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必要な存在



「まっず!! ゲホッ、ゴホッ!」


 呑み込んだ瞬間に叫んでむせた。

 俺のあまりのリアクションに目の前の美少女は目をパチクリとさせているが、俺は構わずに怒鳴った。


「なんだこの味は! まるで『ウォッカ』に『みりん』と『ドライベルモット』と『どくだみ茶』を適当に混ぜ込んだみたいなくっそ雑な味じゃねぇか! 本当に人に飲ませる気があんのか!?」


 スイは言われて、少し憮然とした表情で言った。


「ある」

「じゃあ考えなおせ! こんなのは『ウォッカ』じゃない!」

「……『ウォッカ』じゃなくて『ウォッタ』」

「どうでもいいわそんなこと!」


 俺はグラスを乱暴にカウンターに置いて、ため息を吐いた。

 それは、先程の騒動が落ち着いたあとの『スイのポーション屋』のカウンターでの一幕である。


 ────────


 時は少し戻る。

 女性は盛大にスイと俺に礼をしてから、その足で立てるようになった子供共々帰って行った。

 女性が帰ったあとにスイはもう一度、詰問口調で俺に言ったのだ。


「それで、さっきのは何なの? 『カクテル』ってなに? どうやってあんな『上質なポーション』を作ったの?」

「落ち着け」


 一度に色々と質問されても答えられないので、俺は一旦彼女を落ち着かせる。

 どう説明したものか悩みつつ、ひとまず『カクテル』について答えることにした。


「『カクテル』ってのは、俺の世界にあった『酒』の一種だ。ベースとなる『酒』と副次的な材料を混ぜ合わせる、って形式を基本としてる」

「……ちょっと待って。『俺の世界』?」


 スイはカクテルよりも、そこに引っかかった。そこで俺もようやくちゃんとした自己紹介をしていないことに気づいた。


「……改めて言うよ。俺は夕霧総。こことは違う世界──日本って国で『バーテンダー』をやっていた。分りやすく言うと、異世界人なんだ」


 俺はスイがどんなリアクションをするのか、少し不安になる。

 しばらくして、スイは一度頷いて言った。


「なるほどね。分かった」

「し、信じるのか?」


 スイがあまりにもあっさりと状況を受け入れるので、俺は拍子抜けする。

 だが彼女は、少し首をかしげた後に、説明した。


「あなたの世界はしらないけど、ここには『召喚魔法』ってものがあるから……『人間』が召喚されているのは初めて見たけど、別にありえなくはないと思う。私も使えるし」

「そ、そうなのか……え、使える?」

「そんなことより! じゃあさっきのは『異世界の魔法』で『上質なポーション』を作成したってことで良いの?」


 俺の疑問を遮るように、スイは身を乗り出し気味に俺へと質問を重ねてきた。


「……『カクテル』を魔法みたい、なんて表現することはあるが。別に魔法でもなんでもないぞ。ただの技術だ」

「……技術……」


 その言葉をしみじみと噛み締める様子のスイだが、反対にソウも彼女の零した『上質なポーション』という言葉が気になった。


「というか、さっきから『上質なポーション』とか言ってるけど、じゃあスイの作ってるその『ポーション』の品質はどうなんだ?」

「……え?」


 俺の言葉に、少女はデフォルトの無表情に明らかな動揺を乗せた。

 それはつまり、彼女の作る『ポーション』は決して『上質』ではない、ということの現れに思えた。


「……スイ。もう一回その『ウォッカ』を飲ませてもらえるか?」

「……うん」


 そして、その感想は冒頭へと繋がる。


 ────────


 それから『ジーニ』『サラム』『テイラ』と試してみたが、全部論外だった。

 どれもこれもが粗悪。

 上品なのは香りだけで、舌に乗せてみれば雑味えぐ味のオンパレードだ。

 俺はそれでも一通りのポーションを飲み干した。

 そして、俺の感想に一々ビクビクと反応していた少女を見る。


「仮に俺が客だったら、こんな『酒』を出されたらキレる」

「『酒』じゃなくて『ポーション』」

「この際一緒だ」


 俺に言われると、スイは相変わらず表情は薄いが、しょんぼりと肩を落としている。

 俺の職業はバーテンダーだ。観察するまでもなく、彼女の感情は見て取れる。


「なぁスイ。聞いちゃ悪いんだが、お前の店、客は来るのか?」

「……全然」

「だろうなぁ」

「うっ」


 俺がしみじみと同意すると、スイはぐさりと刺さった様子だ。

 俺の試飲の要求に不自然に喜び、慣れない手つきで俺へとグラスを差し出したところから思っていた。

 この店はきっと繁盛していないのだと。

 さきほどの女性も鬼気迫る様子だったし、きっと藁にもすがる思いでこの店にやってきただけなのだろう。


「……お願いがあるの」


 俺がぼんやりとこの店の行く末に思いを馳せていると、スイの小さな声が聞こえた。



「あなたの『カクテル』で、私のお店を助けて欲しい」



 少女は顔を上げて、まっすぐに俺を見つめて言った。


「もちろん、食事も寝床も保証する。この世界のことも説明するし、なんなら私のことを好きにしてもいい、だから」

「おいおい、待て待て」


 少女が思い詰めた様子でつらつらと条件を並び立てたのを聞いて、俺は慌てて彼女を止めた。

 そして、俺は少し笑いながら不安に揺れる目をしたスイへと答えた。




「願ってもない。俺もお願いしようと思ってたんだ。ここで働かせてくれってな」


「え?」




 俺の言葉を聞いて、スイは驚いていた。

 だがそれは俺にとって当たり前の提案だった。


「俺は『バーテンダー』だ。持ってる技術なんて『カクテル』を作るくらいしかない。そんな俺がこの世界で生きていくには、きっと『カクテル』を作るしかない」


 死んだと思ったときには、生きて行くことを諦めてもいた。

 だが、こうして生き返ってみて、そしてこんな店を見つけてしまったら、思わずにはいられない。


「誰にも必要とされてなかった俺の技術がここで活かせる。それなら俺は嬉しい」


 俺は偽りの無い本心を述べる。

 つまらない人生だった。

 何も無い人生だった。

 自分がやってきたことは、無駄なんだと思った人生だった。

 だけど、ここでは違う。

 俺はもしかしたら、この世界に来るために生きてきたのかもしれない。


「えっと、一つだけ、私も否定」


 その俺の言葉を聞いて、少しだけ怒り気味にスイが言った。



「私が欲しいのは『あなたの技術』じゃなくて『あなた』。間違えないで欲しい」



 スイがはっきりと口にしたその言葉。

 俺は不覚にも少しだけ嬉しかった。

 その発言の後、スイはんんと咳払いをして、言った。



「じゃあ、改めて。私のお店を助けてください」

「喜んで」



 そして俺は、この世界のことをまだ全く知らないのに、この世界で職に就いた。

 カクテルしかない俺が、バーテンダーとして未熟な俺が、

 この世界に来て、初めて必要とされたのだった。






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