契約
薄暗く閉ざされた室内の中央に、チョークで描かれたいびつな魔方陣がある。その魔方陣の上にトカゲの尻尾、小瓶に入れたコウモリの血、干し椎茸、老婆の爪、ヒトデの粉末を置き、
「カニャラムホンジュラム…」
と呪文を唱えると、魔方陣から煙と共に悪魔が姿を現した。
「やった、成功だ!!」
悪魔の召喚に成功した男は喜びの声をあげた。悪魔は喜んでいる様子の男を見下ろし言った。
「余を呼び寄せたのはお前か?」
「はい、私でございます。どうかあなた様に叶えて頂きたい願いがございまして…」
「ふむ、叶えたい願いとは何だ」
悪魔に聞かれた男は待ってましたと言わんばかりに、青年の写真を取り出して見せ、事情を話した。
「是非あなた様にこの青年を殺して頂きたいのです。この青年に、私は愛していた彼女を取られてしまいました。憎い、本当に憎い。今思い返してもはらわたが煮えくり返る。どうか、青年を殺してください」
「なるほど、恋愛の縺れからの復讐というわけか…。よかろう、その青年を殺してやる。だがタダでというわけにはいかない。願いを叶えてやる代わりにお前の魂を貰う事になるが、それでも良いか?」
悪魔に確認される間でもなく、男の意志は決まっていた。
「勿論でございます。あの青年を殺して頂けるのであれば、魂でも何でも差し上げます。ああやっと念願が叶う。あいつが殺されると思うと胸がスーっとする。それで悪魔さん、どうやって青年を殺すのですか? 一思いに八つ裂き? それとも長く苦しめる為に、治らない病気にして衰弱死というのもいいかもしれない…。そうだ、悪魔さん、青年が死ぬ瞬間に是非とも私を立ち合わせてください。あの野郎ざまあみやがれ」
男はいよいよ叶えられる願いに興奮していた。しかし悪魔は男の申し出に予想外の返答をした。
「残念ながら、お前が青年の死に立ち合う事はない。というよりも、立ち合う事が出来ないのだ」
「それは何故ですか!?」
まさかの悪魔の返答に男は目を丸くして聞き返した。
「魂の契約は前払い制なのだ。よって、今ここでお前を殺す事になる」
「そ、そんな…」
そこで男は、改めて自分が呼び寄せた相手が悪魔である事を認識したが、全てが手遅れだった。
「余は確認して、お前は承諾した。契約は成立している。取り消しは出来ない」
「い、嫌だ…。まだ死にたくない…。せめて青年が死ぬまで…助けて…」
男は誰かに救いを求めるように言葉を発したが、その言葉が誰かに届く事はなかった。逃げようとする男を悪魔は巨大化させた手で捕まえると、最後に言った。
「言い忘れたが、その青年を彼女に差し向けたのは余だ。だが安心しろ、七十年後か八十年後か、いつか気が向いたら、ちゃんと青年は殺してやる…。おいおい、そんな目で見るなよ、約束は守ると言っているんだ。それにしても、憎しみ、怒り、絶望、恐怖で味付けされたお前の魂はさぞかし美味いだろうな…」