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停止した世界

「――で、お兄さんたちは野営地を脱出して、ここまで来たって訳ですね」

 愉快そうに琥珀色の瞳を細め、黒髪の少女が言う。

「事細かにありがとうございます。お陰様でよく解りましたよ」

「そう思うなら、早くどいてくれないかな。肩が凝って仕方ない」

 少女はふふん、と歌い、くるりと身を翻してアベルから離れる。


「おい、アーリィ」

 槍をアベルに突き付ける白外套から不満そうな声が漏れる。

「いーじゃないですかぁ。レナレナだって、お兄さんが信頼できるから連れているわけでしょ?」くるくると回りながら、アーリィと呼ばれた少女が言う。「それとも、リズちゃんはレナレナが決めた事にこれ以上異議を唱えるんですかぁ?」

 大盾と突撃槍の白外套が「うっ」と呻き声を上げる。どうやら〝リズ〟というのはこいつの名前であるらしい。


 首元に添えられていた突撃槍の穂先が離れ、アベルは解放される。

「言っておくが、私はお前を信用したわけではないからな」

 ふん、と鼻を鳴らし、リズが苦々しげに唸る。何故そうまでも敵視されるのか、とアベルは心の中で首を傾げた。

「しっかしアルケミストねぇ。噂には聞いていたが、実際に目にするのは初めてだぜ」

「魔法薬は手品じゃない。そうそう人前には晒さないさ」

 軽薄そうな白外套の言葉にアベルが応える。おいそれと魔法薬を人前に晒せば聖堂会に通報されて吊るし首になるか、それをネタに強請られるか、知識と技術を奪おうと虜にされるかのいずれかだ。何にせよ、ろくなことにはならない。


「それにしても、大した威力だ。儀式も山のような魔霊星も、更には魔装具も必要とせず、これほどの奇跡を呼び起こすとは。欠点があるとすれば、寒くて仕方ない事くらいだな」

 大剣を背負う白外套が豪快な笑い声を上げる。男の言うとおり草原は一面が氷結し、時を止めたバング・ウルフの展示会のようになっている。あたりは深々と冷え込み、尾を引く白い吐息だけが生ける者の証であった。

「で、だ。そういうあんたらは〝サンクション〟だな?」

 白外套の四人が、一瞬だけ身を固くする。

「やはり、気が付くか」

 大剣を背負う白外套が言う。

「そりゃあな」


 レナエル・ルクレールこと、リンスティール王国第八王女レオノーラ・リンスティール。その私兵、私設騎兵隊サンクション。この四人がサンクションの一員であろうと言うのは、常にレナエルの傍らに控え、その行動を補佐する立ち回りから容易に予想できた。

「どういうつもりなんだ? こんな奴らを呼び寄せていたのなら、俺が外界に付いてくる理由も――」

「呼んでない」

 アベルの疑問符を、不機嫌の極みと言った様子のレナエルの一言が打ち砕く。

「私は呼んでいないわ。お前たちには留守を任せていたはずよ」

 四人は顔を見合わせ、地面に胡坐をかくレナエルの前に跪く。


「我ら四人。御報告があり、御命令に背く事を承知の上で罷り越しました」

 どこか苦しげにリズが言う。

「お前たちが直接来る必要があったのか。誰か使いでも寄越せば――」

「それができないんですよぉ、レナレナ」

 そう口を挟んだのはアーリィだ。しかしレナエルはそれに怒る事も無く「なぜ」と言葉を返す。応えたのは大剣を背負った白外套だった。

「テランス王子が御滞在されていたルーフォニア宮、そしてサンクションの詰所であるゴア城塞が襲撃を受けました。ルーフォニア宮は火を放たれ焼失。ゴア城塞も陥落し、サンクションほぼ壊滅。テランス王子は――、薨去(こうきょ)されました」


 レナエルが鋭く息を呑む。目を見開き、震える唇に力を込める。

「兄様が、死んだと、いうの?」

 白外套の四人は、ただ黙って頭を垂れている。その様子が言葉よりも雄弁に、テランス第二王子の死が事実である事を物語っていた。

 突き破れそうなほどに痛む胸に手を添え、静かに瞳を閉じ、レナエルは俯く。

 誰も、何も言えなかった。サンクションの四人はレナエルがどれほどテランス王子を愛していたかを良く知っているだろう。アベルとしても、その心中は察するに余りある。


 どれ程の時を、そうして過ごしていただろうか。蒼い月明かりだけが全てを見守っていた。

 衣擦れの音もない静寂の中で、不意に遠くで遠吠えが上がる。聞き間違えようもない、バング・ウルフだ。野営地を喰いつくした群れが、デザートを求めてこちらに迫っているのかも知れなかった。

「……移動しましょう」

 顔を上げ、レナエルが言う。開かれた右目には仄かに赤みがさしているが、強い光は変わらずそこに宿っている。その気丈さが、かえって痛ましかった。


「アベル。私たちは外界に詳しくない。どこか安全に夜を明かせる場所は無いかしら」

 顎を上げ、星明りに目を細めながらアベルは考える。

「ここから二時間程の距離に、小さな集落がある。入れて貰えるかは解らないが……」

「集落? 外界で生活している奴らが居るってのか」

 軽薄そうな白外套の一人から声が上がる。

「好きで暮らしている訳でもないが、彼らにとって外界は何かと都合が良いんだ」

「……何者だ、そいつら」

 眉をしかめてリズが言う。訝しむのも無理はない。魔獣の跋扈(ばっこ)する外界に住まわなければならない者たちなど、常識の埒外に属する者に違いない。

 そして、リズの予想は的確であった。

「アルケミストの、隠れ里だよ」


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