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騎士として

 リズとギリアムは灰色の古遺跡群に立ち入っていた。まっすぐに通った石道はあちこちが砕け、半ばが土に還っている。辺りには墓石を思わせる、大小の石造りの建造物が立ち並び、風が吹くたびに壁から灰色の塵が舞う。

 リズはぐるりと首を巡らせる。おそらくは街の跡であるのだろうが、四角い穴が所々に開いた灰色の建造物はひどく無機質で、そこに人々の営みの残滓を嗅ぎ取る事はできなかった。退廃的な風が吹き荒ぶ灰色のグァイネア古遺跡群には、どこか地下墓地のような、胸の奥を淀ませる空気が漂っている。


「おい、これを見ろよ」

 ギリアムが石棺のような建物の壁を手甲で叩く。砕けた壁材の中から赤茶けた棒が覗いていた。木の枝かと思ったが、よく見ればそれは錆びの浮いた鉄の棒であった。

「鉄の棒を格子状に埋め込むことによって、補強をしているんだな。随分と豪勢な事だが、どうやって石の中に埋め込んでいるのだ?」リズが言う。

 二人は思わず唸る。果たしてどのような技術か、鉄の格子は完全に石壁に吞みこまれている。そういえば、この石だって不思議だ。繋ぎ目はどこだ? まるで一枚の板のようではないか。

「おとぎ話の世界に迷い込んだ気分だな。不思議な物しかない」

 二人は警戒半分、好奇心半分。生まれて初めて山奥から街へ降りて来た田舎者でもここまではすまい、というほどにしきりに首と眼を巡らせる。


 古遺跡群には、ほとんど石と金属しかない。それ自体見慣れた代物だが、しかしリズやギリアムが知っているものは一つも無かった。

 ふと、リズはギリアムの様子が気になった。初めは気のせいかと思ったが、明らかに落ち着きがない。(うわ)ついていると言っても良い。

 リズは大げさにため息をつき、ギリアムの尻を蹴り上げる。

「おうふっ!?」

「しゃんとしろ、馬鹿者が」

 取り繕うような咳払いをしながら、ギリアムが「悪い、なんでもない」などと言う。緊張でもしているのか? がらでもない、とリズは呆れたような視線を向ける。


 ややあって、周囲の景色に変化が現れた。灰色の長い壁が続くようになり、建物の姿も縦長から横長に変わる。建物の上部から、煙突らしきものが突き出ている物もある。まるで教会か、大きな工房のような雰囲気だ。

横長の建物群の中に佇む、深緑色の高い建造物が目に飛び込んできた。何本もの金属の柱が等間隔に並び、柱の間には細い金属の棒がジグザグに渡されて補強がなされていた。その中心には他の物よりも一回り太い金属の棒。どれもが城壁のような高さだ。そして、それらの柱の上には丸っこい容器のような物がどでん、と置かれている。

 周りにある石造りの建造物と比べて、明らかに異質だ。あれは何だ、と二人は唸る。


「見張り台みたいなものかな……」ギリアムが言う。

「確かに階段もあるしな。どれ、昇ってみようか」

 そう言うと、リズは謎の建造物に取り付けられた螺旋階段へと足をかける。

「待て、リズ。危ないんじゃないか?」

 確かに、鉄も風雨に晒され続ければ朽ちて腐る。階段を踏み抜いて高所から落下、なんて事になれば大事だ。分厚く塗られた塗料のおかげで腐食は抑えられているようだが、こういう物は見た目だけでは判断できないものだ。

 リズは階段から脚を降ろし、首を上に向ける。柱の頂点に居座る鉄桶に扉は見当たらない。人が中に入るための物ではないという事か。であれば、何かを貯め置く為のものか?


「おい、リズ」

 ギリアムが声を上げる。指さす方向へ視線を向けると、ようやく見慣れたものがリズの目に飛び込んできた。死体だ。

 歩み寄り、確認する。

 獣やネズミにでも齧られたか、肉を削がれた死体は殆ど白骨化している。気になるのは転がっている装備だ。金属製の胸当ては黒く焦げており、炭化したブーツらしき物も見える。戦闘をした形跡はない。漂うのは一方的な虐殺の気配だけだ。


「竜の仕業かな」ギリアムが言う。

「だろうな」リズが頷いた。

 辺りには、他にも死体が点々と転がっている。二人は死体の列を追うように足を進め、やがて幅の広い道が交差する開けた場所に出た。辺りにはおびただしい数の死体。こちらには剣や槍の残骸も多数。鎧に身を包んだ遺体も散見される。聖堂騎士団の鎧だ。交差点は黒く焼け焦げ、何かの燃え滓が広がっている。

「植物の灰だな」

 ギリアムが燃え滓を摘まみ上げて指で磨り潰す。道の石畳は剥がれ、土が露出している。こここが顔役の言っていた〝天使の角〟の栽培地なのだろうか。

「気の狂った生還者は、これの煙を吸い込んだのだろうな」リズが言う。

 初めに竜と遭遇した探索者のパーティは、天使の角をランダルマへ運び入れる者たちの護衛だったのかも知れない。荷を積み込み、さぁ出発と言った所で天から死が降り注いだのだ。


 周囲の建物の壁は所々が黒く変色し、または崩れている。竜との戦いの爪痕だ。二人は痕跡を辿って歩く。右を見ても左を見ても、死体、死体、死体。また死体。統一性のない装備から、殆どは探索者のものと思われた。

 古遺跡群にはそれなりの戦力が駐在していたようだが、想定を遥かに超える存在の襲撃を受けて無残に壊滅していた。


 死体を辿ると一際大きい建物に行きついた。地方貴族の屋敷の数倍はあろうかという巨大さだ。中に入ると、その建物は通路と小部屋ばかりの不思議な構造をしていた。

進んでいくと広場のような場所に出た。屋内広場だ。崩れ落ちた天井から行く筋もの光の筋が降り注いでいる。その光に照らし出されているのは――。

「たぶん、あれが天使の角だな」ギリアムが声を上げる。

 さぁっ、と吹き抜ける風に白い花弁が一斉に騒ぐ。廃墟の広場は花畑になっていた。

「屋内栽培か。元々強い植物なのだろうな。数か月も放置されているはずなのに、少しも弱った様子が無い」

 リズが花の一つを摘み、くるくると指で弄ぶ。


 花畑の近くにある小部屋の一つは、帳場のようになっていた。雑な造りの机の上に、インクの容器が横倒しになって、乾いた黒い染みを広げている。リズはなんとなしに、丸められた羊皮紙の一つに手を伸ばす。

「帳簿か、凄まじい金額だ。神の威光とは金貨の輝きだったのだな」

 くすんだ羊皮紙には数字がびっしりと並んでいた。アズガルドの元へ届けられた献金は桁を数えるだけで一苦労だった。ここにあるのは、表に出せない類の帳簿ばかりなのだろう。

 リズが隣にあった羊皮紙を摘まみ上げる。そこに書かれていた内容は先ほどの帳簿と酷似していた。ただし数字以外は、だが。

「金額がまるで合わないな。どういうわけだ?」

 集められた献金と、イマルタル聖堂会の総主教の元へ送られた金額が一致しない。その差額は何処に消えたのか。子供でも察しがつく話だ。

 リズはまた別の羊皮紙を開く。そこには天使の角の出庫記録が綴られていた。様々な国の有力貴族の名が連なっている。

 天使の角。その名には〝存在してはならない物〟という意味合いが込められている。人の心に悪魔を住まわせるとして、イマルタル聖堂会が栽培を固く禁じている禁忌植物だ。

 アズガルドはそれを栽培し、礼拝の際にそれを焚き、信者を酔わせて中毒状態にした。悪魔の力で神の奇跡を演出し、信者から銅貨の一枚でも多く金をむしり取るためだ。それだけでも重罪だと言うのに、アズガルドは天使の角を他国の貴族に売りつけていたようだ。帳簿の桁違いの献金は、その売り上げ金であった。


「顧客にラッバス王国のシューツィリア卿の名前まであるぞ。賢者と名高いお方なのに」

 ギリアムがリズの手元を覗き込む。

「だからこそ禁忌なのだ。悪魔はどんな人間の魂でも蝕む」

 リズは汚物を掃うように羊皮紙を投げ出す。二人は、この場の精査は後でトニスに任せる事にした。彼ならば、ここの情報を正しく扱えるだろう。


 二人が屋内栽培場を出ると、不意にギリアムが足を止めた。口を開きかけるリズを手で制し、少し俯いて耳を澄ませる。

「足音だ。複数。武装している。アーリィ達では無さそうだ」

 音の方角へ向かうと、先ほどとは別の交差点に人だかりを見つけた。壁に背を付け、顔を覗かせて様子を伺う。

 十四人。不揃いの防具に身を包み、武器はお世辞にも上等とは言えない。一見すると野盗と変わりがないが、彼らの顔には見覚えがあった。


「遠征隊だ。生き残りが居たのか」ひそひそと、リズが呟く。

 彼らの顔は垢と土埃で斑模様になっている。瞳は粘膜で覆われたようにぎらり、と光り、何もかもを削ぎ落された表情は鋭く険しい。

 一人の男が、近くに錆びの浮かぶ金属の箱によじ登り、刃の曇った剣を振りかざして「我々は幾多の困難を乗り越え、遂にここまでやってきた――」などと演説をぶち始めた。浮かれたように見上げる男たちも武器を振りかざし、獣のような雄叫びを上げている。


「まずいな」ギリアムは顔をしかめた。

 金属箱の上で「我々には神の加護がある」と声が上がり、再び雄叫びが噴き出した。その声は周囲の壁に反響し、青空を揺らす。

 彼らは装備の殆どを失い、身一つで外界の森を抜けてここまで辿り着いたのだ。神の力を肌に感じるのも無理からぬ。彼らは信じている。神に愛された我々が、魔獣如きに負けるはずがないと。

 しかし彼らは知らない。相手が、禁足地に潜む魔獣が何者であるのかを。


 鉄板を捻じ切ったような音が、豪雨となって降り注いだ。突然の出来事に遠征隊の生き残りたちは腰を落として辺りの様子を伺う。

 高い建造物の上に、太陽を背にして黒い影が降り立った。振動が足元と鼓膜を揺らす。

 リズとギリアムが静かに息を吞む。

 巨大な翼。全身を包む、頑強な鎧のような鱗。凶悪に捻じれた二本の角。杭のような牙が立ち並ぶ咢の端からは、紅焔が細く溢れ出している。

 魔獣の中の魔獣。伝説の中の伝説。生ける災害。神に等しき災厄の主。


 ――竜だ。


 今や外界の王となった若き暴君が、蛇のように縦に割れた瞳を細めて侵入者たちを見据えている。

 男たちは動けない。目の前の光景が信じられず、白昼夢でも見ているかのようにただ茫然としている。脚は震え、口はだらしなく開きっぱなしで、尻餅をつく者まで居る。先程までの威勢はどこへ消えたのか。彼らは畑の案山子(かかし)にも劣る存在に成り果てていた。

 竜が羽ばたき、天高く舞い上がる。長い首を後ろに引き、その胸が膨らむ。


「待て、何を考えている!」

 駆け出そうとしたリズの肩を掴んでギリアムが叫ぶ。その手を払い、「私は、騎士だ」とリズが言葉を返す。その瞳はどこまでも真っ直ぐだった。

 物陰から飛び出したリズは男たちの元へ向かいながら、背負った突撃槍と大盾の魔装具、ヴェンデッタを手にし、「目覚めよ(アウェイクン)!」と声を発する。

「私の後ろへ!」

 リズが大盾を構えるのと、紅焔のブレスが襲い掛かるのは、ほぼ同時だった。


 まず到達したのは、急激に熱せられた空気が叩きつけられる衝撃波。次いで魂まで焦がすような灼熱と、渦巻く炎の、断末魔のような轟音。

 紅一色に染められた世界で、ヴェンデッタの防護がリズ達を包んでいる。その力は背後や頭上にもおよび、背後から巻き込んでくる炎熱をも防いでいる。その防護の力が限界に達しつつあった。空間が割れるように、紅焔との境目に亀裂が生じる。

「ぐっ――!!」

 リズの喉の奥から、呻きが漏れ出す。ヴェンデッタの力は開放され切っていない。そんな時間は無かった。そのせいだ。


 防ぎきれない――!!


「これほどか、サラマンダー……!!」

 死という言葉が脳裏を過った瞬間、リズを襲っていた圧力が不意に霧散した。紅焔が途切れ、リズの視界に青空が還ってくる。そこに浮かんでいたのは長く伸びたボルソルンの刃と、それを受ける竜の姿だった。

「おおおぉぉぉぉ!!」

 ギリアムの声が轟く。(のこぎり)のような刃が竜の身体を捉え、激しい火花を散らしている。


「くそっ! 硬ぇ!!」

 最後の刃が竜の身体から離れる。黒い鱗に大きな損傷は見受けられない。

 苛立った咆哮を響かせ、竜が怒気をまき散らす。

 鱗の隙間から炎が溢れ出す。炎は瞬く間に勢いを増していく。全身を紅く染め上げた竜の胸が、絶望を吸い込んで大きく膨らんだ。


 冷たい死の気配が、リズとギリアムの脳髄から背骨までを貫く。

 ――全力だ。先程とは比べ物にならないほどの火力でブレスが放たれる。


 リズは再びヴェンデッタを構えようとするが、腕が痺れて力が入らない。背後にはいくつもの怯えた表情が並んでいる。守らなくてはならない。自分にはその力があるはずだ。それが使命だ。自分は、騎士なのだ。

 リズの顔に、大きな影が掛かる。

「さっき言いそびれたんだけどさ」リズを守るように立ったギリアムが、肩ごしに白い歯を見せる。「俺も、騎士だったわ」

 思わず口元が綻びる。「やはり、お前は馬鹿だ」

 ギリアムの肩が揺れる。「俺もそう思う」

 竜の咢が開かれる。燃え盛る紅焔が今まさに降り注ごうとした時――、竜の頭部が破裂した。

 それはまるで彗星だった。豪風を纏った剛矢が竜の眼球を貫き、内側から頭蓋を砕いて脳漿をぶちまけたのだ。


「ウェルテクス!」リズが驚嘆の声を上げる。

 黒い巨体がぐらりと傾いだ。力なく垂れ下がった首に引き摺られるかのように、その高度を下げていく。

「墜ちる……!!」

ギリアムの言葉と同時に、地面が激しく鳴いた。爆発のような轟音が轟き、土煙が高く舞い上がる。

間の抜けた様な静寂。舞い落ちる砂粒だけがぱらぱらと囁く。

「……やった」リズの背後で男の一人が呟く。

「やった、やったぞ!」「竜を墜とした!」「すげえ! 何だ今の!?」

 歓声が上がる。恐怖で縮み上がっていた男たちは、反動で跳ね上がるように騒ぎ立てた。


「まだだ!!」

 ギリアムがボルソルンを構える。瞬間、炎が吹き上がった。炎は欠損した竜の頭部から湧きだしているかのようだった。やがて炎は竜の肉となり、鱗となり、眼球となり、ねじれた角となる。炎の中で、竜の傷が癒えてゆく。生ける災厄が、再び生を受ける。


 ゆっくりと身体を起こした竜が、咢を開く。鉄板を捩じ切ったような、重く甲高い咆哮が轟いた。怒り、殺意、敵意。ギリアムたちは、あらゆる負の感情を鍋で煮詰めて頭から浴びせられたような心地だった。


「リズリズー! ギリリーン!」

 アーリィが駆け寄ってくる。その後ろにはトニスも追従していた。

「舞踏会が早まったみたいだな。テーブルメイクも済んでいないのに」トニスが言う。

「主賓がせっかちでな」リズが応える。「アーリィ、身を潜めて隙を突け。トニスはとりあえず、こいつらを安全な場所へ。ギリアムは私と一緒に竜とダンスだ」

「姫様とアベルは? それと、この小汚いのはどちら様で?」アーリィが言う。

「二人は山下りの最中だろう。後ろのは遠征隊の生き残りだ。頼んだぞ、トニス。無駄死にはさせるな」それと、とリズが言葉を繋げる。「流石だな、アーリィ。助かった」

 にかり、と笑いながら親指を突き立ててアーリィが走り去る。トニスは遠征隊の生き残りを引き連れて移動を始めた。


「俺には何も言ってくれないのか?」

「黙れ馬鹿者、心中するつもりか。命を粗末にするな」

 リズがギリアムの尻を蹴り上げる。本日二回目だ。脚甲で固められた蹴りが骨に響く。

 低く重い唸り声が響く。再生を終えた竜の身体からは炎が溢れ、鱗に張り付いた溶岩が熱せられて赤熱している。


 抉るような殺意がリズとギリアムに向けられる。脚が浮つく、胸が締め付けられる。万の大軍を前にした時もこのような事は無かった。本当に敵うのか、とギリアムの心中に黒い影が過った。

「でもな」リズが言葉を零す。

「うん?」

「格好よかったぞ。……ちょっとだけな」

 ギリアムは目を丸くし、そして短く笑った。


 腹の奥から力が溢れて来る。もう、何者にも負ける気がしなかった。


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