【スクリュードライバー?】(2)
「こんなところか」
言って俺は、フィルとサリー、二人に飲ませるカクテルをそれぞれ作製した。
片方は普通の【スクリュードライバー】で、フィルへ飲ませる方。
もう片方はサリー再現の【スクリュードライバー?】で、当然サリーに飲ませるものだ。
「なぁ、俺が言うのもなんだけど、本当に飲ませるのか?」
その作業を見ていたイソトマが、やや心配そうに声をかけた。
そんな彼が握っているグラスは、先程の【スクリュードライバー?】ではない。それに俺が手を加え──いや、魔改造を施した品だ。
色自体は、それほど変わっていない。やや薄くなっているくらいだろうか。
二杯作ったグラスの一杯はイソトマの手元に、そしてもう一杯は俺の手元にあった。
二杯のカクテルを作り終えたとき、イソトマが遠慮して俺に一杯奢ると言ったのだ。
俺は奢ってもらえるというのなら断ることはしない。ありがたく伝票に記入させていただくことにした。
……原価的には、これでも少し痛いくらいだけど。
さて、質問は、本当に飲ませるのか、だったか。
「もちろんです。自分が何を人に飲ませたのか、それを知ることも勉強ですから」
俺は一切の隙のないにこやかな笑みで応じた。
その俺の顔に、イソトマは何も言わずに、コクコクと頷いたのだった。
「では、少しばかり失礼致します」
笑顔で断ってから、俺はその二杯を、休憩中の弟子達へと持っていくことにした。
「お待たせしました」
「本当に待ちましたわ。お客様は待たせない、とか言っていたのは総さんではなくて?」
「サリー! 君は客じゃないだろ!」
「……まぁ、そうですけど」
俺が弟子二人のところへグラスを持っていくと、待ちくたびれたといった様子でサリーが生意気なことを言っていた。
そして、フィルもすかさず咎める言葉を口にする。
だが俺は、サリーの表情があまりにも期待に満ちているので、何も言わないことにした。
伝えるべきメッセージは、すべてこの『カクテル』に込めることにしよう。
「それじゃ、フィルには俺が作った【スクリュードライバー】を。サリーにはさっきお前が作った【スクリュードライバー】を可能な限り再現したものを」
言いながら、俺は二人の前に一つずつグラスを置いた。
兄妹はそれぞれ、自分の目の前に置かれたグラスを、嬉しそうに見つめていた。
「あの、本当にお金とかは良いんですか?」
フィルが心配そうに尋ねてくるが、俺は笑顔で応じた。
「ああ。お客さんには内緒だが、従業員はまかないってことで『タダ』だ」
これは、俺が前に働いていた店でのルールだった。
従業員は、勉強の為なら店のお酒を飲んでもいい。
ただし、その一杯を無駄にすることは許さない。
そういう店はおそらく珍しいだろう。
言い換えれば、店の酒を好き勝手飲んで良いとも言えるのだから。
もちろん、祝い事でお客さんに奢るとか、自分がただ飲みたいからとかだったら、自腹を切る必要があった。
だが、新しいカクテルの開発だったり、先輩に自分の作ったカクテルを飲んでもらったり、そういう建設的なことにならば、店の酒を自由に使っていいという決まりだったのだ。
それは、ただ『カクテル』のことを考えていた俺にとって、とてつもなくありがたいルールだった。
だからというわけではないが、俺はそれを踏襲したいと思った。
バーテンダーの卵に与えるというのに、そこから金銭を求めることはしたくない。
ましてやこの世界は、地球とは違う。
それは嗜好品に留まらず、色々な所に繋がっていく可能性すらあるのだから。
お金なんかよりも、求めたいものはもっと別にある。
俺はにこやかに、二人に告げた。
「ただし、フィルもサリーも、そのカクテルから、学んでもらう」
「な、なにをですか?」
フィルの怯えた声に、俺は少しだけ優しく言った。
「カクテルに重要な『比率』と『技術』、それに『発想力』あたりかな」
その言葉に、フィルとサリーは首を傾げていた。
少し喋りすぎたと反省する。後は、実際に感じてもらうことだ。
「前置きが長くなったけど、まぁ、まずは飲んでみな」
俺は手のひらを向けて、二人を促す。
二人はまだ不思議そうな顔をしつつも、それぞれが液体を口に含んだ。
そのすぐ後に、二人同時に感想が飛び出た。
「お、美味しい!」
「ま、不味いです!」
正反対の感想が飛び出し、兄妹は見つめ合った。
「サリー? こんな爽やかな飲み物に対して、君が文句を言うなんて珍しいね」
「フィルこそ! こんな激烈な飲み物を評価するなんてどうかしてるわ!」
二人は互いに出た感想に、齟齬を覚えた様子だった。
いくら記憶喪失とはいえ、お互いが兄妹であるならば、同じような物を食べて来たという想像はできる。
それなのに、同じ飲み物でこうも感想に差が出るだろうか、と。
「言っただろ。フィルには普通の【スクリュードライバー】で、サリーにはサリーの【スクリュードライバー?】だって」
そんな二人の疑問に答えるように、俺は答えた。
二人はそれぞれが懐疑の目を、俺へと向けた。
「どういう意味ですか?」
「どういう意味ですの?」
「最初に言っただろう? 『比率』を学んで貰うってな」
二人から出た質問に、やや突き放すように答える。
そのあと、兄妹はもう一度目を見合わせ、頷いた。
そしてお互いのグラスへと、それぞれ手を伸ばしたのだった。
──────
(比率? でも『ウォッタポーション』と『オレンジジュース』を混ぜただけでしょう? そんな劇的な変化があるはずが……)
懐疑的な思考のまま、サリーはフィルのグラスを手に取った。
……言われてみれば、こちらのほうが、やや鮮やかなオレンジ色をしている気がした。
(でも、混ざっているものは同じなのだし、そんな違いがあるわけが……)
思いながら口に含み、サリーは自分の舌を疑った。
さっき飲んだ液体と、材料が同じとは思えないほど、その飲み物は柔らかかった。
柔らかに舌を撫でていく、オレンジの甘みと仄かな酸味。
渾然一体と混ざりあって、そこに暖かな刺激を与える『ウォッタ』の風味。
口当たりから始まった優しい調は、喉を通過してなお、穏やかに爽快な余韻を残す。
素直に、美味しいと思える味が、そこにはあった。
「な、なにこれ! 変だよ!」
サリーの隣では、同じようにサリーのカクテルを飲んだフィルが声を上げていた。
「味はバラバラで、オレンジとウォッタが別々の場所でだまになってる。それなのに、後味では喧嘩ばかりしてるよ」
「…………そう、ね」
フィルの感想に、サリーは神妙に答えた。
そして、二人は揃って師の顔を見たのだ。
総は、答え合わせをするかのように、静かに言った。
「フィルの方は普通の【スクリュードライバー】だ。『ウォッタ45ml』を『オレンジ』で割っている。対してサリーのやつは、『オレンジ45ml』を『ウォッタ』で割っている。それだけで、まず、どちらの主張が強いかくらいは分かってもらえると思う」
言われて、サリーの脳裏には戦慄が奔った。
自分は、先程イソトマという男にカクテルを作ったときに、どうしただろうか、と。
『カクテル』は『ポーション』だと聞いた。
だから『ウォッタポーション』が多い方が、効果が高いと思ったのだ。
そして『カクテル』は『効果の高いポーション』だと思ったから、『ウォッタポーション』を大量に使ったのだった。
「『カクテル』は考え無しに作るもんじゃないんだ。その完成度には『味』がかかわるし、『味』を作るには知識がいる。舌の知識がな。だから、素人考えで『ポーションが多いほうが効果も高いだろう』なんて思うと、火傷することになる」
サリーの考えを的確に打ち抜くように、総が言った。
だが、サリーはそこで逃避するように、頭の中で思った。
これは総がわざと不味く作ったのではないか。
イソトマは上出来と言ってくれたのだし、ここまで酷いわけがないのではないか。
「それで、次は技術のお話だ」
頭の中で言い訳を重ねようとしていたサリーに向かって、総が言った。
「サリー。それは紛れもなくお前が作ったカクテルだ。比率は【スクリュードライバー】のスタンダードからは外れている」
「……それは、分かりましたわ。つまり、分量を覚えればいいという──」
「──だが、それが不味いのは、それだけが原因じゃない」
え?
というサリーの疑問を遮るように、総はサリーの前から一度グラスを奪った。
そして、バースプーンという器具で、グラスの中身を丁寧にかき混ぜ始める。
最初は軽く上下に動き、それが済んだかと思うと丁寧に円を描き出した。
(……綺麗な動き)
今までカウンターの内側でそれとなく見ていたが、カウンターの外側から見ると、際立って見えた。
薬指と中指に挟まれた螺旋状の胴体が、くるりくるりと回る。
それによってグラスの外周を這うように、スプーンの背が高速で回転する。
氷以外が音を立てることもなく、からからと回る器具が、不思議と心を惹き付けるのだった。
サリーが見とれていると、緩やかにその動作が終わる。
即座に、総はサリーへとグラスを返した。
「それが『技術』の話だ。飲んでみな」
総に言われても、サリーの気は進まない。
先程、あれだけバラバラで、まとまっていない、不味いものを飲んだのだ。
それが今更、あの程度で変わるものだろうか。
とはいえ、飲まないと総は決して、許してはくれないだろう。
(あぁもう。騙されたと思うわよ!)
サリーは意を決して、その液体をもう一度口に含み、
驚愕した。
「な、なんで? さっきはあんなにバラバラだったのに!」
それは、先程飲んだ液体とは別物だった。
喧嘩しかしていなかった『ウォッタ』と『オレンジ』が、調和していた。
刺激の強さ自体は残っているが、それを穏やかに『オレンジ』が包み込み、口内を傷付けることもなく、ゆるやかに流れていく。
先程の液体が『オレンジ』の果実に『氷の棘』を突き刺したものだとすれば、
こちらは『オレンジ』の果汁を使って『丸い氷』を作ったようだった。
サリーの舌は、悔しいことに、その液体を『美味しい』とすら感じていた。
「それが『技術』の違いってやつだ」
サリーのことをまるで試すように。
総は冷ややかに、告げたのだった。
──────
ここまで読んでくださってありがとうございます。
ここで言うのもなんですが、不味いという描写はあえて控えめにしています。
あまり不味そうなものを描写したくないというのが理由なのですが、
もし、そういった描写も読みたいという要望がありましたら、検討させていただきます。
何言ってるんだ、と思ったらスルーしていただけると幸いです。
※0920 誤字修正しました。




