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【スクリュードライバー】

『魔力欠乏症』とは、この世界におけるメジャーな病気の一つらしい。


 スイが語っていた話に何度か登場していた。

 人間は皆、体内に魔力を宿している。魔力は人間の体を健康に保ち、充足に動かすのに必要なもので、それのバランスが崩れると人間は健康でいられなくなる。

 だから、何らかの原因で魔力のバランスが崩れたとき、それをどうにかする為に『ポーション』が必要なのだと。




 女性が駆け込んできてからのスイの行動は早かった。

 ぼーっとしている印象だったスイが、すばやい動きで中年女性へと寄っていった。


「その子は今どこに?」

「背負ってここまで!」


 女性は言うと、その背に追っていた幼い少年を店のテーブルに寝かせた。

 その少年は俺の目から見ても具合が悪いのは間違いなさそうだった。

 息が荒く、額には大粒の汗が浮かんでいる。そしてなにより、その顔が冗談のように青く染まっているのだ。


「今診ます!」


 スイは言って、指を少年の額に付けた。

 そしてそっと目を瞑ると、その口から不思議な余韻を持つ言葉を詠じた。



《万物の精霊よ。その目を貸し与え給え》



 それが魔法の詠唱なのだ、ということはゲームが趣味の俺には良く解った。

 そしてその言葉から、恐らくの効果まで把握する。

 万物の精霊の目。つまり調査の魔法。さしずめ、少年の魔力の様子でも見ているのだ。

 スイは目を瞑り、少しだけ動きを止めた後に口を開く。


「『ウォッタ』の魔力が、危険域まで減ってる」


 淡々とした物言いだが、スイの表情もどんよりと暗く沈んでいた。


「ど、どうなんです?」

「今すぐ処置しないと、命に関わる」

「そんな……」


 女性が絶望の声を上げるが、スイはそこで諦めずに俺へと目線を向けた。


「それを!」


 言うが早いか、スイは俺の手から『ウォッタポーション』の入ったグラスをひったくる。

 そして、それを迷う事無く少年の口へとあてがった。


「なっ!?」


 俺は驚愕する。

 その驚愕は正しく、その無茶に対してだ。


「ゲホッ! ゴホッ!」


 ポーションを口へとあてがわれた少年は、それを口に含んだ瞬間に酷くむせてその液体を吐き出してしまった。


「待って、頑張って!」


 しかしスイは、めげずに再びグラスを少年へと向ける。

 だが結果は同じだ。少年は液体を嚥下できずに吐き出してしまう。


「どうして!?」


 スイが焦ったような泣きそうな顔を浮かべながら、もう一度試そうとするのを俺は慌てて止めた。


「待てっ! 無理だ!」


 俺が力づくでスイの蛮行を止めると、彼女はキッと睨みつけるように俺を見た。



「なんで!? 何が無理なの!?」


「『ウォッカ』のストレートを子供が飲めるわけあるか!」



 俺は彼女からグラスをひったくり、それを床へとぶちまけた。

 周囲にアルコールのような匂いが広がり、スイは俺の行動へと非難の目を向ける。


「な、なにをするの!?」

「うるさい! それより俺に考えがある!」


 俺は少女へと鋭い声を上げた。

 状況は分かっている。どうやら少年の命にかかわる状況らしい。

 ふざけていられない状況、となると、俺が取るべき選択肢は一つだけある。


「スイ! この店は食堂もやってるんだったな!? 『オレンジ』って言って分かるか!?」

「オレンジ? あの柑橘系の果実のこと? 今はそんなこと言ってる場合じゃ──」

「言ってる場合だ! 分かるならその果汁を絞ってグラス一杯分作ってきてくれ!」


 俺の剣幕にスイは目を丸くしつつ、急いで厨房へと入って行った。

 その後ろ姿を尻目に、俺はこの世界に持ってきてしまっていた道具を取り出す。

 正しく液体の量を測るための道具『メジャーカップ』と、測った液体を混ぜ合わせるための道具『バースプーン』をバッグから選び出した。


 そして『バーカウンター』の一画へと向かい、スイが選んでいた『ウォッタポーション』のボトルを手に取る。

 氷は期待できないだろうが、俺はその場にあった少し大きめのグラスに『ウォッタ』を45ml測り入れた。


「これでいい!?」


 そのくらいのタイミングで、厨房から『オレンジジュース』を注いだグラスを持ったスイが現れた。


「充分だ!」


 俺はそれを受け取り、オレンジ色の液体を『ウォッタポーション』の入ったグラスへと流し込んだ。


「な、なにを!?」


 スイが驚いた声をあげているが、気にしない。

 俺はバースプーンを液体の入ったグラスへと突っ込み、慣れた要領でステア──かき混ぜた。

 氷がないので感覚が掴みにくいが、混ざったと確信したタイミングでバースプーンを取り出し、手の甲に液体を乗せて味を見る。

 問題無い。


「これを飲ませろ!」


 呆然と俺を見つめていたスイに向かってグラスを渡すと、彼女は半信半疑ながらその飲み物を少年の口へとあてがった。


 それを子供に飲ませるというのは、正直言って褒められた行為ではないし、気分も悪い。

 だが、ストレートよりは、いくらかましな筈だ。


 少年の喉が、動く。


 先程はむせて液体を呑み込めなかった少年が、俺の作った『液体』をごくりごくりと呑み込んで行く。

 少年は瞬く間にグラスを飲み干すと、苦しそうな表情を和らげて、安らかに寝息を立てはじめた。

 スイが先程の呪文を使って少年の様子を見る。

 そして呟いた。



「……嘘……もう安全域まで戻ってる」



 スイの言葉に、少年の母親は安堵の息を漏らすが、スイは驚愕の目をしたまま俺に向かって尋ねていた。


「今のは、なんなの?」


 何と聞かれると、返す言葉は一つしかなかった。




「【スクリュードライバー】って『カクテル』だけど」




 それが、この世界で『カクテル』が誕生した瞬間であった。





明日から一話ずつ掲載していきたいと思います。

ここまで読んで下さってありがとうございました。


※0729 行間の変更と、少年に飲ませるときの内心を少しだけ加筆しました。

※0730 それに伴う誤字を修正しました。

※0805 誤字修正しました。

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