風となって、ソロルは戦えぬ猛禽の命を奪った。甲高い悲鳴が響き、臆病な野鳥のように絶望する彼は、先程まで猛々しく私に威嚇してきた姿からは想像できないほどだった。

 そして、あっけなく戦いは終わった。最後の一撃は私のものではなく、ソロルによるさり気ないものだった。


 増援はないらしい。道を塞ぐ者はまだ来ない。


 ――行きましょう。


 ソロルの囁きと共に、先へと進んだ。

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