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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第二章

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ポーションと樽

 十時に開会の挨拶が流れると、そこを境に人が増えたような印象を受けた。

 ここぞとばかりに食べ物の出店も開き、なおさらお祭りのような賑わいを見せる。

 その中を四人でぶらぶらと歩いていれば、すぐに品評会本番の十二時近くになった。


 ポーション品評会のメインイベント。

 というより、これこそが本番で後はおまけか。

 国中のポーション屋がしのぎを削る、ポーションの発表会である。



 俺達は四人とも、発表会のために会場内に入り、ステージに目を向けていた。

 といっても、中々に人ごみもあって、はっきりとステージの様子を見る事はできない。まず距離がありすぎる。

 ライブ会場みたいに大きなモニターがあるわけでもないし、どうするのだろうか。


「うーん。良く見えないー。お姉ちゃんなんとかして」

「私がしなくても、映写の魔法で中央に映るから」


 俺と同じ疑問を持ったらしいライの声に、スイが淡々と答えていた。

 そんなところまで魔法というのは使い勝手が良いらしい。

 それから間もなく、会場の中央上部に白いもやが立ち上る。そこに何らかの力が加わって、ステージの様子が立体映像のように浮かび上がった。

 その様子に、キラキラと目を輝かせたライとベルガモが声を上げた。


「す、すっご!」

「ま、まっじかよ!」


 二人とも感情そのまま、子供のようにはしゃいでいた。

 俺も、内心では凄く興奮した。だが、目の前に自分より興奮している人間がいると、少し冷静になるというものだ。


「ほー。魔法って便利だなぁ」

「誰もが使えるわけじゃないけどね」


 俺の感心の声に、スイが少しだけ付け加えた。

 魔法が便利であろうと、それを使える人間は限られる。普通の人間は簡単な魔力を流して使う器具程度しか使えない。

 ふと、思ったことを聞いてみた。


「それじゃ、こういうことが出来る機械を作れたら需要はあると思う?」

「どうだろう。性能と規模、それに用途やコストにもよると思うけど」


 スイの冷静な指摘。確かに、すでにそういう魔法があるところに機械を登場させても、あまり喜ばれはしないかもしれない。

 便利であることが、需要になるとは限らない。


「……そっか。テレビ電話とか、あんまり流行らないしな」

「……?」


 俺のぼそっと漏らした感想に、スイは不思議そうな顔をしていた。テレビという単語に馴染みがないからだろう。



 そんな感じで待っていると、もやに騎士然とした男性の姿が映った。

 彼はペコリとお辞儀をし、すっと表情を引き締めて声をあげる。


『皆様。本日は『ポーション品評会』にお越しいただきまして、ありがとうございます』


 男の声も何らかの魔法で拡声されているのだろう。遠くで話しているにしては、はっきりと聞こえた。


『これから、十組の選び抜かれたポーション屋が、技術の進歩と、ポーションの発展のために腕を競い合います。彼らの技術を間近で見られることは、将来を夢見る方や、商売を考える方にとっても、大きな意義があることでしょう』


 あれだけざわついていた会場も、今はしんと静まり返っている。

 この会場内に集まっている人間は、お祭りを楽しみに来たのではなく、この発表を見に来たのだ。

 それだけ、真剣ということだろう。


『それでは、無粋な挨拶はここまでにさせていただきます。まずは、プログラムの一番。北の地方から遠路はるばる品評会に参加してくださった『ホワイト・オーク』の発表をご覧いただきたいと思います』


 簡単な挨拶が済むと、男はまたペコリと礼をして、すっとステージから消えた。

 静かな拍手が起こり、会場はまた音を取り戻していた。

 その後に、ステージ脇の控えらしきところから、学者風の男女数人が姿を表した。


 彼らは一度ステージの中央に並び礼をする。

 その後は、年長らしき一人が残って、全員が散り散りに準備を始めた。

 ある者は大鍋に火をかけ、あるものは魔法陣入り絨毯に材料を並べる。

 それぞれが魔法的ななんらかの仕掛けを準備する中、一人残った男が、静かに声を上げた。


『皆さん。本日はお集りいただきありがとうございます。私はポーション屋『ホワイト・オーク』の店長、アパラチアンです』


 頭に少し白い物が混じった黒髪の男。

 五十くらいに見える彼は、学者らしくもあり、同時に職人らしくもあった。

 体は細いが、ひょろひょろではなく引き締まっている。

 彼らの作業には魔法の他に力を使ったものもあるようだ。


『我々のことをご存知の方もいらっしゃるかもしれません。私達のポーションは、伝統を守った、厳格な基準を持って作られています。ですが、それだけではありません。時には柔軟に変化を加えながら、日々進歩させているのです。本日は、そんな私達が新しく作り出した『ポーション』をお見せ致しましょう』


 そこまでで言葉を切ると、アパラチアンもまた準備に取りかかった。

 準備が終わるまで少し手持ち無沙汰になり、俺はスイに尋ねる。


「なぁスイ。彼らの言う伝統ってのは、ポーションの世界では大切なものなのか?」

「うん。伝統を守るっていうのは、信頼を守るってことと同義でもあるから」

「この場合の信頼ってのは、ポーションの効果のことか?」

「そう。どんな時でも一定の評価を得る。それができるポーションって、実はそこまで多くない」


『ポーション』を例えば『酒』と見れば、工業生産品と自家製は大きく違う。


 工業的に作られている『酒』は、安定している。

 大量生産、品質管理、計画的出荷。

 理路整然と定められた基準をクリアしながら、材料を『酒』へと作り替えていくのは、まさしく工場ならではと思うところはある。


 一方自家製──自分で果実酒などを作ってみようとすれば、その難しさも分かる。

 重さを計り、材料を計り、全く同じように作ったつもりであっても、その味にブレが出るのはよくあることだ。

 気温や気候などの条件。材料内の細かな比率の違い。そしてなにより、作る際の手際や慣れ──技術の違い。

 そういったもので、『酒』はいとも容易く表情を変えてしまう。


 この世界の魔法的な作業が、どれだけ正確にできるものかは、想像するしかない。

 だが、機械のように毎度同じような結果が出るわけでは、ないだろう。

 扱う者によって、影響には違いが生まれるはずだ。

 この世界の『ポーション』は、自家製で作る酒の延長のようなものと考えられる。


『ホワイト・オーク』は、そのブレを極限まで小さくし、常に変わらないクオリティの『ポーション』を作り上げているのだという。

 幾年も続いて、それを維持し続けるのは、決して容易なことではあるまい。

 それが出来ているからこそ、彼らは危なげなく十のポーション屋に選ばれるのだ。


「でもね、それだけじゃ客は離れる。伝統を守りながら、少しでも前に進む。それが難しいことだし、それが出来ているのが『ホワイト・オーク』なの」


 締めくくるように、スイが『ホワイト・オーク』を評価した。

 俺は、彼らの一糸乱れぬ動きを観察する。

 誰も彼もが迷い無く動き、全員が一つの生き物のように目的へと向かっている。

 その整った動きは、無機質な美をイメージさせられた。


 ほんの数分で準備を終えると、アパラチアンが再び声を上げた。


『お待たせしました。それではこれより『ホワイト・オーク』の発表を始めます。ですがその前に、皆さんに見て貰いたいものがあります』


 その前置きの後に、控えの方からある物が運ばれてきた。

 それが何であるのかは、そこにいる全ての人間に理解できたはずだ。



 登場したのは、なんの変哲もない『樽』だった。



 ドクン。心臓が跳ねた。

 まさか、もしかして、という期待に胸が高鳴るのを感じた。



 だが、周りの人間はあからさまに困惑していた。

 口々に漏らしているのは『樽を何に使うのか?』という疑問の声が聞こえた。


「スイ。樽が出てくるのはおかしいことなのか?」

「えっと、そう。ポーションではあまり使わないかな」


 スイは曖昧な返事をした後に、簡単に説明した。

 この世界での一般的な液体の輸送方法は『樽に詰めて運搬』である。

 だが、それにも例外があり、その一つが『ポーション』だという。


「『ポーション』は魔法的な液体だから、植物から作られる『樽』に長時間詰めると、植物の魔力と反応して変質してしまうの。だから普通は、影響の少ない無生物から作られる『ガラス瓶』とか『壷』を入れ物にする、んだけど」


 この世界の魔法的な物質は相変わらず不安定である。

 しかし、それを聞くとますます、俺の鼓動は早さを増していった。


「だから、ポーションの保存に樽を使うのは御法度。そんなものをまさか『ホワイト・オーク』が出してくるなんて……って」


 樽、変質、ポーション。

 まさかそんなことがあるのかと。

 後回しにしていたものが、もしかしたら、向こうからやってきたのではと。

 そう思わずには、いられない。


『皆さんもご存知のとおり、『ポーション』を樽に詰めるのは得策ではありません。しかし、我々は発見したのです』


 ふふふ、と余裕のある笑みを浮かべて、アパラチアンが言った。


『厳格に管理された状態で、樽で寝かせることによって、『ポーション』は更なる高みに到達するということを』


 会場内にどよめきが起こっていた。

 もともと高級品であるポーションだから、樽に大量に詰めて運ぶという手間を取る必要もあまり無かったのだろう。

 その禁忌を、『ホワイト・オーク』が破ったという事実が、衝撃を与えている様子だ。



 だが、俺の中では、それは希望にしか映らなかった。

 もしかしたら、この世界には『ウィスキー』や『ブランデー』がすでに誕生しているのかもしれないのだから。


※0827 タイトルを少し修正しました。

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