この世界とポーション
「嘘……。本当に、こんなに美味しくなるなんて」
スイは俺の作った【スクリュードライバー】を一口飲むと、感動したようにそう漏らした。
「それに一口で分かる。まるで激流のような『ウォッタ』の力強さを。これだけの品は、王都に行ってもなかなか巡り会えないわ」
「そこまで言って貰えると嬉しいもんだな」
俺は素直な笑みを浮かべて、彼女の感想を甘んじて受け入れた。
「それで、どうするか。まず、この世界のことを色々と教えてくれないか」
スイがグラスを飲み干して、落ち着いてから俺は尋ねた。
協力すると決まったのは良いが、まずはそれを知らないと話にならない。
俺の言葉にスイはこくりと頷く。
「じゃあ、何が知りたい?」
「簡単でいい。この世界がどういう世界で、どんな人間が居て、どんな文明があって、その中でポーションはどういう扱いなのか」
ひとまず最低限と思われるポイントをあげてみる。
欲を言えば、さらにこの世界の酒の事情を詳しく知りたいのだが。それをこの少女に尋ねても無駄だろうと思ったので言わなかった。
この世界の成人がいくつかは知らない。だが、仮に酒が飲める年齢だとしても、詳しいようには思えない。
「えっと、じゃあまずこの世界について?」
俺の思考など露知らず、少女はカウンターに手を付いてあれこれと話し始めた。
「さっきも言ったけど、ここは『エルブ・アブサント王国』。人間が住民の大多数を占める国ね。その中でもこの街は比較的大きな田舎街かな。住んでいるのは人間が八割、亜人種が一割五分、残りはその他ね」
ふむふむ。先程の少年の話から魔物がいることは分かったが、さらに亜人種などもいるのか。
「聞いていいか?」
「なに?」
「スイは、人間か?」
「…………だいたい」
俺の質問はあまり嬉しくなかったのか、スイは濁した答えを返した。
すこしまずったか。となると何かの種族とのハーフ、またはクォーター。もしくは遠い祖先から血を受け継いでる何者か、あたりか。差別の対象だったりするかもしれない。
だが、フォローは可能だ。無知なりに言えることもある。
「すまん。あまりにも綺麗な髪だからちょっと気になって」
「……髪?」
「そう。すごく綺麗で、よく似合ってるから」
「……そう」
やや素っ気ないが、スイは少し嬉しそうにしていた。
良かった。何があるのかは知らないが、あそこまで綺麗な髪の毛だ。褒められて嬉しくないことはないと思った。
「続けるけど。それで私達の文明は、ざっくり言えば魔術文明。生活基盤の大半は魔術や、それを動力源とした道具でまかなってる」
「火を起こしたり、物を運んだりとかもか?」
「うん。専用の道具でそういうのもあるよ」
となると、科学ではなく魔術が発達した世界ってイメージで良さそうだ。
「じゃあ、機械とかは、ないのか?」
「……機械を知ってるの?」
「? ああ」
俺が確認を込めて尋ねると、スイは少し複雑そうな顔をした。
「機械は、ある」
「え? あるのか?」
「亜人種に『機人』っていう人達がいて、彼らは『魔力』を動力にした変な道具を色々と開発したりしているから」
どうやら、この世界にいる少数種族の一つにそういうのが居るらしい。
だが、スイの表情を見るにあまり魔術派閥と仲は良くないのかもしれない。
とはいえ、機械があるとないとでは俺の未来設計は大きく変わる。せめて『冷蔵庫』と『冷凍庫』くらいはないとバーとしてやっていくのは難しい。
「その機人って奴らは後で詳しく教えてくれ。それで、ポーションの立ち位置だ」
ひとまず保留にしておいて、俺はいよいよ本題へと移ってもらう。
さきほどは『ポーション』がどのような道具なのかを聞いた。だがその用途だけでなく、この世界での『ポーション』という存在そのもの、ひいては『ポーション屋』がどういう経営をする店なのかを知らなければ先行きが立たない。
俺の視線を受けて、スイがつらつらと説明を始めた。
「……基本的に、ポーションは『高級な薬』なの。富裕層の人たちの常備薬だったり、戦場で戦う人間の魔力増強に使われたりする。属性の魔石を水に溶かした原液に、色々な材料を用いて味を整える。上質なポーションはまるで水みたいに飲めて効果も絶大」
上質なポーション。つまり『高級薬』か。
歴史をひも解いてみても、上質な薬の値段が張るのは当然だ。それにどうやらポーションを飲めば魔力のブーストも行えるという。一時的な増強剤ともなれば、需要もなくはないはずだ。だがそれは、ある程度余裕のある者の話である。
「……私は、それが嫌だから。安価な材料を使って、貧しい人達でも買えるように安価なポーション屋をやっているの。でも……」
そして、その当たり前の背景を鑑みれば、貧困層、貧しい人間たちに薬は行き渡っていない状況だろう。
病気にかかっても薬が高くて手に入らない。それで働き口が減っては、さらに状況が悪くなる。
だから、そんな人達を助けるためにスイは安価なポーション屋を開いた。
だが、その言葉とこの店の状況はあまり噛み合わない。
「それにしては、この店はあまりに繁盛していないようだが」
「……それは、その、ポーションの効果が、その」
俺が指摘すると、スイは少しばつが悪そうに視線をさまよわせた。
「あまりに粗悪だから客も来ないし、そのせいで儲からないから金がなくなる。結果さらに粗悪になる。悪循環だな」
「…………うぅ」
正式な許可は恐らく取ってはいるのだろうから、この言い方は適切ではない。
が、分りやすく考えればだ。所謂『ポーション屋』はしっかりとした薬を売る店で、この店は安く裏物を仕入れている『もぐりポーション屋』といったところか。
「……だから、あなたの『カクテル』には驚いた。私の作った『ポーション』が、『超高級ポーション』みたいな効果を発揮したんだから」
「そんなにか?」
「うん。正直言って、私のポーションをそのまま飲ませても、危険域からギリギリ出るかどうかってくらいの効果だったはずだから」
言ってスイはキラキラと俺に期待の目を向けてくる。
「だから、あなたにさっきの『カクテル』を大量に作ってもらって、それを普及させれば、貧困層の問題は大きく解決するはずなの」
どうやら彼女は、俺の『カクテル』を大量生産すれば、それだけで問題が解決すると思っているようだ。
それを裏切る言葉を言わないといけないのは、気が引ける。
「スイ。はっきり言うが『カクテル』をボトル詰めして売り出そうってのは無理だ」
「え?」
「なぜなら『カクテル』の寿命は『十五分』が限度だからな。というか、常温保存できるような代物じゃない。『カクテル』はその場で飲むものだ」
スイの顔に、はっきりとした落胆が浮かんだ。
だがそれも仕方ないのだ。
さきほどの『十五分』は、『カクテル』が美味しく飲める時間だ。まあ、氷もなにもない場合では事情も異なるのだが、そうでなくともカクテルの保存は難しい。
もともと別々のものを無理やりに混ぜ合わせ、それを絶妙なバランスで仕上げることで初めて『カクテル』は飲み物になる。
工業製品として、単純にボトルに詰めればいいという物ではないのだ。
「じゃあ、どうすれば……」
スイが想定していた未来を否定されたように沈んだ声を出すが、俺は強く言った。
「大丈夫だ。俺に考えがある」
俺の言葉に、スイはピクリと反応して俺を見上げた。
「スイ。『カクテル』は確かに日持ちはしない。だが、これを作るのに必要なのは『技術』だけだ。要は『ポーション』そのものではなく、『ポーションを作る技術』を客に伝えられるような店をやればいいんだ」
俺の言ってることが、スイにはまだピンと来ていないのは分かった。
だが俺のやりたいことは決まっている。
この環境。
『スイのポーション屋』は、食堂の中にある。
そして、都合がいいことにカウンターまで付いている。
俺だって最初にそれを見間違えたのだから、出来ないはずがない。
「『ポーション屋』は廃業だ。これからは人に『カクテル』を作るのを見せて、それを飲ませる『バー』をやればいい」
俺の輝く瞳とは対照的に、スイはその目をパチクリとさせていた。
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※0703 誤字訂正しました。
※0805 表現を少し修正しました。