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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第二章

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オヤジさんと二人で


「ふー。疲れた……」


 宴会の席から抜け出して、俺はようやく一息を吐いた。

 これまで、目が回るほどの速度でカクテルを作り続けていたのだ。


 宴会は何故か、銀貨一枚で閉店まで飲み放題という、出血大サービスイベントと化した。

 臨時休業と言いつつ、集まった常連からイベント代金をしっかり徴収しているのは、流石オヤジさんだと思った。

 多分、俺の歓迎会のときも、裏でちゃっかりしていたのだろう。


 それで俺はさっきまでひたすらに、それはもうひたすらに働いていた。

 祝われているはずの俺が、なんで一番働いてるんだと文句を言いたいくらいだった。


 だが、文句ばかりではない。

 シェイクのしすぎで腕が痛くても、肩が重くても、今日は楽しかった。

 俺のカクテルを、楽しんでくれる人がいるというのが、幸せだった。

 昔日本で働いていたときよりも、今はずっと充実している気がした。

 こんな時がいつまでも続けばと、少し思ってしまうほどに。


「……おう小僧。こんなところに居たのか」

「オヤジさん?」


 俺が外でぼんやりしていると、店の入り口からオヤジさんが姿を見せた。

 オヤジさんは俺の隣に……いや、隣から少し離れたところに着いて言った。


「誰がオヤジだ。お前にオヤジ呼ばわりされる筋合いはねぇ」

「……ははは」


 相変わらず、俺は嫌われている様子だ。

 オヤジさんは、そこから何も言わずにただ空を眺めている。

 それに倣って俺も、ぼんやりと空を眺めた。


 やがてオヤジさんは、誰にともなく、静かに言った。


「スイが最近、楽しそうだ」

「……はい」

「……誰かさんが来るまで、アイツはいっつも、暗い顔をしていた。毎日必死になって、張り詰めてて、でも誰にも認められない。そんな状況は、見てて心配だった」


 俺は、うっすらと出会った当初のスイを思い出してみた。


 彼女と最初に話したときは、なんて感情の起伏が少ない子だろうと思った。

 自分が十八の頃は、どうだっただろう。

 一応、その時の夢に向かって、進んでいた気はする。


 スイは、もっと泥沼みたいな気分だったはずだ。

 それでも、自分のことを『ポーション屋』だと言い切って。

 それで、俺が試飲してみたいと言ったら、とても嬉しそうな顔をした。


「それが最近は、年相応の娘みたいな、柔らかい笑顔を浮かべたりもする。あいつの夢が少しずつ、前に進んでいるからな」

「……だと良いですけど」

「少なくとも、前よりはよっぽど良い。理想だけあって、そこへの道筋が見えないより。狭い獣道が続いているほうが、よっぽど良い」


 スイの夢。

 貧しい人達でも買えるような安価なポーションを普及させ、魔力欠乏症でなす術も無く死んでしまう人間を、少しでも救いたい。

 いや、魔力欠乏症に限った話ではないか。彼女はきっと、自分の救える人間全てを、どうにか救いたいと思っているのだ。

 俺は、そこで初めて、オヤジさんに尋ねていた。


「スイは、なんでポーション屋を始めたんですか?」

「あ?」

「スイくらいの実力があったら、それこそポーションに拘らなくても、人を救う方法はいくらでもあるんじゃ」

「……確かに、あるだろうな」


 オヤジさんは噛み締めるように、何かを思い、

 そして、言葉を続けた。


「だけど、アイツが本当に救いたかったのは、母親なんだ」

「え?」

「あいつの母親……つまり俺の嫁、タリア・ヴェルムットは、魔力欠乏症で死んだ」


 俺は思わず、オヤジさんの顔を覗き込んだ。

 だが、オヤジさんは相変わらず星を見ながら、独り言のように言う。


「俺と嫁さんは、昔はそこそこに名の知れた冒険者でな。俺が前衛で、タリアが後衛。バランスの取れたコンビだったさ」

「……はい」

「だが、いつまでも若くはない。二人でやるのも限界が見えてたころ、俺たちは引退して、街で働くことにした。結婚して、娘も二人生まれた」


 それも分かる話だ。

 きっと二人はこの街を気に入り、ここで暮らすことにしたのだ。

 だが、冒険者を止めたというのなら、なぜ、魔力欠乏症にかかったのだろう。


「それで、俺はもとから料理が好きでな、ちょっとした店で修行をはじめた。タリアは知識を活かして、薬屋みたいなことをしていたな」

「え? ポーション屋ですか?」

「ちょっと違う。魔力とは関係ない、漢方みたいな薬屋だ」


 なるほど。日々の健康に役立つものを売るのも、薬屋の本分か。

 その辺りで、急にオヤジさんの目が鋭く、暗くなった。


「だが、そんなある日だ。たまたま俺たち家族が揃って休みでな。街の外れに来ていた一座の見世物に行った。そいつらが、魔物を調教したサーカスの一団でな」

「まさか?」

「そのまさかだ。運悪く、その時に魔物が逃げ出して、大混乱になった。タリアは集まった人々を守るため、分を越えて魔法を使いまくった」


 全盛期と、引退してから……体の魔力がどう違うのかは分からない。

 だが、無理をしてその反動が来ないはずは、絶対に無いだろう。


「あいつは魔力を枯渇ギリギリまで使っちまったんだ。そのおかげで皆が助かったが、俺たちは大慌てで、近くのポーション屋に駆け込んだよ」

「……それなのに?」

「ああ。今でも一言一句覚えてるぜ? 『貧乏人に売るポーションはありません』ってな」

「…………」


 胸糞の悪い話だ。

 身を挺して人々を救った人が居て、反対に金のために心を見せなかった人がいる。

 どちらも、決して間違ってはいないのだろう。

 それなのに、モヤモヤを吐き出したくてたまらなくなる。


「そんな店はさっさと潰れちまったが、どうでもいい。俺たちは、タリアを失った。だが、ここからが俺とスイの違うところだったんだな」


 嬉しいような悲しいような、曖昧な表情のままでオヤジさんは言った。


「俺は『ポーション屋』なんてみんな潰れちまえって思った。だけどスイは『貧乏人に売るポーション』を作ろうと思ったんだ。あの日の母親を助けられたはずの『ポーション』をな」


『お父さんは、ポーション屋が大嫌い』

 俺が初めてオヤジさんに会って、交渉が決裂したとき、スイは言っていた。


 だが今の話を聞いたらどうだろう。

 俺がもしオヤジさんの立場だったら、ポーション屋を嫌いにならない自信はない。

 そして娘が『ポーション屋』をやりたいなんていったら、どれだけ反対するだろう。


 オヤジさんは、重要なことは語り終えたと、少しだけ目を瞑った。


「スイはきっと、いつまでだってポーション屋を続けられる。あいつの記憶の中に母親が居る限り、いつまでだって人を救い続けられる。目に映る全ての人が、救いたい対象なんだ。そうじゃなきゃ、とっくの昔にポーション屋なんてやめてるだろうさ」

「……そんな気はします」


 ベルガモの妹、コルシカを助けるとき。

 彼女は、自分にできることを全てやろうとした。ポーション屋の分を越えてでも、彼女はコルシカを救おうとした。

 それはきっと、彼女の本当の願いが『できるだけ多くの人を救いたい』だからなのだろう。金儲けでも、守るでもなく……救うなのだ。

 その『できるだけ多く』を叶えるもっとも効率的な道が、彼女にとってはたまたま『ポーション』だっただけなのだ。


 オヤジさんは、瞑っていた目を開いて、まっすぐに俺のほうを向いた。


「それで、お前はどうなんだ?」

「え?」

「仮にお前らの言う通り、世界に『カクテル』が広まったとしたら。お前はいつまで、ポーション屋を続けるつもりなんだ?」


 ストンと落ちてきた言葉。

 その言葉に、俺は咄嗟に何も返せなかった。


「お前の技術はたいしたもんだ。お前みたいな若造がその技術を持つのに、どれだけの努力をしたのかは想像もできない。だから、おまえの作る『カクテル』には、それだけの力がある。お前の本気が、籠もってるからな」


 オヤジさんの言葉に、俺はまたしても何も言えない。

『カクテルには』力がある。

 それは、つまり、どういうことか。


「だけどお前自身は、どうなんだ? 今は、目先にまだまだやる事が山積みで、それをこなすだけで、楽しい毎日を送れるだろう。このままカクテルが広まって、美味い美味いって飲んでくれる人が増えて、いつか目標が目に見えてくるだろう」

「…………」

「そんな楽しい時も、いつか終わる。最初の目標なんて、過ぎる日は必ずくる」


 今は、一つでも多く材料を揃えたい。

 それはカクテルを作るのに必要なことだから。

 だけど、揃ったら?

 求める材料が、全て整ったのなら……。


 俺は、次に何がしたいんだ?


「一人でも多くの笑顔か? 更なる高みか? お前が描く未来ってのはなんだ? 『カクテル』以外の『自分』ってのはなんだ?」


 俺の心を読んだようなタイミングで、オヤジさんの言葉が突き刺さった。


『カクテル』以外の、自分。

 俺は、一人前のバーテンダーにはまだ遠くて。

 だから、一人前のバーテンダーにいつかなりたくて。

 だけど……なれたとしたら。その目標に届いてしまったら……。


 オヤジさんは、何も答えられない俺に、一つ言った。


「……例えば、スイと結婚して、二人で多くの人間を救い続けるのも、一つだ」

「け、ケッコ!?」

「例えばって言ってんだろ。殺すぞ」


 俺が驚いた声を上げると、オヤジさんの額に青筋が走った。

 だが、いつも飛んでくる拳骨はなくて、ただ鼻を鳴らしただけだった。


「不本意だが、俺は今、居候してるお前の親代わりみてーなもんでもあるからな。だから、何かあったら相談しろよ。俺から見たら、お前もまだまだ、ガキなんだからな」

「…………ガキ」

「分かったのか小僧!」

「は、はい!」


 そう言って、オヤジさんは俺の頭をグリグリと撫でた。

 力が強すぎて、少し痛かったのに、なぜだかその手は優しかった。


「……意地悪なことを言ったな。今は忘れてもいい。だけどな、いずれ必ず考えることだ。一月後か、半年後か、数年後か……その時のための、心構えはしておけって話だ」


 その言葉だけを残して、オヤジさんは店の中へと戻っていった。



 一人残された俺は、少しだけ考えてみる。


 だが、今はやっぱり、答えなんて出せる気がしない。

 少しだけ頭を振って、まずは目先のことを考えるようにした。


 ポーション品評会に向けて、少しでも技術を高めることは、出来る筈だから。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


活動報告でも告知致しますが、明日20日から25日まで、帰省します。

そのため、予約掲載での連載となります。

コメント返しなど、滞りますのでご了承いただけると助かります。

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