求めていた味
この世界の『ポーション』は、地球でいうところの『リキュール』の走りのような状況にある。と俺は考えている。
リキュールとは通常、スピリッツと呼ばれる蒸留酒──『ウォッカ』や『ラム』などに、薬草や果実などの香料や甘味を足して作られる混成酒を指す。
そしてそれらはかつて、薬酒──つまり薬として用いられていた。
まさしくこの世界のポーションと立ち位置を同じくしていたのだ。
しかしリキュールはいつからか、それら自体の味や香りを重視して楽しむものへと変わって行った。
最初は『薬』だと、飲むのを嫌がっていた人間が、それらの美味さを知って抵抗を無くしていったのである。
つまり俺は考えるわけだ。
「今現在は『薬』として扱われているポーションを、常飲する飲み物へと意識改革させる。それによって『カクテル』は周囲に広まり、店の売り上げも飛躍的に伸びるはずだ」
「言いたいことは分かったけど、できるの?」
「まぁ、色々と準備はいるだろうな」
俺はそう言って、まずスイの店に並んでいるボトルへと目を落とした。
「例えば、この『ウォッタポーション』……もう少し美味くはならないか?」
「美味くっていうと、高級なポーションみたいに?」
「そうじゃない。雑味やえぐ味を減らすだけでいいんだ」
俺はボトルの栓を開け、香りを嗅いだ。
やはり、香りだけならば上等なのだ。
この世界の酒文化、特に蒸留酒の状況がどうなっているのかはまだ分からない。だが、これほどのものがあるのだ。
安価であるというのならば、一度『嗜好する』という文化が付いてしまえば、広まるのも容易いはず。
だからこそ、この味を少しでも改善したい。
俺の問いに、スイは無表情で言った。
「……それは、できないことはない」
「そうだよなぁ、やっぱり難し──できるのか?」
「まあ、うん」
俺はてっきり否定が返ってくるものとばかり思っていたので、その返答に驚いた。
「ちょっと待ってて」
言うとスイはカウンターの中に入り、ボトルの下の棚、恐らくストッカーの中をごそごそとやりだした。
「はい、これ」
すぐに一つの瓶を取り出すと、少しだけ内容量の減っているそれを俺に差し出す。
「これは?」
「……原液」
原液という言葉に先程の彼女の発言を思い出す。
『原液に、色々な材料を用いてポーションは作られる』
となれば、その色々な材料を混ぜる前のものも当然存在してしかるべきだ。
俺はスイからボトルを受け取り、栓を開けた。ふわりと、アルコールの香りがする。
それをほんの少しだけグラスに注ぎ、嘗める。
「……これは……ウォッカだ……」
「だから『ウォッカ』じゃなくて『ウォッタ』」
スイの言葉がかかるが、俺はその言葉にほとんど耳を貸せない。
それくらい、はっきりとしたウォッカだった。
アルコール度数40度。主原料は穀物のほか、銘柄によっては様々なものが含有している。だがその味は癖がなく、するりと喉を通過する。
濃いアルコールの喉を焼くような感触のあと、ふわりと『ウォッカ』特有のどこか甘い感触が鼻へと抜けてゆく。
「ありがとう。スイ。俺が求めていたのは、これだ。これこそが天の雫だ」
俺は少し涙ぐんでスイへと感謝を述べていた。
「……な、何もそこまで言わなくても」
「いいや! 正直言って、異世界にいきなり来たとか! もうこの味とは二度と会えないんじゃないかとちょっと諦めかけていたんだ! ありがとう! スイありがとう! 愛してる!」
「えっ」
俺は戸惑うスイの手を強引に取ってぶんぶんと振り回した。
スイは俺の行動に照れたように曖昧に笑いながら、少しだけ頬を赤く染めていた。
しばらくして落ち着くと、俺はまだ少し惚けているスイに向かって言った。
「それじゃ、他の属性の原液も味見させてくれるか?」
「……良いけど。原液、飲み辛くないの?」
「まさか。さっきの雑いポーションの百倍は飲みやすい」
「……あれ作ったのも、私なんだけど」
原液を過大に褒めつつ、出来上がったポーションをけなすと、スイは不満げに言った。
それから、残り三種の原液も舐めてみたが、予想に外れはなかった。
『ジーニ』は『ジン』だ。松やにとも表現される独特の香りはそのままに、ドライな風味と少し爽やかな後味が喉を鋭く刺激した。
『サラム』は『ラム』。サトウキビから作られたことによる特有の甘い香りと、決してくどくはない上品な飲み口が相まって、優しく口の中を撫でていった。
そして『テイラ』はまさに『テキーラ』。竜舌蘭という植物から作られた、生命力を感じさせる激しい主張。熱く、しかし流れ込むような癖が口の中を踊っていくのだ。
どれもこれもが、俺が愛して止まない『四大スピリッツ』そのものだった。
「ありがとう。本当にありがとうスイ。俺は君に出会えて良かった」
「……大袈裟というか、私さっきも『ポーション』を飲ませた筈」
「あれは売れないから、瓶を叩き割って捨てたほうがいい」
「あんまりじゃない?」
素直に感想を述べつつ、一つの疑問が浮かぶ。
「しかし、なんでさっきのはあんなに飲み辛かったんだ?」
「あれでも、大分飲みやすくしたつもりなんだけど」
散々に自作のポーションをけなされたスイが、不貞腐れながら説明する。
「だって、原液って普通は飲みにくいでしょう? 喉への刺激も強いし、そのままだと酷いポーション酔いも起こす。だから、普通は色々な材料を魔法で融合してあげて、効果を高めると共に飲みやすく調整するの」
言いながら、スイは自身の作った『ウォッタポーション』を手に取った。
「だからこれの場合は、まず飲みやすくするために『甘み』を付加して、それだけじゃなんだから『香り』も追加して、さらに『薬効』まで高めてあるの。安価な材料だけでよくぞここまでと思えるほどの出来映えに──」
「なってない」
「…………うぅ」
どうやら、俺が感じた『みりん』と『ドライベルモット』と『どくだみ茶』のような味は、彼女なりの工夫だったらしい。
だが、俺はその工夫に価値を見出せない。
だって不味かったし。
「とにかく、俺が使うのは原液のほうにさせてくれ。薬効までは分からないが、どう考えても味はそっちのがいい」
俺は自分の考えをはっきりと述べた。
スイは少しだけ踏みとどまるように、こちらに提案してくる。
「で、でも、せっかく作ったんだし、せめてなくなるまではこれを」
「使わない」
再度はっきりと断ると、少女はしょんぼりと肩を落とした。
少し悪いとは思うが、こんな所で妥協してはいられないのだ。
「とにかく、最大の問題はひとまず片付いた。となると他にも色々と必要になるんだが」
「……なに?」
「まず、この店の営業時間はどうなってるんだ?」
俺は次に重要なことに進む。
今は日中で食堂の方には人は居ない。俺の世界とリンクしているのだとしたら、朝方も良い所だろう。
そしてその場所を間借りしているということは、スイのポーション屋の営業時間はそこと被らないように設定されている可能性が高い。
「うちの営業時間は、朝の十時から夕方の五時前まで。ついでにお父さんの店が開くのは、夕方五時から日付をまたぐまで」
ふむ。やはり、日中だけ場所を借りているという状況か。
それでは計画に支障が出るな。
「交渉しよう。ポーション屋は食堂と同じ時間に開ける」
「……さっき言ってた『ダイニングバー』ってやつはそうなの?」
俺は頷きつつ、にんまりと笑みを浮かべた。
「ああ。要するにだ。お前の親父さんの食堂に乗っかる形で『カクテル』を売り出すんだ。ポーションを飲む習慣が無いってんなら、作り出せばいいんだよ。ここからな」
俺の提案にスイは少しだけ、表情を曇らせた。
「できるかな。お父さん、頑固だし。私の店もあんまり認めてないし」
「……最初の戦いはそこからか」
異世界で始めるバーの第一歩は、食堂のオヤジを説得することになりそうだった。
 
※0805 誤字修正しました。
 




