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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章

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98/505

【サリーズ・ヒップス】

 ──────



「お待たせしました。こちらをどうぞ」


 サリーの目の前に、一杯のグラスが置かれた。

 色は少し薄い黄色。良く見ると、僅かに炭酸の作る泡が浮いていた。


「これは、なんですの?」

「何ってほどのもんでもないが、まずは飲んでみな」


 総に促され、サリーはそのグラスを手に取った。


 グラスから仄かに、甘い香りが漂う。

 それが、桃の香りだということには、サリーはすぐに気付いた。


(あの状態から、桃を加えたの? でも、そのあとの動作を考えると、それほど大量に入ってはいないはず。そんなことで、あの強烈な『ポーション感』が収まるとも……)


 そんな少しの猜疑心を抱きつつ、サリーはその液体を口に含む。

 途端に、口の中に穏やかな炭酸の刺激と、爽やかな桃の風味が弾けた。


 サリーは、その味に驚愕しながら、ただ舌の上を走る甘やかな味に翻弄される。

 確かに入り口はピーチだが、決してくどくはない。

 ピーチの味を整えるような仄かな酸味は、柑橘系。


 そんな、甘く爽やかな流れの中に、僅かな苦み。

 ただ甘いだけではない、サリーの記憶に無い苦みが、仄かにピーチの甘さを引き立てている。

 それは、ほんの少しの『トニックウォーター』の苦みであった。


 ただ甘いだけでも、酸っぱいだけでも、苦いだけでもない。

 それら全てが、少しずつ互いに影響を与え合い、味を引き立て合う。


 舌の上で繰り広げられるそんな味の奔流。

 それが喉まで到達したとき、ピーチの風味の中に、ウォッタの強さがあった。

 喉を通り、腹にまで降りて来たとき、ようやくサリーは実感した。


 このカクテルが、先程のカクテルをベースに作られたものだということを。


 入り口も、途中も、飲後感も全てが、別物だ。

 だが、これはまぎれもなく『ウォッタ』と『オレンジ』を用いたカクテルであり、

 同様に、それだけで留まらないように、作られたカクテルであった。


 それを意識して飲むもう一口は、随分と印象が変わった。

 ふわりと口のなかで踊るピーチを、全面的に補佐する『オレンジ』。

 それらをまとめつつ、酒としての存在を印象づける『ウォッタ』。

 甘く華やかな桃の風味は、一杯の『カクテル』の、ほんの一面でしかない。


 それら全てが美しく調和した味が、このカクテルの醍醐味であるのだ。


「まったくの別物じゃない……」


 最初に現れた一杯。

 総が軽く手を加えた一杯。

 そして、新たに運ばれて来た一杯。


 全てが完全な別物だった。

 サリーは、そのことを認められないほど、鈍感な舌を持ってはいなかった。

 サリーの反応を窺っていた総が、そこでようやく口を開いた。


「だから言っただろ? 最後に『発想力』を学んで貰いたいってな。フィルも」

「え、あ、はい」


 総に促され、フィルもまたその液体に口をつける。

 ふわりと満たされたような、そんな優しい表情を浮かべた。


「すごいですね。この【スクリュードライバー】と、材料はそれほど違いはないのに、少し他の材料を加えただけでこうまで変わるなんて」

「ああ。カクテルってのは、本当に繊細なんだ。このグラス──まぁ容量300mlくらいの中に、たった5mlでも違うものが混ざればそれは別のカクテルになる」


 総は補足するように説明し、最後に固まって動けなくなっているサリーに言った。


「『カクテルのレシピ』を教えるのは簡単だ、サリー。だけどな、『カクテル』を教えるってのは、難しい。技術、知識、そして発想。それらはゆっくりと身につけていくことだ」

「……分かりましたわ」


 悔しいが、サリーは自分がどれだけ甘い考えであったのか、理解できていた。

 この『一杯』は、総がものの数分で作り上げたものだ。

 そして、これをものの数分で作るために、呆れるほど長い時間、修行を積んだのだろう。


(私は……それができるの?)


 ふいに、サリーの中に恐れのようなものが生まれた。

 ぱっと、思いつきのように覚えたいといった『カクテル』だ。

 その道の長さを感じて、戦慄したのだ。


「だけどな、そんな小手先の技術なんかより大事なことがある。美味しい『カクテル』を作るのにもっとも重要なことは、今すぐにでも身につけられる」

「え?」


 先程までの、師匠然とした張り詰めた声ではなく。

 やや気さくな、先輩の声で総が言った。


「俺も昔、散々言われたよ。『レシピ通りに作るだけがカクテルじゃねぇ』って。それってどういう意味だと思う?」

「……分かりません」

「さっきも言ったことだ。『カクテルは飲んでもらう人のために作る』んだ」


 飲んでもらう人のために。

 その言葉の裏にある意味を、総は静かに告げた。


「つまり『相手に喜んで欲しい』って気持ちがあれば、技術なんて後から付いてくるってことなんだよ」


 それが『カクテル』の大前提だ。

 飲んでもらう相手にあった『比率』を考え、

 飲んでもらう相手の好きな状態を作るために『技術』を磨き、

 そして、飲んでもらう相手に喜んでもらうため、『発想』するのである。


「その相手が『自分』だろうと『お客さん』だろうと、『誰かの為』の方が、成長ってのはしやすいもんなんだぜ」

「…………」

「ま、偉そうなこと言って、俺もまだまだなんだけどな」


 それまで散々、説教めいたことを言っていた総は、少しだけ苦笑いをする。

 そのあと、手が止まっているサリーに向けて、軽く言った。


「サリーは、その『カクテル』を美味しいと思ってくれたか?」

「え? は、はい」

「そいつは良かった」


 サリーの返答を聞いて、総はほっと胸をなで下ろしたような表情を浮かべた。

 そして、とても嬉しそうな、にかっとした笑みで、付け加えたのだ。


「その一杯は、サリーの為に作った一杯だからな」

「……え?」

「だからそれは、お前に喜んで欲しくて作ったんだ。勉強とか、色々と考えてもいたけど、お前が美味しいって言ってくれて、すげー嬉しい」


 その真っ直ぐな笑顔を向けられて、

 不意に、サリーの心臓が跳ねた。


(な、なに?)


 総の嬉しそうな笑顔を見て、どうしてだか、恥ずかしい気持ちになる。

 ……自分は、さっきまで何を考えて『カクテル』を作ったのか。

 何も考えてはいなかった。

 そんな自分が、たまらなく恥ずかしくなったのだとサリーは理解する。

 そんなサリーの思いは置いて、総はすぐにサリーに向けていた視線を、隣のフィルにも向けた。


「もちろん、これはフィルの為に作った一杯でもある。美味しいと思ってくれたか?」

「はい! まだ『カクテル』のことは良く分からないですが、総さんの伝えたいことが、少しは分かった気がします」

「それは良かった!」


 隣で、総とフィルが楽しそうに会話をしていて、サリーは少しだけ、面白くない気分になった。

 自分のために作ったと言ったのに、結局は二人のためだったのかと。

 そんなサリーの心情を知らず、総が会話を締めるように言った。


「じゃ、お勉強はこれくらいだ。その一杯を飲み終わったら休憩を終わること。後は、酔いそうだと思ったらしっかりと水を飲むことだな」


 それだけを告げて、総はすぐにイソトマ達の所に戻っていった。

 二人残された兄妹は、静かに、感想を言い合った。


「なんだか、大変な所に来ちゃったのかもね」

「でも、結構面白そうよ。そうでしょ?」

「うん、そうだね」



 その後は、特に何かが起きるでもなく一日は終わった。

 総は一日の営業が終わったあと、少しフラフラしている二人に感想を尋ねた。

 兄妹は揃って『疲れたけど、楽しかった』と告げたのだった。




 なお、総が先程のカクテルの名前が【サリーズ・ヒップス】だと教えた時。

 サリーは、これ以上ないほどに複雑な表情を浮かべたのだった。


 ──────


ここまで読んでくださってありがとうございます。


ここで弟子の一日目終了になります。

ここである意味一区切りなので、次回からまた展開が少し違うかもしれません。

同じに思うかもしれません。


スローペースなのは変わりませんので、よろしければ気長にお付き合いいただけると幸いです。

※0922 少し表現を修正しました。

※0922 誤字修正しました。

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