『カクテル』と意地
「あれは、なんなんだ?」
謎の植物から十分な距離を取って、俺は二人に尋ねた。
「龍草──ドラゴプラントって呼ばれている大型の魔物の一種」
龍草。龍とはずいぶんと大層な名前を持った植物が現れたものだ。
「やばいのか?」
「やばい。並の冒険者じゃ養分になって終わるだけ」
「並じゃなくても、かなりの大人数で討伐するような相手だ」
これまで散々に魔物を葬ってきた二人が、はっきりと声を揃えていた。
曰く、龍草とは、極稀に発生する『強大な魔力』を持った植物の魔物らしい。
通常、植物の魔物とは、その地に宿る魔力、特に『土』や『水』の魔力に体が異常に適応してしまった結果、発生するらしい。
それらは自我を持たず、異常に成長してしまった体を維持するための養分を求めて、自ら歩き回るという。
だが、それらは所詮、植物に毛が生えたようなもの。いとも容易く退治することができる。
だが、龍草はそれを遥かに上回る魔力を持っている。
元々、魔力の適性のある植物が、それを凌駕する魔力を事故か何かで送り込まれることで異常な成長を遂げる。
それは魔力を循環するために巨大な体を持ち、ほとんど自我を持つように、効率的に獲物を狙って、狩るという。
「その異常な魔力が送り込まれるってのは?」
「なんらかの原因で『魔石』を取り込んでしまった、とか」
「『魔石』って、ポーションの原料になる?」
「そう。その魔力の塊のこと。土砂崩れとか根がたまたま掘り当てるとか、地中の魔石が植物の魔物に取り込まれると、そこからさらに成長して、ああなる……ことがあるとか」
なるほど。ひとまず相手の正体は分かった。
だが、問題はその先だ。
「それで、倒す方法や、やり過ごす方法はあるのか?」
俺の質問に、
「…………」
「…………」
少女二人は難しそうな顔をした。
「縄張りがこの辺りだとすると……『コアントロー草』が生えているめぼしい地点全てに、根を張っていると思う」
「だとすると、やり過ごして入手というのは、少し難しいな。迂闊に近づけば近づいた分だけ、逃走は困難と考えた方が良い」
二人の意見を、考えてみる。
この沼地のどこかには、龍草が見逃している地点があるかもしれない。
だがそのために、いちいちリスクを冒して接近してみるのは、得策とは言いにくい。
「魔法でちゃっちゃと、片付けられないのか?」
「それも難しい。龍草がなぜ『龍』と呼ばれてるか、分かる?」
俺が首を横に振ると、スイは淡々と答える。
「まるで『龍』みたいに、強大な魔法耐性を持っているから。その上、植物だから回復力も強いし、物理も効き辛い。倒すには、魔法耐性を上回る、魔法の飽和攻撃で圧倒する」
「それしかないのか?」
「あとは、弱点を突く毒を使って弱らせるとか」
「毒?」
そのピンポイントな情報は、少しだけ気になる。
だが、スイはあまり芳しくない顔でそれを告げた。
「強大な魔法耐性っていうのは、身に宿った魔力が、外部からの魔力を反発する結果。じゃあ、反発を起こさない魔力で、内部へと攻撃──毒を飲ませたらどうなる?」
「……ちょっとだけ待ってくれ。整理させて欲しい」
少しだけ、頭を整理しておきたい。
まず、魔力同士の反発。これはおそらく、ポーションを調合している時に起こっていた現象と同一のものだ。
魔力特性が違う魔力は、馴染まない。言い換えれば、反発する。
だが、魔力特性が同じもの、そういったものが存在したら。きっとそれは起きない。
「強大な魔法耐性を持つという相手でも、同じ特性の攻撃なら、有効打を与えることができる?」
俺が出した答えに、こくりと頷くスイ。
そう。となると答えは、あの大型の魔物の、元になっている魔力特性だが。
「そして、恐らくだけど、あそこにあるってことは、あの龍草の元になった魔草は」
そこまで言われれば分かる。そもそも、俺たちはここに何をしに来たのか。
「『コアントロー草』」
採りにきたのだ。少女の命を救うための特効薬を。
「分かったところで、どうする?」
話が一段落ついたのを見計らって、ヴィオラは言葉を発した。
俺とスイが、どうやってあの龍草を倒すか、その話をする前に止めに入った様子だ。
「現状、あの龍草に対抗する手段は無いぞ。そんな毒はすぐには用意できないし、そんな魔法を今から開発している時間はない」
ヴィオラは苦々しい表情のまま、されど事実を述べる。
そう。それはきっと『不可能』なのだ。
それが簡単ならば、そもそも飽和攻撃で倒すなどという案は出てこない。
つまり、常識的に考えれば、打つ手がないのである。
「……ん?」
ヴィオラの言葉に何も返せず、視線を下に下げたとき、それは目に入った。
「……これは『コアントローの実』?」
うらなりが偶然辿り着いたのか。足元にほんの小さな白い実が、一つだけ落ちていた。
少女二人は一瞬だけ目を丸くするが、スイはすぐに落胆の声を出した。
「……みたい。でも、それじゃあ必要な量にはとても」
どうやら、運良く目的のものが手に入った、とはいかないらしい。
だが、俺は一つ、確認したいことがあった。
「……少し、食べても大丈夫か?」
「……え? うん」
スイの戸惑いの声を聞きつつ、俺はそれを齧った。
確証が欲しかったのだ。
ヴィオラの言うことも分かる。だが、それならと思う所がある。
『コアントロー』の魔力特性を持った魔法。心当たりなら、あるじゃないか。
果たして、齧った実は、俺にその答えを教えてくれていた。
うらなりらしく、まだ青くて甘みも少ないが、仄かに広がる、柑橘の風味。
「出来る」
俺の声に、二人は訝しげな目を向けた。
「普通の魔法じゃ無理かもしれない。だけど『カクテル』なら、できる」
確たる信念を持って、そう言い切った。
胸の中にはその自信があった。
「あいつは、『コアントロー』の魔法特性を持った魔法なら、有効打になるんだろ?」
「……だから、そんな魔法は」
「作れるんだ。俺なら、この場で」
言いながら、俺はポーチから一つの弾丸を取り出し、唱える。
《生命の波、古の意図、我定めるは現世の姿なり》
俺の手の中で弾丸は『シェイカー』へと戻った。
俺の準備にスイは呆れた顔、ヴィオラはぽかんとした顔を浮かべている。
「量が必要だ……なんとかアイツの攻撃をかいくぐって、『コアントローの実』を入手できれば、俺がアイツを倒せる」
俺の言葉を受けて、ヴィオラは無表情になる。
しかし、すぐにその顔を烈火のごとく染め上げた。
「馬鹿なことを言うな! そんな戯言を信じられるか! 確証がないあやふやな作戦で、お前は命をかけるつもりか!?」
彼女の言い分に、俺はぐっと言葉を詰まらせた。
まったくもって、反論はできない。だが、試してみる価値は、あると思うのだ。
「ヴィオラ、落ち着いて」
「これが落ち着いていられるか! スイはなぜこの馬鹿を止めない? ゴロツキを相手にするのとは違うんだぞ? 泣いて謝っても、相手は攻撃を止めてくれはしないのだぞ?」
「総は、分かってる」
「分かってない!」
ヴィオラの怒声を聞いても、スイは一歩も引き下がらなかった。
そして、彼女はじっと俺を見て、尋ねる。
「総。本当に行ける?」
「ああ」
「保って、三十秒。足りる?」
「間に合わせる」
俺はトンと胸を叩いた。
三十秒で一つのカクテル。とてもじゃないが、時間が足りない。
だが、それは一から作ろうとした話だ。
『弾薬化』と『弾薬解除』を組み合わせれば、やれないことはない。
「ヴィオラ。お願い」
「ダメだ」
スイが頭を下げるが、ヴィオラは頑として譲らない。
「頼む」
「ダメだ」
俺も頭を下げるが同じだ。
そのまま、しばらくの時間が過ぎる。
俺たちが頭を下げたまま微動だにしないのに、業を煮やしたヴィオラが問う。
「……お前たちは、どうしてそこまで、できるんだ?」
俺とスイは顔を見合わせた。
そうだ。常識で考えればここまでする義理はない。
こっちは強盗を働かれた身だし、命にかえて達成する約束もない。
だが、ここで引き下がってはいずれまた『同じこと』になる。
ここで越えられなければ、スイの理念を守れなくなる。
バーを始めて、ようやく現れたその目的の『人間』を、
そんな簡単に見捨てて、どうやってこの先、胸を張れるんだ。
いや、色々言ったところで、もっと簡単だ。
『カクテル』しかない俺が、『カクテル』でしか救えない相手を助けるために、
意地を張らないでどうするんだ。
その理由が、俺とスイで同じということはないだろう。
それでも、俺たちは頷き合ってから、ヴィオラに告げた。
俺の意地を、バーテンダー風に言い換えれば、きっとこうなるだろう。
「「待っているお客さんのため」」
その答えに、ヴィオラは面食らった様子だった。
そして、頭を抱えて「あー」とガリガリかく。相変わらず、ふわりと甘い匂いのする髪の毛だ。
まさしく、彼女の優しさや、甘さの香りだと思った。
「もう分かった! 協力する! ただし、無理だと判断したら、引きずってでも離脱するからな!」
盛大に罵声や愚痴を吐きながら、イライラした様子でヴィオラもまた、作戦に参加してくれることになったのだった。
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※0810 誤字修正しました。




