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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第二章

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寝息の隣で

『コアントロー』は、甘くて芳醇な味わいのあるリキュールだ。

 柑橘──特にオレンジの皮を彷彿とさせる、華やかな味。

 ホワイト・キュラソーの中でも、特に手に入りやすく、飲みやすい一品である。


 一口含むと、舌の上で甘味が燃える。

 四十度と高いアルコール度数と、それを穏やかに包む、オレンジの皮の砂糖漬けのような、とろりとした甘さ。

 口の中いっぱいに広がったその味は、嚥下することで、ようやく引いていく。

 後に残るのは、ほんの少しのほろ苦さと、切れの良い柑橘類の芳香だ。


 そのまま飲んでもいいし、ロックでもいける。

 水やソーダで割ってみるのも面白いし、さらにはカクテルにも良く使われる。

 あるとないでは大違いと言ってもいい、バーでのオールラウンダーである。




 安全を確保した上で、俺とヴィオラの二人は『コアントローの実』をかき集めた。

 まだ小さい実や、すでに熟しきっている実などを避けても、この場には大量の実が残っていた。少しくらい採取しても大丈夫だろう。


《生命の波、古の意図、我求めるは魂の姿なり》


 そして集めた実は籠に入れて、まとめて『弾薬化』しておく。

 ちょっと重いけど、とてもコンパクトで、すごく便利です。


 また、少しだけ野望を秘めて、熟しきった実も一つだけ採取しておいた。


「さて、ひとまずは目標達成だな」

「あの無茶に見合うかは、分からんがな」


 ヴィオラのじとっとした視線から逃れつつ、一仕事を終えた汗を拭う。

 涼しいとはいえ、湿気が多い場所だ。運動をすれば汗も出る。

 そんな時には、と俺はポーチから二つの弾丸を取り出した。


「冷えた水、飲むか?」

「……頂こう」


 ヴィオラは素直に頷いた。

 俺はすぐに弾薬を、冷えた水のボトルに戻し、一つ手渡した。

 ヴィオラはそれに礼を言って、直接口をつけてボトルを傾ける。

 ゴクゴクと喉が動いた後、くぅと美味しそうな声を出した。


「ご所望なら、カクテルを出しても良いんだけどな」

「悪くはないが、遠慮しておこう」


 俺が軽い冗談のつもりで言うと、ヴィオラもそれと分かったようで苦笑いを浮かべる。

 そして、さっと視線をスイに持っていって、言った。


「ああは、なりたくないからな」


 そのスイと言えば。

 それなりに強いカクテルを一気に三杯も飲んだ反動で、潰れていた。

 カクテルでは酔わないと言っても、限度はあったようだ。

 今は、即席で作った巨大な葉っぱのシートの上で、苦しそうに呻いている。


「私とてポーションの副作用は聞いていたのだが、実際に見たのは初めてだ」

「そりゃ、銀貨十枚もするポーションだからな。あんな無茶な飲み方する奴は居ないだろう」

「その無茶ができてしまうのが、『カクテル』とやらの恐ろしい所だ」


 副作用。この場合で言えばポーション酔いのことだ。

 そして、それは薬効が強いほど、大きく出るものでもあるらしい。

 とはいえ、良質なポーションであれば、すぐに影響が消えたりするし、悪質なポーションであれば、次の日まで残ったりもする。

 その辺りも、まんまアルコールだなぁ、と俺はしみじみ思った。


「まぁ、この場合は無茶をした理由が理由だけに、あまり責められんか」


 言いながら、ヴィオラは自分が口を付けたボトルをスイに渡す。

 スイは呻きつつそれを受け取り、少し飲み、そしてボトルを戻す。


「……無理」

「無理とか言うな。夜になる前に町に戻りたいんだ。歩けるくらいには回復しろ」

「……ぅう」

「ホラ飲め」

「うっ」


 ヴィオラはスイの弱気を許さず、強引に口にボトルを押し込む。

 そのまま傾け、抵抗できない形でスイにグイグイと水を飲ませた。

 スイは苦しそうにもがくが、ヴィオラの力に負けてなされるがままだ。

 心配になって声をかける。


「お、おい」

「言うな。こいつは変な所で根性がないからな。こうでもしないと飲まん」

「そ、そうか」


 それから、ボトルの三分の一程度の水を無理やり飲ませて、ヴィオラはボトルを引き上げる。

 スイはゴホゴホと咳き込んで、ヴィオラに怨嗟の声を浴びせる。


「……ヴィオラ、覚えておいて」

「何をだ? 休みの日に事情も知らされずに連れ出された、という恨みをか?」

「……陰険女」

「うるさいぞ根暗」


 こんな時でも言い争いを止めないのか、この二人は。

 とはいえ、俺もスイに早く回復してもらいたいので、止む無く間に入る。


「ほらスイ。今はとにかく寝て体調を回復させてくれ。少し休めば治るんだろ?」

「……うん」

「じゃあ、暫く眠ってろって。その間は、俺とヴィオラで守るから」


 スイはまだ、もの言いたげな目をヴィオラに向けていたが、素直に目を瞑る。

 すると、ものの一分もかからない内に、穏やかな寝息を立て始めた。


 スイの状況もまた、ポーション酔いの亜種みたいなものだ。

 擬似的な魔力欠乏状態とでも言おうか。

 先程、カクテルの力で強引に魔力の最大値を引き上げ、それを消費した。

 その結果、魔力許容量と現有魔力量で混乱が生じ、体がブレーキをかけているのだ。


 水を飲ませるのは、体内の魔力状態の平均化とかで、効果があるらしい。

 それは普通のポーション酔いでも同じこと、だとか。

 慣れで普通に水を飲ませていたので、全然気づいていなかった。


 ともあれ、スイが眠りについて、俺とヴィオラは二人きりで見張りをすることに。

 特に話題を出さないでいると、二人の間に微妙な沈黙が挟まる。


「……なんだかさ、急に二人きりになると落ち着かないよな」

「……うむ、そうだな」


 思わず零してしまった俺の言葉に、ヴィオラはぼそりと反応した。

 そしてまた、暫くの沈黙。

 集中して、見張りができているといえばそうだが……。


 正直に言おう。

 俺は、バーテンダーのスイッチを入れていないとき、女の子と何を話して良いのか分からない。

 会話の中であれば、適当なことも言える。相手を観察しながら、これは喜びそうだなとか、考えることができる。

 だけどオフのときに、何も考えずにそんなことができる性格ではない。


 つまり、俺は今、非常に困っている。

 このお嬢さんと何を話していいのか、まるで分からん。


「総」

「お、おう?」


 そうやって俺が思考を空転させていると、ヴィオラから声がかかった。


「君はそれなりに信頼できるし、口も固いと信じて、話したいことがある」

「安心してくれ。バーテンダーは客の情報を安易に誰かに漏らしたりしない」

「ここはバーとやらではないが、信じよう」


 言ったことは本当だ。

 たとえその客同士が知り合いだとしても、個人情報をバーテンダー側が漏らすことは基本的にない。

 バーテンダーでなくとも、当たり前といえば当たり前のことではあるが。


「それで、何か聞きたいことでもあるのか?」


 俺はある程度の覚悟を決め、尋ねた。


「聞きたいこと、というよりは言いたいことだな」

「言いたいこと?」

「……スイのことを助けてくれて、ありがとう」


 言って、ヴィオラは頭を下げた。

 俺はその突然の行動に面食らう。


「……助けてって、さっき助けられたのは俺のほうだ」

「そうじゃない。一人で意固地になり、叶う筈もない夢を追っていたスイを、君が助けてくれた。だから、ありがとうだ」

「……じゃあ、どういたしまして」


 叶う筈のない夢。

 たとえばそれは、スイのポーション屋が、誰かのために役に立つ……そんな未来。


 残酷だが、それはきっと真実だったのだろう。

 スイの思いは、そのままでは誰にも届く筈のないものだった。

 そんな状況を、俺が──いや『カクテル』が変えてしまったのだ。


 それは、俺にとっては当たり前の行動だった。

 この世界で初めて会って、世話をしてくれた少女に対する恩返しだった。


 だけど、ヴィオラの立場であれば、話は違うのかもしれない。

 心配で仕方なかった友人を、俺が突如現れて助けた。そう見えるのかもしれない。


「なぁ、ヴィオラ」

「ん?」

「それをどうして、スイに聞こえないように言うんだ?」

「…………」


 あえて揚げ足を取ってみると、彼女は少し顔を赤くして、ふんと鼻息を漏らす。


「あいつに聞かれると、少し癪だからだ」

「素直じゃないな」

「うるさいぞ」


 ヴィオラは俺を黙らせようとギロリと睨む。

 だが、俺はそんな彼女に少しも恐怖を抱くことができない。



 耳には、スイの微かな寝息の音が、吸い込まれるように届いていた。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


本日、諸事情により早めに投稿させていただきました。

感想の返信など、いつも以上に遅くなります。

申し訳ありません。


※0811 誤字修正しました。

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