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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第二章

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【マルガリータ】(1)

 それから、スイが目を覚ますまで、少しだけヴィオラと世間話をした。

 目を覚ましたスイに、何を話していたのかと問われたが、特に答えられる話題もない。


 森の帰り道は、行きに比べて魔物も大人しかった。

 龍草の存在が、森の生き物達へとプレッシャーを与えていたのが、最近の活発化の原因でもあったのだろう。


 そのままトリプの町に戻り、簡単に事情を説明。

 宿をとって(当然部屋は別だ)、次の日の朝一番に、馬車に乗せて貰って、イージーズへと戻った。


 帰りの馬車は、それなりに静かだった。

 行きに比べて疲れが溜まっているというのもある。

 だが、目的を達成して張っていた気が緩むと、途端に心配事が頭に浮かぶ。

 戦闘に備えて、無理にテンションを上げて鼓舞しなくて良いので、なおさらだ。


 スイが推測した猶予にはまだ間がある。

 だが、病気というのは、何が起こるか分かりはしないのだから。




「ベルガモ、いるか?」


 一度だけ行ったことのある小屋の扉にノックをする。

 ドタドタという足音が中から聞こえてきて、ベルガモはすぐに顔を出した。


「薬は!? 薬は手に入ったのか!?」


 開口一番。ベルガモはその表情に焦りを浮かべて言った。


「ああ、手に入っ──」

「じゃ、じゃあ早くしてくれ! 妹の様子が変なんだ!」

「なに?」


 そのまま、手を引っ張られるように俺とスイ、そして付いてきているヴィオラが小屋の中へと入った。

 慌てて寝室へと踏み込むと、先日見た少女が、苦しそうに呻きながら大粒の汗を流していた。


「今朝起きたら、もうこんな感じで! 明日までは大丈夫なんじゃないのかよ!?」


 ベルガモの焦りが窺える。

 だが、それは俺たちも同様だ。

 スイは急いでコルシカのもとに駆け寄ると、目を閉じてその額に手を当てた。


《万物の精霊よ。その目を貸し与え給え》


 スイは、唱えてからすぐにその表情を苦しくした。


「どうなんだ!?」

「落ち着けって!」


 掴み掛かる勢いでスイに尋ねるベルガモ。

 以前は兄を嗜めたコルシカも、目を覚ます気配はない。

 彼女に代わって、勢い余ったベルガモの体を俺が押さえる。


「病状が急速に悪化してる。体力を消耗して、抵抗力が想定よりも落ちたんだと思う」

「危険なのか!?」

「今から『コアントローの実』を処方して、効いたら『ポーション』、なんて悠長なことはしてられない──総!」


 スイは切羽詰まった表情で、俺を呼んだ。

 どうやらかなり危険な状態になってしまっていることは、分かる。

 俺の心臓が、緊急事態に備えてドクンドクンと鼓動を速めている。

 とは言っても、スイの表情を見たその瞬間に、既に覚悟は決めていた。


 コルシカの症状は、土蛇の毒に加えて、魔力欠乏だ。

 そして失っている魔力は『テイラ』であり、

 指定された材料は『コアントロー』だ。


 特効薬の『コアントロー』だけでは、症状の解決には足りない。

 それを補充する『テイラ』が合わさって、初めて解決の薬となる。

 必然的に、その答えは求められる。


「ベルガモ! 台所を借りるぞ!」

「あ、ああ!」


 了承を取ってから、俺は一度その部屋を出て、台所へと向かう。

 整頓されているキッチンをさっと見渡して、必要な器具を揃えた。

 ナイフ、まな板。それに調味料の配置も確認した。

 それが済むと、ポーチから弾薬をいくつか取り出し、まな板の上で唱える。


《生命の波、古の意図、我定めるは現世うつしよの姿なり》


 直後、取り出していた弾薬は様々に化ける。

 シェイカーやメジャーカップ、バースプーンなどの器具。

 液体の詰まった瓶と、ライムの果実、氷──そして『コアントローの実』が詰まった籠。それらは全て材料だ。


 俺はまず、手頃なグラスを見繕って、まな板の上に乗せる。

 いつもなら布巾で拭くが、それを省略し、すぐに行動に移す。

 用意したナイフを、さっと水で洗ってから、ライムを切った。


 よく整備されていたようで、切れ味の良いナイフだ。特に苦労も無く、ライムを六分の一のサイズにカット。

 中央の白い部分を切除し、ライムを右手に、左手にはグラスを持つ。

 ライムの切り口をグラスの縁に当て、ライムとグラスを反対に回すようにして、一周。

 ライムの果汁を、グラスへと付着させた。


 丁寧にやる時間はない。俺は少しの妥協だと諦めながら、キッチンの調味料入れから『塩』を取り出す。

 それを乱暴に、湿っていないまな板にぶちまけ、塩にグラスを被せる。

 結果、グラスのライム果汁に、塩が付着した。

 グラスの円周に飾り付けられた塩は、まるで雪化粧のようだ。


 だが、そんな所で感動している場合ではない。

 グラスを冷やす冷凍庫などないので、そのまま次の作業に移った。


 シェイカーを用意して、二つの材料を順番に処理する。

『テイラポーション』を30ml。

 切り立てのライムを絞り、ジュースを足して果汁を15ml。


 もちろん、これで終わるわけにはいかない。

 『実』をナイフで切ってから、刀身を伝うようにメジャーカップへと、

 『コアントロー』をまた、15ml絞った。


 それらの材料が揃ったら、軽くステアして味を見る。

 問題ないと判断し、シェイカーへと氷を詰めて、蓋をする。

 ととん、とまな板を叩くようにきつく締めたら、シェイクの時間だ。


 シャカシャカ、という擬音が当てられることが多いこの音。

 だが俺としては、『ラカコン、ラカコラ』という感じに聞こえる。


 そのリズムは正確で、その動作には寸分の狂いもない。

 変わるとすれば氷の状態、温度の関係、そして液体の内容そのもの。

 それらの違いこそが、リズムに変化をもたらし、振り方をバーテンダーに考えさせる。


 しかし、今日に限っては難しいことは必要ない。

 いつも通りに、感覚を信じて振るだけだ。

 規則的なシェイカーの音を次第に緩め、丁度良いタイミングで、切る。

 出来上がった液体は、少し迷ったがこの場では注がないことにした。


 グラスを持って寝室に踏み込む。既にスイはスタンバイをしていた。

 コルシカの隣に腰掛けて、今か今かと俺のほうに手を伸ばしている。


 彼女にグラスを手渡したあと、動かさないように厳命して、俺はシェイカーから中身を注いだ。

 塩で縁取られたグラスに、薄白い液体が注ぎ込まれる。

 塩を流してしまわないよう、細心の注意を払ったそれが、完成した。


 グラスは冷えてないし、塩の付け方は適当だが、致し方ない。


「【マルガリータ】です」



 気のせいかもしれないが、その言葉に、コルシカの瞼が、ビクリと動いた気がした。


※ 0812 誤字修正しました。

※ 0813 誤字修正しました。

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