ポーションの反応と消失
「おかえり」
戻ってきた俺に対する、スイの淡々とした迎えの言葉である。
彼女はそこからソワソワと気にする様子を見せるが、さて。
「とりあえず、面識はできたよ。そこから先に繋がるかは、まだ分からないけど」
「……そう」
当たり障りのない返事をすると、スイも一応は落ち着いたようだ。
今はこれでいいだろう。研修に誘われたとか言って、浮き足立ってしまったら困る。
それよりは、落ち着いて発表に臨んで欲しい。
「さて、二組目だっけ?」
「もう三組目が始まるところ」
どうやら、思ったよりも話し込んでしまっていたらしい。
俺はスイの責める視線から逃げるように、会場中央の靄へと目を向けた。
それから、しばらく色々なポーション屋の説明を聞きながら、俺はポーションについて考えていた。
しばらく眺めていれば、それなりにこの世界のポーションの仕組みが見える。
そして、それがあまり理論的に体系化されていないことも、良く分かった。
帰納的というよりは、経験的な世界なのだ。
まず、この世界のポーションは、いつも述べているように『薬』としての役割を持つ。
そしてその効果は、端的に言えば『属性の魔力』の回復だ。
他の『薬効』とはあくまで付属品であり、一番重要なのはそこである。
さて、この世界での一般的なポーションとはどう作られるのか。
基本になるものは、いつもスイが作っているものと同じだ。
『水』に『各属性の魔石』の力を溶かしてやって『原液』を作り出す。
ただし、その時点で既に魔石の質に左右されるところがあるらしい。
分りやすく、ゲーム風に説明すれば。
質の良い魔石で作るポーションのスタートは『風属性【大】』に『雑味【小】』といった感じ。
しかしスイが使うような、安くて質の悪い魔石では『風属性【小】』に『雑味【大】』といった認識なのだ。
だが、この『雑味』というものが、実は重要だ。
俺の認識では『雑味』が、いわゆる『アルコール』な要素なのだ。風味とかに関係するのは、どちらかと言えば属性の方であろうか。
とまぁ、そんな俺の感想は置いておいて、彼らはそこから更に調整を重ねる。
いかにして『風属性【大】』を【極大】へ成長させるか。
また、いかにして『雑味』を消し去るか。
それに付随して『薬効』を付け足していくか。
そこに、試行錯誤の余地が生まれるようだ。
この世界のポーション研究は『パズル』と『ギャンブル』に近い。
誕生したポーションの『原液』に、彼らは様々な材料を混ぜ合わせる。
ここでも『雑味』をいかにして抑えるかの工夫が常にある。
単純に魔法で混ぜれば、魔法適性が反発を起こして、効果が変質する。
それはいつも言っている通りで、魔法で薬効を加えようとしても、上手くいかない。
だから、方法は二つだ。
『反応を起こさないように、混ぜる材料を調整する』か、
『反応を意図的に起こして、狙った効果を発動させる』だ。
そしてその二つの研究こそが、ポーション屋の命題と言っても良いのだろう。
前者であれば、反発を起こしている要素を見つけて、それを取り除く方法を探し、それが見つかれば、狙い通りの結果を起こせる。
その目に見えた成果を達成するために、色々な手法を試してみる。
たとえば魔法で焼いたり、風化させたり、溶かしたり。とにかく魔法的な刺激を材料に与えて、ポーションへと混ぜる際に意図的な反応を起こすのだ。
足し算や引き算な研究になるだろう。
後者であれば、それは完全にランダムだ。
思いつきで色々な材料の魔法適性を反発させて、狙った物が出るのを待つ。
まさに手当たり次第。反発を引き起こすために全く関係のない物同士を混ぜたり、特殊な魔法を使ってみたりして、近道を探す。
掛け算的な研究と呼べるかもしれない。
魔法を使わずに直接混ぜるというのは、ある意味では薬効を付与する手っ取り早い方法だ。だが、それはあまり歓迎されていない。
まず分りやすく『雑味』が付いてしまうのがいけない。洗練されていない材料には『雑味』が常に付きまとうし、それはほぼイコールで飲みにくさに繋がる。
それに加え『混ぜた物』の魔法適性がポーションに付与されてしまうので、反応がより複雑化する。これでは研究がより難しくなってしまうだろう。
さらにプラスして、魔法的な手法を使わずとも、ある程度の反応は起こってしまう。
故に、せいぜい最後に少し混ぜて、影響が出ない範囲で整えるくらいのものだ。
ポーション発表会の肝は、そういった研究の成果を出し合うことなのだ。
他の研究で見つけられた組合せは、自分が躓いていた場所の突破口になるかもしれない。
そうやってこの世界のポーションは、情報を共有しながら発展してきているのだ。
理論というよりは、ノウハウの蓄積のようなものだ。
また、それ故にスイはそのノウハウを利用することができない。
狙った効果を出すには、決められた材料を使わないといけない。
そして決められた材料は往々にして、洗練された、より高みを目指すための『魔草』だったり『薬草』だったりする。
高いのだ。材料費が。
効果上昇の道は分かっていても、利用料が高いから使えない。
その結果が、スイの独自研究によって作られたゲロマズポーションなのだろう。
「……何か失礼なことを考えて──」
「ないない」
俺の思考を読んだかのようなタイミングで、スイが言う。
俺は慌てて返しつつ、首を振った。
ステージでは丁度、八組目の発表が半分終わるかといったところだ。
ここに集まっている人間も少し疲れ始めている。
しかしそれ以上の興味でもって、この先の発表に期待している。
今の組の発表が終われば、残るは『アウランティアカ』──そして俺たちだ。
そろそろ八組目の『ダールベルグデージー』のポーションも完成を迎え、審査員たちが講評を始める頃合いだろう。
運営の人間に言われた時間にはまだ早いが、控え室に戻ることも考える頃だ。
「スイ、それにライとベルガモも。そろそろ控え室に行かないか?」
「えー。審査が終わるまでは良いじゃん。もしかしたらすごいライバルかもしれないし」
答えると、魔法ショー的なノリで発表を楽しんでいたライから不満の声が上がった。
確かに、見ているだけでも色々な魔法的処理が入るので充分楽しい。
こういうところが、この会場に子供達が集まる理由でもあるのだろう。
「注目されてるのは『ホワイト・オーク』に、高級志向の『エリスロニウム』くらいだろ。多分大丈夫だって」
とはいえ、見とれている場合でもない。俺も、ステージに上がる側の人間だ。
他の所を舐めているわけではないが、いかんせん俺たちは土俵が違う。
どうせ注目するならば、上を見た方がいい。
「うーん」
「……なら、ライとベルガモは残ってても良いよ」
なおも渋るライに、スイが少しだけ優しい声で言った。
「総も、それで良い?」
「ま、良いか」
言われてみれば、彼らに頼む用事もないのだから、無理に連れ出すこともない。
準備の時に荷物運びを頼みたかったが、見ている感じだと係の人間がやってくれるようだし。
「じゃあ、俺たちは控え室に戻るから」
「分かった! ここの講評が終わったら行くからねー」
こちらの顔も見ず答えるライに少し呆れながら、俺とスイは人ごみを離れた。
「あれ?」
スイがその声を上げたのは、控え室の扉に辿り着いたときだ。
差し込んだ鍵を、少し不思議そうに見つめている。
「どうした?」
「私、鍵かけて出たよね?」
「ああ。確認したしな」
俺たちはこの部屋を出る時、確かに鍵がかかっているのを確認した。
それから控え室には戻ってきてはいない。
だというのに、スイは呆然と、口走った。
「……鍵が、開いてたみたい」
「……まさか?」
スイがもう一度、鍵の操作をしてドアを開ける。
俺は飛び込むように部屋に入り、中を見渡した。
小型の冷凍庫は当然ある。
その中に『ジーニポーション』も『氷』も『レモン』も入っている。
作業台の上には、魔石と水のボトルも置いてある。
しかし、ただ一つだけ見つからないものがあった。
「……『コアントロー』が、ない」
俺たちの、決して欠けてはいけない切り札。
『コアントロー』だけが、その姿を消していた。
※0203 誤字修正しました。




