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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第二章

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【ブルー・ムーン】(1)

 ステージに上がると、まず目についたのは人だ。

 人、人、大量の人。

 ステージの前方にいる人間達の訝しげな視線。

 自分がこの場において、どう思われているのかが分かるような気がした。


『アウランティアカ』の後に現れた、良く分からない連中。


 彼らの口から出ている話題が、先程の『アウランティアカ』のポーションがどれだけ素晴らしかったか、なので良く分かる。

 どうやら、ギヌラは真っ当に発表を行ったようである。


 さらに視線をステージ上で滑らせると、俺たちが持ち込んだ機材。

 これも観客たちが戸惑っている理由の一つだろう。

 今までのポーション屋が、ほぼ全て大掛かりな魔法的装置を持ってきているのは見ていれば分かる。

 だが、俺たちが持ち込んだのは、箱形の機械と作業台のみだ。


 そこからもっと奥に目を持っていくと、審査員達の姿が目に入った。

 数は三人。

 一人は、国でも有名なポーション評論家だという老齢の男性。

 一人は、薬学の若き天才と言われているらしい、三十代の男。

 そして一人は、この国で最も有名なポーション屋『アウランティアカ』のオーナー店長。

 この国の情勢にまでは詳しくないが、恐らく全員がそれなりに権威ある人間だろう。

 一瞬だけ、ヘリコニアと目が合った気がした。


 俺はペコリと礼をしてから、まず機材の確認に入る。

 作業台、小型の冷凍冷蔵庫は指定した位置にセットされている。

 台の上には『ジーニ』の魔石と水、それにシェイカーやメジャーカップといった作業に必要な道具が一式。

 冷蔵室にはレモンジュースとレモンの果実。

 冷凍室には氷と、冷やされた『ジーニ』のボトルが、ちゃんとある。


 それを確認したあとに、俺はスイへと視線を送った。

 スイはこくりと頷いたあとに、ステージの中央に立って、挨拶を始めた。


「お集りいただいた観客の皆さん。そして審査員のお三方。初めまして。『スイのポーション屋』のオーナー、スイ・ヴェルムットです」


 スイの言葉に、ざわついていた会場が少し落ち着いた。

 その様子を窺いつつ、スイは続ける。


「まず皆さんに伝えたいことがあります。私たちがこれからお見せするのは、今までの『ポーション』とはまったく異なるものです。私達はそれを『カクテル』と呼んでいます」


 その言葉が出たとき、周りはまた、ざわざわと騒ぎ出した。


「使うのは、ここに出場するどんな店よりも質の悪い魔石です。ポーションを作る以外に魔法は一切使われません。ですが、そこにいる男性、夕霧総の技術が、一つの魔法となって『カクテル』を最高の『ポーション』へと生まれ変わらせるのです」


 唐突に名指しされ、俺も観客席に向かって礼をする。


「しかし、少し事情がありまして、大変申し訳ないのですが、暫くお待ちいただけると助かります」


 それを告げ、スイもまたペコリと頭を下げた。

 その言葉の後、会場はさらにざわめきを増した。


『大変申し訳ありません! とある事情により発表を少し遅らせていただいております! もう少しお待ちいただけると幸いです!』


 会場の熱気を抑えるように、係の騎士の声が響く。

 しかし、その声もすぐに場を静まらせることはできない。

 むしろ、言えば言うほど、観客達の騒ぎは大きくなっていく様子だった。


『いったいなんなんだ』

『もしかしてインチキなんじゃないのか』

『スイのポーション屋なんて聞いたこともないぞ』

『発表しないならさっさと終わらせてくれよ』


 数分もしないうちに、騒ぎに誹謗中傷のようなものまで混じり始める。

 俺とスイは唇をぎゅっと噛み締め、耐えた。

 まだ、時間はある。ヴィオラがきっと戻ってくる。

 そう信じる俺の耳に、足音が聞こえた気がした。



「申し訳ありません。お待たせ致しました」



 一つの声が、ステージ脇から滑り込んできた。

 決して大きくはないが、良く通る声。ヴィオラの声だと思った。

 その場にいる全員の顔が、そのステージ脇にいる女性を見た。


(誰だ?)


 だが、俺はその女性に見覚えがなかった。

 穏やかな雰囲気の表情、ふわりと浮かんだ笑顔。そして緩やかな金色の髪の毛。

 着飾ったドレスが優雅さを強調する、とても気位の高そうな少女だった。


「彼らは私のわがままで待っていてくれたのです。私が間近で彼らの技術を見たいと言ったから」


 言いながら、少女はペコリと俺たちと、そして観客に挨拶をした。


「申し遅れました。私はセラロイ・エゾエンシスです。今日はこの場にお集りいただき、ありがとうございます」


 セラロイと少女は名乗った。

 その名前で、俺は彼女がいったい何者なのかに合点が言った。

 以前ヴィオラから聞いた名前だ。彼女こそが、この街の領主の娘なのだろう。


 しんと静まり返った会場内。セラロイは俺たちに優雅に歩み寄り、一つの瓶を渡した。

 その瓶から──もしくはセラロイから、ふわりと甘い香りが漂ってきた気がした。


「ユウギリ様ですね。ヴィオラから聞き及んでおります。どうぞこちらを」

「……これは」


 挨拶もそこそこに、俺は彼女から受け取った瓶を見る。

 紫色の液体が詰まったそれ。もどかしく栓を開け、そのコルクの香りを嗅いだ。

 スミレの花の甘さを凝縮したような、妖艶な香りがした。

 ほんの少し、ボトルから液体を垂らし、指に付けて舐める。


「……パルフェタムール」


 パルフェタムール。

 ニオイスミレという花から作られたと言われる、紫色の甘く妖艶なリキュール。

 誕生当初は媚薬効果があるとまで言われ、その名前はフランス語で『完全なる愛』という意味であるらしい。

 そんな地球のリキュールと寸分違わぬような『スミレのポーション』が、今この場で俺の手に収まっている。


「これでよろしいのですね?」

「……はい。ありがとうございます」

「礼ならば、ヴィオラと、それを見つけ出したベルガモさんに言って上げてください」


 言うと、セラロイは微笑みを浮かべ、再び観客達へと顔を向けた。


「彼らが待っていてくれたのは私のためです。文句がおありでしたら、どうぞ私に直接お申し付けください」


 そう言われて、上がる文句の声は一つもなかった。

 セラロイは優雅に礼をしたあと、すっとステージの端へと移った。言った通りに、俺たちの作業を間近で見るという『てい』のためだろう。

 俺は、こちらを不安げに見つめているスイに、大きく頷いた。

 スイはふぅ、と息を吐いて、観客達に声をかける。


「では、私達の発表を始めます」


 そしてスイは、すぐに作業に入った。

 とはいっても、やることは簡単らしい。

 彼女は台の上に魔石と水の入った瓶を置き、その二つを囲むように綺麗な円を描く。簡単な魔法陣を引いた感じだ。

 そして、その指先をちょんと魔石に当て、唱えた。


《風の魔素よ。変化を司る精霊よ》


 その言葉は、魔法を使うときにいつも唱えている枕詞のようなものだった。

 それを言ったあと、彼女は指先を今度は水の入ったボトルに向ける。

 瞬間、魔石とボトルの双方が輝き、ゆっくりと細かい光の粒子がボトルへと吸い込まれていく。


「と、このようにポーションの原液を作る作業は同じです。ですが、ここからが全く違います。『カクテル』とは、ポーションそのものに刺激を与えることで魔力を一時的に活性化させ、瞬間的にポーションとしての効能を高めたものなんです」


 観客達が、不思議そうにその声を聞いていた。

 やはり、彼らにその作り方は馴染みがなかった様子だ。

 だが構いはしない。スイの手番が終わったのならば、後は俺がそれを引き継ぐだけだ。


「混ぜ合わせるという作業に魔力はいりません。必要なのは、技術です」


 俺は声を上げて観客の注意を引いた。

 その様子を観察したのち、俺はすっと気を整えた。


「まず『カクテル』に使うのは、どこでも手に入る一般的な材料がほとんどです──」


 スイの声が響き始めたところで、俺の耳はその声を聞き流し始める。

 材料の説明などは、スイに任せてある。

 俺は意識を、ただ作業に集中させた。


 用意したグラス(本当はカクテルグラスが望ましいが、今はないのでロックグラス)を、一つずつ清潔な布で軽く拭き、作業台の上に乗せる。

 いつもならばその後で冷凍庫に入れるのだが、今日ばかりはカクテルのコンピレーションのように『見せる』ことにしよう。

 冷凍冷蔵庫から全ての材料を取り出す。『ジン』──『ジーニ』に氷、それとレモンジュースにレモン。

 取り出した氷を、トングを使って二つずつ、グラスの中に入れた。


 その状態になってから、俺はシェイカーへと材料を注ぎ込むことにする。

 通常、今から作るカクテルのレシピは『ジン』が30ml、『パルフェタムール』が15ml、そして『レモン』も15mlになっている。

 だが、今から作るのは三人分だ。分量はそれぞれが三倍になる。90:45:45ということだ。


 まず、レモンを六分の一にカットして、その分をメジャーカップに絞り入れる。本来ならば、ここで更に多くのフレッシュレモンを絞りたいのだが、今はやめておく。

 なぜならば、ここにレモン果汁を濾過する器具を用意していないからだ。このカクテルはレモンがクリアであるほうが、美しい。

 よって足りない分は、ジュースのボトルから足すことにした。


 次に『パルフェタムール』の瓶から、慎重に45mlを注ぎ込む。とろりと甘さを感じさせる紫色の液体が、シェイカーの中に音も無く入り込む。

 最後に、冷凍庫でキンキンに冷やされていた『ジーニポーション』の出番だ。

 45mlのメジャーカップで二回、90mlをシェイカーへと注ぎ込んだ。


 それが済めば、バースプーンで軽く撹拌してから、手の甲に少しだけ付けて味見。

 甘み、酸味、アルコール感、バランスのいい味が伝わってきた。


 俺はそこで一度蓋をして、冷やしておいたグラスの氷を取り除くことにする。

 予め用意しておいた容器へと手際良く氷を落とし、布でグラスの水分を拭き取る。

 それを三回行ったところで、俺はようやくシェイカーの作業に入る。

 シェイカーに氷を詰める。液体の量も多いが、今日は少しばかり大きめのシェイカーを持ってきている。ゆったりと八分目まで氷を満たしたら、蓋をした。


 ココンと、いつものようにまな板に軽く打ちつけて、きつく締めた。

 その場で、一瞬だけ俺は前を見る。

 観客の全てが、俺を見ていた。

 俺が何をしているのかを、理解できない様子で見つめていた。


 なんだ、いつもの新規さんと変わらないじゃないか。

 俺はそう心の中で念じてから、シェイクへと移った。


 大きいといっても、ボストンシェイカーのようなものではない。

 作業の要領は変わらない。

 指先から中の液体を窺い、音から中の氷を思う。重心からそれらを調整し、そして経験から、それらをまとめあげる。

 いつもと変わらぬ、緊張。いつもと変わらぬ、作業。

 隣には、いつもと変わらずにスイの姿。


 俺は常と変わらぬ完璧のタイミングで、ゆるやかにシェイクを終えた。


 シェイカーの蓋を開け、中身を緩やかに注いでいく。

 まずは右端のグラスにおよそ30mlを、続いて中央に30ml。

 それから左端のグラスに60mlを注いだら折り返す。

 再び中央に30ml注ぎ、最後にシェイカーが空になるまで残りの30mlを右端へ。


 三杯のグラスに、等量の液体を注ぎ終えて、俺は作業が終わったことを告げた。


「お待たせしました。【ブルー・ムーン】です」



 俺が声を上げたとき、観客達の息を呑む音が、静かに会場に響いた気がした。


ここまで読んで下さってありがとうございます。


今日は二章完結まで二時間おきに四回投稿する予定です。

その一話目です。

四話で完結させるのに、少し詰め込み気味になっております。

次の更新は本日二十時頃の予定ですので、よろしければご覧になってください。


※0831 二章完結に書き直しました。すみません。

※0901 誤字修正しました。

※0125 誤字修正しました。

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