表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

81/505

『コアントロー』の代用品

「どうなってるのよ!?」

「し、しかし我々の管轄ではそのような──」

「事実なくなってるんだから責任取りなさいよ!」


 係である若い騎士に、ライが凄い剣幕で怒鳴りつけていた。

 しかし、若い騎士は肩をすぼめ、困ったように言う。


「そうは言いますが、鍵の管理はそちらに一任してあります。鍵が開いていたというのでしたら、そちらの不手際では?」

「だから鍵はちゃんと閉めたって言ってるでしょ!」

「……ですが、証拠はありませんよね?」

「……うっ」


 若い騎士に問いつめられ、ライは言葉を詰まらせた。


 俺とスイが部屋中を探しまわって、結局『コアントロー』を見つけられなかった頃合い。

 講評を聞き終えたライとベルガモが控え室に着き、それとほぼ同時に係の若い騎士も確認に来た。

 その段階で改めて状況を説明し、その結果がライと若い騎士の口論である。


「確かに、泥棒の侵入を許してしまったのは私達の落ち度です。ですが、そもそも泥棒がこの部屋に入れたのは、あなたがたの不注意の可能性が高いはずです。それなのに私達にばかり責任を求められても困ります」


 若い騎士が、落ち着き払った様子でそう告げた。

 言い返したいのは山々なのだが、いかんせん状況的には『俺たちが鍵をかけ忘れた』というのが一番ありえる。

 そう誰もが思うからこそ、この場で俺たちは何も言い返せないでいる。


「どう致しますか? 材料が足りないということで棄権することもできますが」


 若い騎士は、とってつけたかのような丁寧さで提案した。

 その場に、なんとも言えない沈黙が漂う。

 そんな時だった。


「スイ!」


 静まり返っていた部屋に、突如女性の声が響いた。

 ドアを乱暴に開けながら入ってきたのは、見覚えのある黒い髪の女性騎士だった。


「泥棒が入ったというのは本当か!?」


 開口一番。ヴィオラは大声で尋ねた。どうやら、たまたま近くに居て、俺たちの話が聞こえていたようだ。

 その迫力に圧倒されつつも、スイが答える。


「えっと、それは本当」

「……本当か」


 しばし沈痛な表情で沈んだあと、


「申し訳ない! それらは全て私達騎士団の責任だ!」


 ヴィオラは大声で、謝罪した。

 そして、腰を九十度くらい折り曲げる。


「はいっ!? ヴィオラさん!?」

「お前も謝れ!」


 左手で、戸惑いの声を上げた若い騎士の頭を掴み、同じように折り曲げさせた。


「あの、ヴィオラ?」

「仮に鍵の開け閉めがどうだろうと、泥棒を防げなかった我々に全ての責任がある。申し訳ない。償えることであればなんでもする」

「…………」


 さっきまで、あまりに他人行儀な若い騎士の反応に少し不満を持っていた。

 だが、こうも潔く謝られると、それはそれで申し訳ない気持ちになる。


「あの、もしかしたら私達も悪かったかもしれないし」

「仮にそうだとしても、我々の警備体制の不備に違いはない。会場には要人も居るのだ。万が一のことがあったとも限らない。それを認められずして、何が騎士か」


 そう言われると、確かにそうとも思えた。彼女の責任感は当然のものだ。

 とはいえ、今の状況は謝られたところでどうにかなる問題でもないのだ。

 俺は、ふぅと軽く息を吐いたあと、尋ねる。


「それじゃ、一つだけ良いか?」

「なんだろうか?」

「俺たちが、提出した要項と違う『ポーション』を作ったとして、それを認めてもらうことはできるか?」


 俺は頭の中に代案を浮かべつつ尋ねた。

『コアントロー』がないのは痛すぎるハンデだ。

 味はともかく、薬効という面で一番になるのは、難しいだろう。

 いつもならポーチから予備を出せる。だが、武器の持ち込みは禁止だというので、今日は置いてきてしまっている。

 それでも最優秀の道がなくなったわけではない。


「ライムをレモンに変えた【代用ギムレット】なら作れる。それに、この会場にはまだまだ知らないポーションがいっぱいある。ピッタリの材料が見つかるかもしれない。俺たちの『カクテル』という技術が認められれば、まだ道はある、はずだ」


 俺はまだ、品評会を諦めるつもりはない。

『コアントロー』が無いのならば、無いなりに今この場でできることをすればいい。

 代わりになるもので、最善の行動を取る努力はしないといけない。

 それに、まだ『コアントロー』が見つかる可能性もゼロではない。


「分かった。では、当初の予定とは違う品を出す、という許可を本部に取り付けよう」


 俺の提案に、ヴィオラは一も二もなく答えた。


「それと、時間ギリギリまで、材料を探す許可も貰えるか?」

「当然だ。本来ならばすぐにステージ脇の控えに行って貰うところだが、緊急事態だから仕方ない……ほら! 分かったらさっさと許可を貰ってこい!」

「わ、分かりました!」


 ヴィオラは若い騎士に命令して、彼を走らせる。

 その後に、はぁと深いため息を吐いた。


「本当にすまない。私達がもう少ししっかりしていれば」

「……まぁ、ヴィオラも警護で大変だったろう?」

「……あ、そ、そうだな」


 俺が同情したあたりで、ようやくヴィオラは自分が着慣れないドレスを着ていたことに気付いたようだ。

 少しだけ恥じらった様子で、今の自分の服を見下ろした。


「それで、これからどうするのだ?」


 あえて話題を逸らすように、ヴィオラが尋ねた。

『アウランティアカ』の発表は、そろそろ始まる頃合い。

 残された時間はそう長くはない。


「とにかく、俺たちはなんとか代用品を探すつもりだ。消えた『コアントロー』を探すよりも、まだ可能性があるだろうし」


 言いながら、俺は目で他の人間に同意を求める。

 スイとライはすぐに頷いた。

 だが、ベルガモだけ、何故か反応しなかった。

 もともと『コアントロー』が置いてあったあたりに立って、懸命に鼻を動かしている様子だった。


「ベルガモ? 何やってるんだ?」

「……ん? あっ、悪い。ここに残ってる『コアントロー』の匂いを、探してたんだ」

「匂い?」


 俺が訝しげに目を向けると、ベルガモはやや恥ずかしそうに言う。


「ほら、俺は犬の獣人だから、鼻が鋭いんだ。それで、瓶から漏れた香りを辿って『コアントロー』を見つけられるんじゃないかって」


 唐突な、救いの声だった。

 ベルガモは犬の獣人なのだから、そういう能力があってもおかしくない。

 俺はベルガモの両肩を掴み、鬼気迫る勢いで尋ねた。


「分かるのか!?」

「……悪い。無理だ」


 だが、ベルガモはすまなそうに、その耳を萎れさせた。


「ここに残ってる匂い……もし、盗まれたんなら道が続いているはずだろ? それなのにここで途切れてる。一瞬で消えたみたいに」

「消えた? 犯人は『コアントロー』を盗んだんじゃなく、消したということか?」

「詳しくは分からない。だけど、本当にこの場で忽然こつぜんと消えてるんだ……」


 匂いの世界は分からないが、ベルガモが嘘を吐く理由はない。

 ということは、本当のことを言っているのだろう。

 この世界のことだ。そんな魔法の一つや二つ、あってもおかしくはない。


「犯人らしき匂いは残ってないのか?」

「この部屋には準備で色々な人間が入ったんだろ? どれが犯人だか分からない」

「……そうか」


 鼻が利き過ぎるのも考えものか。しらみつぶしで探しまわるには、時間が足りない。


「……悪い、力になれなくて」

「いや、ベルガモのせいじゃないさ」

「そこの女騎士様くらい、分かりやすい匂いがしてれば、別なんだけどさ」


 ベルガモが、静かに言った。

 突如、ヴィオラはかっと顔を赤くして、少しベルガモから離れる。


「──なっ!? そんなに私の体臭はキツイというのか!?」

「いや違うって! あんたからはスミレの匂いがするからわかりやすいんだ!」

「……そ、そうか」


 ベルガモの答えに、ヴィオラはホッとした様子を見せた。

 そうか、スミレか。

 確かに、ヴィオラの髪の毛からはスミレの甘い香りがする。

 俺だって感じるくらいだから、ベルガモなら尚更なのだろう。

 俺はふと思い出したように、その言葉を口にした。



「そうだな。この場に『スミレのポーション』でもあれば『コアントロー』の代わりにうってつけなのにな」



 言った瞬間だった。

 ヴィオラの顔に戦慄が走り、その瞳にはっきりと動揺が浮かんだ。

 俺はその雰囲気の変化に戸惑うが、ヴィオラは俺を真剣に見つめて尋ねた。


「総。今確かに『スミレのポーション』でもあれば、と言ったな?」

「あ、ああ」

「……そうか」


 直後、ヴィオラは少しだけ悩む。

 そして、ぱっと顔を上げ、言った。


「総。君は時間ギリギリまで、なくなった『ポーション』の代用品を探すと言ったな? それを、私にも手伝わせてくれないか?」


 ヴィオラは、その瞳にはっきりとした決意を滾らせていた。


「それは、願ったりだけど」

「それともう一つ。そちらのベルガモ君を貸してくれ」

「えっ? 俺?」


 突然名指しされ、戸惑うベルガモ。

 だが俺は、彼の戸惑いの視線に対する答えを持っていない。

 ヴィオラが力になってくれるというのは嬉しい。だが、そこにベルガモを借りるというのはどういう意味か。


「それは、必要なことなのか?」

「ああ。それにもし、君が納得する代用品が時間までに見つからなかったとしても、私が必ず見つけ出すと約束する」

「…………」


 俺は即答できない。

 ヴィオラのことを信用していないわけではないが、信じる根拠もない。

 彼女を信じるに足る時間を、『俺』は一緒に過ごしてきたわけじゃないのだ。

 そんな俺の背を、そっとスイが押した。


「総。お願い。ヴィオラを信じてあげて」

「……スイ」


 彼女は、まっすぐに俺を見つめて、頷く。


「ヴィオラがやるって言ったときは、やってくれる。彼女なら、この状況をきっと、なんとかしてくれる」

「……そっか」


 なんとか、してくれるのか。

 俺はふと、昨夜のことを思い出して、気が緩んだ。


「分かった。ヴィオラ、ベルガモを連れて行ってくれ。その代わり、信じるからな」

「ああ。任せてくれ」


 俺の言葉に、ヴィオラが騎士らしく胸に手を当てた。

 俺は、ヴィオラを手放しで信用できるほど、彼女と過ごしたわけではない。

 しかし、スイの言葉を信じるくらいには、彼女と一緒にいたつもりだ。

 そんなスイが言うのだから、俺はヴィオラを信じてみてもいいだろう。


「それじゃ、時間までなんとか『代用品』を探すぞ!」



 まずは、ブースを出しているポーション屋に『コアントロー』が無いか探す。

 それでダメなら、彼らの試作品を飲んで、使えるものが無いか探す。

 それでも見つからなかったら、ヴィオラの言葉を信じて待つ。


 不安しかない状況で、発表の時間は刻一刻と近づいていた。


ここまで読んで下さってありがとうございます。

推敲の時間がいつも以上に取れていないので、誤字が多いと思います。

申し訳ありません。


カクテル好きの方には、少し分かりやすいかもしれません。

分かった方は、心の中で頷きながら答え合わせを待っていただけると幸いです。


※0829 少し表現を修正しました。

※0830 誤字修正しました。

※0721 誤字修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ