これからの確認
ポーション品評会の運営から正式な通達が届いたのは、宴会の翌日だった。
本選の出場を決めた十の店舗への、スケジュールの案内。
本選は二週間後だから、それまでに色々と必要な書類も多い様子だ。
「新しい『ポーション』の製法、材料、使用する機材や魔術……うーん。俺たちってそんなに書くことあるのか、これ」
「あんまりない」
俺の声に、のんびりとした様子でスイが答えた。
現在は、イージーズ内のカウンターで、二人並んで座っているところだ。
「魔法は、魔石でポーションを作るときにしか使わない。材料や機材なんて、特別なものでもないんだから、冷凍庫くらいしか書く事ない。なにより製法が混ぜるだけ。特殊な配合比率でもっての、魔力結合の相互作用とか皆無」
「こんなに用紙を貰ってるのが、少し申し訳ないな」
品評会への提出用書類は、本当にそれだけで終わってしまう。
俺は大会のスケジュールや、持ち物なんかを軽く確認する。
「あ、武器の持ち込みは禁止か」
「当たり前。なんで品評会に武器が要るの?」
「そりゃそうだな」
つい最近は腰に下げているのが当たり前だったので驚いたが、よくよく考えたら、銃を持ち込む必要はなかった。
だが、いざ外さないとならないと、少しだけ不安になるものだ。
「材料は一度運営を通して確認してもらう必要があるのか」
「不正防止みたい。技術に関する重要機密は独占することもできるけど、基本的に情報は公開されるから」
「え、大丈夫なのか? 他に真似されるとかは」
「真似をするには、しっかりと技術の開発者にお金を払う必要がある。そういう意味でも品評会は大々的に開催されるの」
なるほど。
ここで真っ先に最先端技術を発表し、それを公開すれば。
今後、その技術の優先的権利は自分にあるというのか。特許みたいな考え方だな。
「見せるのは『作業』のところだけだから、『寝かせる』とかの工程は省きながら要所要所を見せることになる」
「三分間クッキングみたいなイメージか」
「……それは分からないけど」
「でも、本選は大勢の人間に見られながら、ポーションを作るんだろ? 隠しておきたいことがあっても、バレるんじゃないか?」
先程の不正防止もあるが、本選では『作る』ところから、評価される。
いくら秘密にしたいことがあっても、現場を見れば分かってしまうのではないか。
「じゃあ総は、私が魔法で何かやってたら、それが全部見て分かる?」
「……分かりません」
そういうことか。
繰り返し何度も近くで見ていたらまだしも、たかが一回かそこら見ただけで、再現するというのは難しいのだろう。
「でも、俺たちにはやっぱりあんま関係ないな」
「うん」
そこまで確認したあとに、俺とスイはとりあえず紙を畳んだ。
ふと、スイが目をこすり小さくあくびをする。
それを俺に気付かれたからか、スイは少しだけ恥ずかしそうに目を逸らした。
「あまり寝てないのか?」
「……ちょっと夜更かししただけ。昨日使いすぎた『ポーション』を補充したから」
「ああ。昨日は大変だったからな」
よくよく見れば、スイは少しだけ目の下を黒くしていた。
こんな分かりやすいことにも、俺は気付いてやれなかったのか。
もしかしたら俺は無意識に、スイをあまり見ないようにしていたのかもしれない。
昨日のオヤジさんとの会話が、少しだけ蘇った。
「スイはさ」
「ん?」
「一生ポーション屋を続けていくつもり、なのか?」
俺の突然の問いかけに、ふと、スイは考えを巡らせるように上を向いた。
しかし、ほとんど間を置かず、答える。
「どうだろう? それが、人のためになる最善の道だったら」
「じゃあ、他の道が見つかったら?」
「そっちにするかも。そんなこと、考えたことなかったから、答えられない」
少しだけ困った表情になって、スイは苦く笑った。
だが、俺はその『答えられない』という言葉も出せなかった。
スイはきっと、考えていないだけで、心はすでに決まっている。
俺は、そんな彼女の道筋を支えてあげられる。そんな現状に満足していただけだ。
俺は『スイのため』という理由を作って、行動していた。
だが、それもいつかは、終わるのだろうか。
カクテルを世界に広める。
その点で俺とスイの目標は一致している。
だが、それがもし叶ったら。
スイはそれでも前に進むだろう。
だけど俺は、それに付いていくことが、出来るのだろうか。
そもそも、付いていくべきなのだろうか。
「総? どうしたの?」
「……あ、いや」
「昨日、お父さんに何か言われた?」
「別に、たいした事じゃないよ」
俺はどうしてだか、スイに自分の心を隠すような発言をしていた。
「ふーん?」
スイはそんな俺を探るように、上目遣いで俺の顔を見てくる。
そんな仕草が、妙に可愛らしくて、俺はまた昨日のオヤジさんの言葉を思い出した。
『例えば、スイと結婚して、二人で多くの人間を救い続けるのも、一つだ』
「……スイって、今まで付き合った人とか居るのか?」
「へっ!?」
スイはビックリした様子で、そのまま数十センチ後ろに下がった。
そしてワタワタと、今まで見た事がない勢いで慌て始めている。
アホか俺は。なにいきなり脈絡のない話をしてるんだ。
だが、スイは必死になって俺の言葉に答えた。
「い、いないけど! お父さんの目が厳しくて、男の子とか近づいてこなかったから!」
「そうなのか?」
「う、疑ってるの?」
「だって、こんなに可愛いのに」
「っ!?」
スイが羞恥で顔を真っ赤にした。
相変わらず、褒められ慣れていない少女だ。
「何言ってんのよ! 総のアホっ!」
「いてっ」
と観察していたら、後頭部に衝撃が走った。
頭を撫でながら振り返ると、少しイライラしたライが、腕を組んでいた。
彼女はため息を吐き、すすっと移動する。丁度俺とスイの中間あたり、両方と隣り合う感じの位置だ。
「いきなり何聞いてるの。というかお姉ちゃんに彼氏ができるわけないじゃん」
できるわけない、という発言に、少しだけスイがムッとした雰囲気を出した。
「なんで言い切るの?」
「だって、お姉ちゃん。同年代の男子に恐れられてたから。『青い悪魔』とか言われて」
「……言わないでよ」
スイは、その言葉を聞いてショックを受けた様子だった。
だが、その『青い悪魔』というのは、先日ヴィオラからも聞いた名だ。
曰く、無表情で怒りの沸点が低いため、男子は気軽に悪戯をしかけることができない。
仮に機嫌を損ねると、その溢れる魔法の才能と容赦の無さで、トラウマになるほどの目に遭わせられる、とか。
その逸話と、透き通るような青い髪の毛から付けられたのが、『青い悪魔』という異名らしい。
「それでヴィオラさんが『黒い悪魔』で、二人揃って『群青』とか言われてたよね」
「わ、私はヴィオラの巻き添えだから」
スイは俺のほうを見て、少しだけすました顔で宣言した。
ついでに、ヴィオラの異名は今初めて知った。
だが、ヴィオラも同じことを言っていたな。
『私は、スイの巻き添えだ』と。
俺はライにすっと視線を送るが、彼女は首を振り、告げた。
「だから二人には浮いた話は一切なくて、二人の前を遮った無法者は……」
「……もうこの世には、居ないと」
「残念ながら」
「人を死神みたいに言うのはやめて」
スイは頬を膨らませて、俺たちを睨んだ。
どうやら、からかわれたことにご立腹だ。
俺とライは、顔を合わせて少し笑った後に、スイに謝った。
「ごめんごめん」
「ごめんってお姉ちゃん。でも少しくらいは許してよ。私なんて、お姉ちゃんの妹ってだけで、その頃は無駄に一目置かれてたんだから」
「知らない」
俺たちの謝罪に、しかしスイはまだ機嫌を直さずにそっぽを向いたままだった。
流石に参ったのか、ライはもう少しだけ食い下がる。
「だからごめんってば。私だってお姉ちゃんと一緒なんだから。そんな怒らないでよ」
一緒? ということは。
「え? ライも付き合ったこと無いのか? そんなに可愛いのに?」
「なっ!?」
俺が素直な感想を述べると、ライもまた、顔を赤くした。
だが、すぐに表情を改めて、何かを言いたそうに口をパクパクとさせたあと。
「総の馬鹿!」
それだけを告げて、そそくさと俺から離れ、掃除へと戻った。
それっきり、こちらとは目も合わせようとしない。
おかしい。褒め方は別に間違っていないはずなのに、どこで機嫌を損ねたか。
「なぁ、スイ」
「知らない」
「……なんか機嫌悪くないか?」
「気のせい」
スイはスイで、俺とは目も合わせようとしないのだった。
むしろ先程よりも、苛立っている様子に見える。
そのせいで、直前までいったい何を話していたのかも、忘れてしまった。
※0826 誤字修正しました。




