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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第二章

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【マルガリータ】(2)

 眠っている人間が目を覚ます条件とは何か。

 揺する、叩く、呼ぶ。

 ざっくりと言えば、体への刺激だろう。



 では、病に苦しみ、伏している少女を目覚めさせる刺激とは?

 俺は『味覚』であることを信じたい。



「さぁ、ゆっくりと飲んで」


 スイは受け取ったグラスを、静かにコルシカの口元へと近づける。

 それが口に触れる瞬間。


 今度は気のせいではなく、コルシカは薄ぼんやりと、その目を開いた。



 ──────



 コルシカの意識は、混濁した泥の中にあった。

 体の全てが重く、地面から伸びた手に無理やりベッドに押さえ付けられているようだった。

 兄の声もどこかぼやけて聞こえ、果たしてそれが現実か夢なのかも分からない。


 そんな中、一つの音が聞こえた。


 規則的に響く、金属音。

 カランとか、カキンとか、そういう感じだがもっと重い音。


(なに?)


 コルシカの意識に、疑問が芽生えた。

 それからすぐ、少女は何者かに体を支えられた。


『さぁ、ゆっくり飲んで』


 どこかから聞こえた女性の声。

 その直後、ふわりと『テイラ』の匂いがした。

 荒々しい荒野のエネルギーを思わせるそれ。

 しかし、今のその匂いには、どこか柑橘の甘さが混ざっていた。


 コルシカは目を開ける。

 目の前には、白い湖と、それを縁取る雪原が広がっていた。

 その景色が近づいてくる。

 これを受け入れればいいのだと、本能的に理解した。


 小さく口を開いたコルシカに、グラスが接触した。

 唇と舌の先端に、雪の結晶が付着する。

 直後、舌から唾液が吹き出す。


 塩分。体に必要なミネラルを多分に含んだそれが、舌に反応を起こさせた。


 だが、その変化を受け入れる前に、湖が口の中へと押し寄せてきた。

 否、それは湖ではなかった。

 まさしく、味の洪水であった。


 雪を押し流しながら入り込んでくる、第一陣は上品な甘み。

 柑橘の皮を砂糖漬けにしたような、少し苦い爽やかな甘さが、我先にと雪崩れ込む。

 だが、その甘みを感じている余裕はない。


 少しの唾液で潤ったとはいえ、乾いていた舌に入り込んだ液体が広がって行く。

 しっとりと地面に染み込む水のように、乾いた舌の上に染み込んでいく液体。

 そしてそれらは、広がったところで根を張った。


 口中から花が咲くように、柑橘の甘酸っぱさと『テイラ』の刺激がその身を伸ばす。

 荒れ果てた荒野であっても、その味は決して自己主張をやめたりしない。

 喉が液体を通り過ぎてもなお、それらは口の中で咲き続ける。


 だが、唐突にそれらをまとめるものがある。

 口の中に散らばっていた塩だ。


 液体が流れ、支配が弱まった舌の上。

 固形のまま残った塩が、ゆっくりとほころんでいく。

 まるで、そこに広がった水分ごと、根こそぎ奪っていくように。


 あれほど潤ったはずの舌は、塩に支配されて再び乾いた。

 そうなると、求めるのは次の一口である。


 コルシカは半ば無意識に、次の一口のため、その身をグラスへと伸ばしていた。



 ──────



 以前ちらりと話題に出した『テキーラのメキシカンスタイル』という飲み方。

【マルガリータ】は、その飲み方をより洗練させたもの、とも言えるだろう。


 もともと、このカクテルはとある悲劇から作られた、という逸話が有名だ。


【マルガリータ】はこのカクテルの創作者の、若き日の恋人の名前であるらしい。

 その恋人は、狩猟場の流れ弾に運悪く当たり、その命を落としたという。


 彼女の出身であった、メキシコで生まれた『テキーラ』をベースに、相性の良いライムと塩を合わせ。

 亡き恋人への哀悼の意を込めて作られたカクテル【マルガリータ】が、コンテストで入賞し、今日まで広まったという話だ。


 だが、今の【マルガリータ】は、病に伏した少女を救う為のカクテルである。

 その少女が、懸命に喉を動かす姿を、俺はただじっと見つめていた。


 再び、穏やかな眠りについた少女の額に、スイは手を当てた。

 そして、いつもの呪文を唱え、今度こそ安堵の表情を見せる。



「ちゃんと『コアントロー』が効いた。『テイラ』もさっきのカクテルで回復したし、もう命に別状は無い」



 スイの言葉に、俺は内心で安堵の息を吐いた。

 ずっと心配そうにしていたベルガモは、喜びを叫ぶこともなく、放心状態でぼーっとしていた。

 そして、巻き込まれただけであるヴィオラも、ほっとしている様子だった。




「さて、それでどうするんだ?」

 コルシカを寝かせた寝室から、俺たちは居間に戻る。

 そこでタイミングを見計らったように、ヴィオラが言った。


「どうするって?」

「決まっているだろう。その強盗の処遇をだ」


 俺の返事に、ヴィオラは突き刺すような冷たい声を出した。

 その言葉に、俺はふっと思い出す。

 そうだ。ヴィオラがこの街の領主に使える騎士団ということは、この町の治安維持を担っている組織の一員でもあるのだ。


 この街には、主に二つの警察的機構がある。自警団と騎士団だ。

 前者は民衆のうちの若い人間が自発的に組んだもので、日常的な諍いを収めることが多い。

 後者は領主が組織的に運営しているもので、拘束力が強い反面、軽い諍いには頓着しない。


 とはいえ、強盗という罪はそう軽いものでもない。

 ましてや自分の友人が被害者となれば、黙って見過ごすものでもないだろう。


「待ってヴィオラ。彼には事情が」

「それは分かる。だが、事情があるから見逃すのか? 事情があればどんな罪でも許されるのか? 違うだろう? 罪には罰が下る。それが、社会というものだ」


 ヴィオラに言い立てられ、スイは何も言えなくなる。

 確かにヴィオラの言っていることは正しい。どんな理由があれ、罪は裁かれるべきだ。

 それは確かに間違いない。


「……良いんだよ。俺だって覚悟してたさ」


 やがて、話を黙って聞いていたベルガモが、ゆらりと立ち上がって言った。

 彼は自発的にヴィオラに向き直り、降参するように手を上げる。


「……随分と、物わかりが良いな」

「これでも、すげー感謝してるんだ。だから、罪滅ぼしになるんなら、それもいい」


 ベルガモは、言いながら俺とスイへと振り返る。


「……迷惑をかけた。謝って許して貰えるとは思わない。死んでも返せない恩も受けちまった。だから、いつか必ず返す。説明だけは、コルシカにしておいてほしい」


 それだけを告げると、ベルガモは俺たちから視線を外して、ヴィオラの方を向いた。

 ヴィオラは一度だけ頷き、そのまま、部屋を出ようとする。



「待ってくれヴィオラ」



 俺は彼女を引き止めた。

 ヴィオラはピタリと動きを止めて、俺の方を見る。


「なんだ?」

「ベルガモを連れて行くのは、まだ待って欲しい」


 俺の言葉に、彼女は再び呆れたような顔をした。


「くどいぞ。罪には罰。そう伝えたはずだ」

「分かってる。別にそれには意見はない」

「ならなぜ止めた?」


 ヴィオラの声が、苛立たしげに鋭く変質する。

 さて、俺はこの場でなんと言うべきか。


 ベルガモを助けるため、そんな動機では決してない。

 ただ、店を回す人間として、言わなければいけないことがある。



「ここでベルガモを連れて行かれたら、ウチの『メリット』がない。罪よりも、罰よりも──まず『利益』だ。だからこの場は、俺に預からせて欲しい」



 俺の言葉に、目を丸くしたのは、ヴィオラだけではなかった。

 ベルガモも、スイも、俺の言葉が理解できずにいた。


 金にがめつい、というわけではないが。

 この場を収めるには、こう言う他はなかった。



「今から説明する。俺がして欲しいことを」


 頭の中にあるアイデアを思い描きながら、俺はその言葉を口にした。



※0812 誤字修正しました。

※0813 誤字修正しました。

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