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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章

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少女の提案

「話をまとめると、二人はどこかから旅をしてきて、それでいつの間にかここに辿り着いていたと」

「はい」


 俺の簡潔にすぎる主語を欠いたまとめに、少年のほうが頷いた。

 少女はまだ周りを警戒するように、口を閉ざしている。

 それに苦い顔をしつつ、少年は静かに会話を進める。


「恐らく、そんなに長い間旅をしていたわけではないと思うんです。ただ、何が原因で二人とも記憶を失ったのかは、まったく」

「……どうしてここに辿り着いたとかは?」

「それも分かりません」


 済まなそうな少年の表情だが、こちらもあまり責める理由がない。

 俺は一度、スイに意見を求める。


「スイ。さっき二人の魔力とかを見てたんだろ? 何か分かったことは?」

「ある」


 お、っとした注目が、今度はスイに集まった。

 スイはその集まった顔を見渡し、一点を見つめて、あっ、と動きを止めた。


「……やっぱりない」

「おい、ちょっと待て」


 スイを追求したのは、先程スイの視線の先に居たヴィオラである。

 スイは何か言おうとして、ヴィオラを見て言うのを止めた様子だった。


「なんだ? 何かやましいことでもあったんだな?」

「ない。何もない」

「怒るけど言え。黙っていたらもっと怒るぞ」

「…………」


 ヴィオラの脅迫のような追求に、少し睨むように唇を尖らせてからスイは言った。



「……じゃあ言う。この子たちは二人とも『吸血鬼』だと思う」



 俺はその言葉に、ピクリと反応せざるを得なかった。


 吸血鬼とは、いわばファンタジーの代名詞と言っても良い。

 強力な魔力を持っていたり、コウモリを従えていたり、血を吸って仲間を増やしたり。

 怪力だったり、流れている水をまたげなかったり、太陽に弱かったり。

 霧になったり、十字架やにんにくに弱かったり、夜型だったり。


 とまぁ、色々と逸話の多い伝説の存在である。

 この世界がファンタジーな世界だと認識していたはずだが、そういった存在のことは全く知らなかった。


 そうやって、頭の中でぼんやりとファンタジーな知識を展開していたのは俺。



「は、離れろ! みんな離れろぉおおおおおおおおお!?」



 ヴィオラの大声に合わせて、慌てて距離を取ったのがその他大勢である。

 状況を見れば、俺、スイ、兄妹を中心に、ぽっかりと空間が開いた感じだった。


「えっと?」


 俺はぽかんとしながら、スイに説明を求めてみる。

 彼女は、ただ淡々と吸血鬼のことを説明した。


「総は知ってるか分からないけど、吸血鬼は、悪魔とかに近いのかな。人知を超越した存在として、ひっそりと、人間を食べながら成長する、とか言われてる」

「人間を、食べるっていうのは?」

「文字通り。彼らは生きるのに特殊な飲み物──人間の血を必要とする、とかって噂」

「ほ、ほほう」


 その辺りまでは、良く聞く話だ。

 まぁ、吸血鬼って言うくらいだからそれは当たり前だろう。

 俺は僅かにカウンター越しで身構えるが、スイの言葉は続いた。


「でも、それは間違った情報」


 え?

 といった疑問が、俺のみならず店中から湧き起こった。

 スイは、やっぱりと言いたげに少し呆れた表情になった。


「正確には、彼らが人間の血を必要とするのは、緊急時のみ。特性として、彼らは人間の血以外で『外部から魔力』を摂取することができないってだけ」

「……ん?」

「つまり、吸血鬼が人間の血を必要とするのは『魔力欠乏症』を治すときと、強大な魔法を使うのにブーストが必要なときだけってこと」

「……んん? あれ?」


 なるほど。スイの言っている言葉の意味は分かる。

 だが、言っていることと、実際に起きたことに差異がある気がする。


 俺は視線を、スイからカウンターにずらす。

 記憶を失っているせいか、いまいち話に付いてきていない兄妹を見る。

 彼らは、不思議そうな表情で俺が作った『カクテル』──【ブラッディ・シーザー】のおかわりを飲んでいた。



【ブラッディ・シーザー】とは、ウォッカのトマトジュース割り──【ブラッディ・メアリー】のバリエーションと考えることができる。

 その二つの違いは、ずばり使用するトマトジュースだ。

【ブラッディ・メアリー】は、使用するトマトジュースに指定は特にない。

 対して【ブラッディ・シーザー】には、普通は『クラマト』というトマトジュースを用いる。


『クラマト』は、『ハマグリ』のエキスが入ったトマトジュースだ。

 そのまま飲んでもスープのような味わいのある美味しいジュースだが、これを用いてカクテルを作ると、ただのトマトジュースとは違ったコクのある、美味しいカクテルになるのだ。


 今回は彼らが空腹そうであったことから、スープ感覚で楽しめる【ブラッディ・シーザー】を作ってみたのだ。

 オヤジさん謹製の、『ハマグリ』エキス入りトマトスープを使って。



 とはいえ問題は、俺がこの『カクテル』を『魔力欠乏症』対策に作ったということだ。

 それは、スイの語った言葉と、矛盾が生じている。


「なぁ、フィル。話は分かってるよな?」

「……はい。一応、彼女の言っていることは分かります。実際に、自分が人間ではないというのも──薄々は感じます」

「……『魔力欠乏症』の感覚はあるか?」

「良く分かりませんが、不調は感じません」


 俺はもう一度首を傾げて、スイに尋ねた。


「スイの言っていた説明はおかしいぞ」

「うん。だから不思議。ダメもとで総にお願いしたら、効いたから」

「不思議で済ませてもいい問題なのか……?」



 それから、警戒しつつ近寄ってきたヴィオラ他を交えて、スイは持論を展開した。

 吸血鬼が人間の血からしか魔力を外部摂取できないというのは、恐らく種族的な魔力適性によるものらしい。

 そして、俺が今回作ったカクテルは、どういうわけかその魔力適性の網をくぐり抜けて、吸血鬼に魔力を与える結果になっているという。


 吸血鬼にとって、今回のカクテル──【ブラッディ・シーザー】は血液の代わりになるということだ。



「……それはひょっとして、すごいことなんじゃないのか?」

「相互理解が進んでいない人間と吸血鬼の間柄に、変化を与える可能性もある。人間の中には、吸血鬼は手当たり次第に人の血を吸う、みたいな偏見の人も居るしね」

「ゔっ」


 スイの言葉が誰に向けられたのかを明確に察し、ヴィオラが呻いた。

 間違った知識を持っていたとしても、かなりの失礼を働いたことに変わりはない。

 ヴィオラはすっと神妙な表情を浮かべ、きっちりと腰を折った。


「先程は、大変失礼した。申し訳ない」

「いえ、構いません。元より、得体の知れない僕達ですから」


 そう答えた少年の顔は、言葉とは裏腹に少し寂しげであった。少女に至っては、むすっとした表情を変えようともしていない。

 俺は意図して話題を変えようと二人に尋ねる。


「それで、二人はこの先の予定とか、考えているのかな?」


 俺が尋ねると、少年は言葉を詰まらせた。

 まぁ、記憶喪失であるし、旅の目的も不明とあっては答え辛いのも無理はない。

 そこにすっと口を挟んだのは、責任を感じているらしいヴィオラだった。


「その、失礼でなければだが、我が騎士団でしばらく──」


 ──身元を預かる。そう答えようとしたのだろうが、その前に言葉が入る。


「──嫌よ」


 それまで無口だった少女が、はっきりと否定を返していた。

 少女は、少しショックを受けている様子のヴィオラに言い募る。


「……私、偏見で物事を見る人って大嫌い」

「サリー! 失礼だろ」

「先に失礼だったのは向こうのほうよ」


 少年が諌めるが、少女はにべもない。

 その後、彼女は一度グラスを見た。

 赤い液体──【ブラッディ・シーザー】の入ったグラスだ。


「でも、この一杯は、好き」


 言って少女は、俺のほうをじっと見つめてきた。


「この先の予定、決めたんだけど聞いてもらえる?」

「……なんでしょうか?」


 俺はなんとなく、返事を予想しながら少女の言葉を待った。

 少女は、俺の予想を真っ正面からぶち抜くように、言った。


「私達に、この一杯の作り方を教えて。ううん、これだけじゃない。その『カクテル』ってやつを、全部教えて」


 果たして、銀髪の少女の一言が、この先どういう変化を店に与えるのか。

 その答えを知っているものは、誰も居なかった。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


申し訳ありません。明日はリアル事情により更新できない可能性があります。

可能ならば予約投稿を入れるつもりですが、更新がなかったら察して頂ければと思います。


並行連載の『カクテルマジック』の方は、暫く書き溜め分がありますので、

どうしようもなくカクテルな気分だったら、うっかりそちらを覗いていただければと思います。

こんな露骨な宣伝してる暇があるなら書けよという話ですね。頑張ります。

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