プロローグ。
——墨汁を零した様な空だった。
星が一つも出ていない。 不気味過ぎる空。
その下で少年は一人、 寂れた神社に居た。
この街の者も忘れてしまった様な古い神社。 何が祀られているのかも、 そこにかつて誰が居たのかをも、 時代の流れに置き去りにされた場所だ。
「……よう、 神様」
案外勝気な少年化野縷々が境内の前に立ち、 ボロボロになった本坪鈴を乱雑に鳴らす。
「実はお願いがあってな」
風に乗って妖の声が届く。
その声に一瞬振り返りこそしたものの、 そんな事にも馴れた少年はすぐに境内の方へ向き直る。
「もうそろそろ見つかるかもな。 って事で、 早めに、 短く、 全部引っくるめて言うからな」
冬の寒さが肌を突き刺す。
彼が白い息をゆっくりと白い息を吐いた。 その純粋な目は真っ直ぐと境内の方へ向けられている。
「強くなりたい。 でも、 乱暴者にはなりたくない。 強くなって、 優しくもなりたい。 自由になりたい。 自由に色んな所に行ける様になりたい。 聖とじいちゃんが元気で過ごせて——まあ、 アイツ等も程々に元気で、 それで…んー、 後は、 か、 かかか彼女? ってのが欲しい。 ほら、 有栖と話してると付き合ってるの? とかって馬鹿にされるからさ。 もう無いか? もうねぇな? あ、 三万円ぐらい落ちてねえかな? 落ちてて欲しい。 出来れば帰り道に。 それと白髪だと先生に怒られるから、 起きたら髪が黒くなってると良いな! まあ、 そんな感じで、 あけましておめでとう神様」
言い切ると今度は息をめいっぱい吸う。冷たい空気が肺をキュンとうならせた。
心なし彼は恍惚な表情を浮かべている。
縷々は人生で初めての初詣にすっかり酔っていたのだ。 それこそ、 ここで正月の全てを詰め込んで、 雑煮を食い、 境内に羽子板を飛ばし、 賽銭箱から年玉と称し賽銭を盗む勢いで、 彼はこの時を楽しもうとしていた。
「……色々と突っ込みたい所はあるけど、 一つだけ言わせてくれ。 三万円落ちてないかなって、 お前それ拾うつもりだろ。 神様に何てお願いしてるんだ。 後、 殆どが困った時の神頼みじゃないか。 なんて荒んだ子供なんだお前は!」
突如降り注いだ声に驚いた様に縷々が顔を上げる。
彼の視線の先。 つまりは神社の屋根の上に、 声の主が悠然たる面持ちで腰掛けていた。
「…おぉ、 神様は初めて見た」
「な、 私が視えるのか!?」
「……視えないと思ってたって事は何時も独り言をあんな喋ってんの?」
「う、 うるさいぞ、 馬鹿!!」
「神様が人を馬鹿にすんな、 馬鹿!」
桜色の髪を振り乱し立ち上がる神様にビシッと指を指す縷々。
それを見て、 端正な顔立ちの彼女はその髪の色と同じ様に、 頬を染めた。
「なんて失礼なガキだ。 私は神様だぞ、 偉いんだぞ」
「偉いなら文句言うな。 偉い奴は偉そうに椅子に座ってハンコを押すだけって聖が言ってたぞ」
「…聖って誰なんだ」
「俺の家に住んでるオッさん」
「それお前がそのオッさんの家に住んでるんじゃないのか?」
「いや、 家はじいちゃんの家だな」
「……ややこしいな」
「まあな、 家庭の事情ってヤツだ!」
そこでふと神社に向かう参道に淡い火が、 蛍の光の様に浮かんだ。
その光が近付く事にも気づかないぐらいに彼らは会話を楽しんでいた。
淡い光に照らされた人影は参道を過ぎ、鳥居の下で動きを止める。
「……もう迎えが来たみたいだ」
「お前の連れか?」
「どうなんだろう。 俺は色々と面倒らしくて、 山には行っちゃ駄目だって言われてて。 それに夕方を過ぎたら外に出たら怒られるんだよ」
「…大丈夫なのか」
「大丈夫だろ、多分」
そこで会話が途切れる。
縷々が松明を持った人影の方に目をやりながら呟く。
「…また来年も来るから、 待ってろよ神様」
「待っててやるから次は賽銭ぐらい持って来いよ」
——また来年も必ず。
最後にそう心の中で神様と約束を交わし、 屋敷を出た時とは明らかに違う、 満足感の様なモノを持って、 神様に背を向け人影の方へと歩いて行く。
そして、 人影の手前で立ち止まると、 少しだけ顔を社の方へ向ける。
「忘れてた。 最後のお願いだ。 友達が欲しい。 来年までには頼んだぜ神様!」
どうも、化野妖怪譚を見て頂き有り難う御座います。
まだプロローグなので盛り上がりに欠けると思いますが、これから頻繁に投稿していくつもりなので気に入って頂けたのなら、今後とも暇潰しのおともにしてやってください。
@OREKI_00 Twitterもしてます。
最後にあらすじ考えるの苦手です…。