予選会の様子
「予選突破、おめでとう!」
「「「おめでとうー!」」」
本日、臨時休業となった『イージーズ』で、その祝勝会は開かれていた。
祝勝会とは言うが、述べたようにまだ『予選突破』である。
それは足切りされなかったというだけの話である。
とはいえ、祝ってくれるという気持ちを無下にするつもりなど毛頭ない。
「どうもありがとうございます。これもみなさんのおかげです」
俺は場の中央に立って、礼を述べた。
「よっ、一番の問題株!」
「ダークホース!」
「審査員全員を沈黙させたんだって?」
好き勝手に言われているが、彼ら常連客の言っていることはそれほど嘘ではない。
話は、予選の当日に遡る。
今から二日前。
俺とスイは、ポーション品評会の予選会場である広場に向かった。
会場としては貧相であったが、本選に使う場所は改装中なので仕方ない。
この予選会場では、この場に並んでいる数十のポーション屋から、十の店を決めるらしかった。
「それで、注目すべきはどいつらだ?」
辺りをキョロキョロと窺っては、ため息を吐いているスイに尋ねた。
スイは俺を見て、指折りしながら店を挙げていく。
「まずは、優勝候補筆頭の『アウランティアカ』。ギヌラが副店長ってことだけがマイナス要素だけど、それを除けば、技術力も知名度も、資金も最強。この街どころか、国全体で見ても王者と言えるほど」
「……本当に、有名なんだな」
その『アウランティアカ』であるが、ここにギヌラの姿は見えない。まぁ、既製品を持ってくるだけだから、面倒がってこなかったのだろう。
見覚えのある青年が、退屈そうに並んでいる姿があった。
「次に、国の北部に本拠地を構える『ホワイト・オーク』。厳格な管理体制から生み出される、正確無比なポーションは高い信頼がある。古い歴史のある店」
「……『ホワイト・オーク』か」
尋ねていて悪いが、スイの説明よりもまずその店名に意識が行った。
『ホワイト・オーク』とは何か。
現在、ウィスキーの熟成に最も多く使われている樽材である。
そもそも、ウィスキーというものは、蒸留を終えてすぐに出荷されるものではない。蒸留を終えた後に、樽に詰められて数年から数十年寝かせるのだ。
その間、樽の成分が、ゆっくりと詰まった原酒へと移っていき、あの香ばしくも甘い香りと、琥珀を深くしたような色が現れる。
だが、ただ樽に詰めればいいという訳では無い。その樽が新品なのか、既に何かのお酒を熟成させた後なのか。後ならばどんなお酒の熟成を何回繰り返したのか。気温や湿度はどうなのか。
そういった様々な要因が複雑に絡み合う様が、熟成をして『樽の魔法』と呼ばれる由縁となっている。
そしてそれは、一年や二年で終わるものでもない。
だからこそ、ウィスキーやブランデーをこの世界で見つけるのは、困難だと考えてもいるのだ。尚更名前に惹かれるものがある。
何か、手はないものだろうか。
「総、聞いてる?」
「……ごめん。トリップしてた。続けてくれ」
「もう」
少しだけ腹を立てた様子のスイだが、すぐに言葉を続けた。
「後は──完全な高級路線で、富裕層や金持ち冒険者から高い支持を得ている『エリスロニウム』。商品数を減らし、大量生産でもって周りよりも比較的安価なポーションを生み出している『インカルビレア』。新進気鋭のポーション屋として、ここ数年で知名度を上げてきた『ダールベルグデージー』とか」
「分かった。要するにめちゃくちゃ強敵がたくさんいるってことだな」
世界のポーション事情には詳しくない俺だが、スイの懸念もなんとなく分かった。
このポーション品評会はやはり、そういった連中のためにあるのだ。
きっとその中には、ヴィオラから聞いた『縁談』と、関係のある店もあるのだろう。
聞けば、この街で開催となっているためにこの街のポーション屋が多いが、遠方から大会のために現れる人間もまた多い。
だが、彼らはわざわざ遠出させられて不満を漏らすでもない。
自分の店が、通過すると確信している様子だ。
だから、予選などは軽い遊びで、品評会に対する下見程度のものなのだろう。
「よし。覚悟を決めるか」
「総。くれぐれも」
「ああ。くれぐれも目立たないようにやるよ」
スイの心配を受けつつ、俺は彼女に声を返した。
くれぐれも、とは『弾薬化』の魔法をあまり注目されるな。という意味だ。
スイは前からこの魔法の価値を大分高く見ている。こういった衆人環視の中で目立つような行動は避けるべきだと言う。
そのために、俺は普段のポーチに加えて、もう一つ大きめの『空』のバッグを持ってきていた。
審査の列は着々と消化されていく。
前評判通り、スイの注目していた店は危なげなく通過を決めているようだった。
だが、ラインギリギリのところ。十位争いは熾烈を極めているように思えた。
それは言い換えれば、そこに入り込む余地は必ずあるということ。
「次……『スイのポーション屋』……? もっとマシな名前は付けられないのか」
店の名前にダメだしされつつ、ついに順番は俺たちに回ってきた。
列を移動して、審査員達の前に出る。
数は三名。全員が男。初老、やや若い、中年、くらいの歳に見える。
それぞれが近くに水を用意しつつ、こちらを値踏みするようにしていた。
「どこかと思えば、あのゲロマズポーション屋か。悪い事は言わんから、このまま帰った方が良いんじゃないか?」
審査員の一人が、スイの顔……というよりは髪の毛を見てそう言った。
スイはまた明らかにむっとするが、その前に話を進める。
「それは飲んでから決めてください」
「わかりました。なるべく美味しいので頼みますよ」
俺の言葉にも、話半分の様子。
俺はふぅと息を落ち着けて、まずポーチから一発の弾薬を引き抜いた。
そしてそれとバレないように、予め持ってきているもう一つの、大きめのバッグに弾丸ごと手を突っ込む。
「なにを?」
「ウチのポーションは鮮度が命なので、少し持ち運びに工夫をさせて貰いました」
審査員の言葉を流しつつ、俺はその一発を、戻した。
《生命の波、古の意図、我定めるは現世の姿なり》
手の中で、その弾丸はボトルに詰められた薄白い液体へと変わった。
それを、さも今バッグから取り出したようにして、俺はニコリと営業スマイル。
今にも凍りそうな冷気を発する液体を、俺は審査員たちのグラスへとそれぞれ注ぐ。
「どうぞ【ホワイト・レディ】です」
俺が指し示すものを、審査員たちが躊躇いがちに手に取った。
彼らはお互いに目を見合わせ、覚悟を決めたように頷き、含む。
「なっ!?」
「おぉ?」
「これは……?」
そして三人は、それぞれが思い思いの声を上げた。
ある者は、口に入れた瞬間に、驚いたように目を丸くし、
ある者は、舌で遊ばせた後に、興味深そうに声を漏らし、
そしてある者は、ゆっくりと呑み込んだあとに、眉間に皺を寄せた。
「いかがですか?」
「これは……どうやって作られているのだ?」
案の定。彼らは『カクテル』の製法そのものに興味を示した。
俺は包み隠さずに、その作り方を述べた。
『ポーション』に、ジュースや魔草といった材料を直接混ぜ込み、刺激を与えながら冷やすことで完成すると。
「……少し相談させて貰いたい」
俺の言葉に、審査員たちは後ろに下がり、何やら色々と話していた。
会話の内容は聞こえないが、断片的に『異質』とか『前例がない』とか『効果は』とか、議論が紛糾しているのは窺えた。
やがて結論が出たのか、彼らは席に戻り、言った。
「はっきり言いましょう。我々が今まで飲んだことのない『ポーション』です。思うに、これは『温度』が重要な要素でありますな?」
「はい。それに材料も、色々と強引に混ぜ合わせているので、例えば一時間後には全くの別物になっています」
包み隠さずに言った。
嘘を吐いても仕方が無い。嘘で通過したところで、無用な面倒を抱え込む。
それに、彼らの表情を見たとき、警戒は必要ないと感じていた。
「私達では、正確な判断は下せない。しかし、これほどの一品を通さない理由も付けられない。だから、提案させて欲しい」
「どんなです?」
「この『ポーション』は十位通過とする。それだけを確約する。ダメか?」
俺は目でスイに尋ねるが、答えを聞くまでも無かった。
すっと一歩前に出て、少女ははっきりと言った。
「それで構いません。重要なのは本選ですから」
スイの言葉に、俺も同意を示し、審査員達はその言葉を受け取った。
かくして、周りに居る者達の奇異の視線を受けながら『スイのポーション屋』は本選出場を決めたのだった。
※0818 誤字修正しました。
※0819 表現を少し修正しました。また、誤字修正しました。
※0203 誤字修正しました。




