障害
道すがら、俺はこの世界における『魔草』の存在を聞いた。
植物にもいろいろと種類はある。
俺はとりわけ、この世界での薬草や香草にのみ注目していた。
というか、それ以外の植物の話を聞いていなかった。
だが、この世界にはもう一つ。魔草という注目すべき植物があったのだ。
魔草とは、読んで字のごとく魔力を秘めた植物のこと。
その魔力がどこに秘められているのかは、植物ごとに異なるらしい。
例えば茎、例えば根、例えば花、そして例えば実。
それらは、時にそのまま薬として用いられ、時に呪術に使われ、そして時にはポーションに混ぜ込まれるという。
俺はそんな話をスイから聞いていなかったので、問いつめた。
なぜ教えてくれなかったのか、と。
答えはこうだった。
混ぜるとそれだけで値が張るから、あまり考えていなかった、とか。
だが、それを知っていたらその方面にも、もっと意識を割いていただろう。
少なくとも、魔草の一つに『コアントロー草』なんて植物があるのだとしたら。
道中から更に一時間ほど歩いて、ようやく俺たちは目的地へと辿り着いた。
「沼か?」
辿り着いたのは、それまでの湿度の高い森の中から少し出た、開けた場所。
太陽の光が差し込む沼地だった。
濁った水面を覗き込むが、その先は窺えない。
じめっとした空気。植物の種類も、水草や湿った場所を好むもの。
アヤメのような花や、ガマのような葉が、所々に姿を見せている。
見晴らしの良いそこには、とりあえず魔物の姿は見当たらない。
ふぅ、と少しだけ息を抜いた。
「それで、どこにその『コアントローの実』が?」
周りを見渡してみるが、俺の視界にはたわわに実った果実は見当たらない。
もともと、それほど大きな実ではないということだが。
「待って、あれは沼地の周りに散発的に群生して……」
スイは手をかざしつつ、視線で沼のふちをなぞって行く。
やがて、ふっと表情を緩めて、声を発する。
「あった。あの辺り」
スイが指し示した方角に目をやる。
そこには、高さは一メートルくらいの、トマトのような植物があった。
その実は薄白くて、遠くて良く分からないが一つ一つは小粒のみかんほどだろうか。
その噂の『コアントローの実』は、少し離れつつ群生し、控えめに見ても持ち帰るには問題無さそうな量がある。
「よし、さっそく採りに行こう」
俺がテンションを少し高めて宣言すると、スイとヴィオラはやや呆れ気味に頷いた。
歩きにくい沼の地形でも、陣形は崩さずに行く。
先頭をヴィオラ、後衛に俺とスイ。
密集した植物を踏みつけつつ、じわじわと先に進んでいたところだった。
コアントローの群生地は、もう十数メートルあたりまで迫っていた。
そんな時、そのすぐ側にある沼の水面が、僅かに揺れた。
俺は、それを特に意識しなかった。
だが、彼女はそうではなかった。
「しまった!」
咄嗟に、ヴィオラが叫びを上げる。
だが、それに誰かが答える間もなく少女は剣を抜く。
そして、急激なスピードで伸びてきた何かを弾いた。
「ヴィオラ!?」
「スイ! だめだ見つかった! 龍草だ!」
「嘘!?」
龍草?
俺が聞き慣れない単語に疑問を持っていたところだった。
それは突如、沼の中から姿を表した。
トラックのような、巨大な植物型の魔物。
まだ半分以上は水面に沈んでいるが、うっすらと見える全体像は、凄まじい巨体を誇っている。
体色は沼の水で良く分からない。頭部? から伸びている細長い葉は、緑色。
体から無数のツルを生やし、ゆらゆらと獲物を狙っている様子だった。
そのうちの一本が、こちらへと伸びた。
「総! 危ない!」
声をかけられ、俺は咄嗟に横に避ける。
俺が今まで立っていた場所に、硬質な植物のツルが突き刺さっていた。
「くそ! 冒険者達が帰ってこなかった原因か!」
ヴィオラはツルをバッサバッサと切断しながら、苦しげに叫んだ。
状況は分からないが、ヴィオラ一人では攻撃を捌き切れていないのは分かる。
「壁を張る! ヴィオラ援護! 総サラム!」
「わ、分かった!」
状況は未だに掴みきれていないが、俺は言われるがままにスイの声に従った。
彼女が杖を構えるのと同時に、俺はシリンダーに銃弾を込めて宣言に入る。
《火の魔素よ。破壊を司る精霊よ》
「基本属性『サラム45ml』、付加属性『ライム1/6』──」
俺とスイ、二人の別々の声。
だが、それらは重なり合うように、一つの属性を高めて行く。
《求めるは壁。巡らせよ、炎王の陣》
「──系統『ビルド』、マテリアル『コーラ』アップ」
イメージは充分。
咄嗟のことでも、頭だけは別の生き物のようにカクテルを思い浮かべる。
自分たちの自由を、独立した領地を守る、炎の壁だ。
「《ファイア・ウォール》」
「【キューバ・リブレ】!」
スイの杖からは、そのままの炎が。
そして俺の銃からは、赤く燃える光弾が放たれた。
それらは目の前に展開し、外敵の攻撃を阻む炎の壁を作り上げた。
周囲に生えている植物が炎に呑み込まれていく。
それは魔物とて例外ではない。
沼地の中でなお轟々と燃え盛る炎が、伸ばされたツルを焼き散らす。
『……ギシィアァァ!』
植物が軋むような悲鳴をあげ、龍草はこちらに伸ばしていたツルを引っ込める。
その隙をついて、俺たちを庇うように剣を振るっていたヴィオラが下がった。
「一旦引くぞ! 沼地じゃ、炎の壁は長く保たない!」
ヴィオラの声を肯定するように、展開していた炎の壁が少しずつ効力を減らしていく。
俺たちは、慌てて巨大な植物型の魔物から距離を取った。
炎の向こう側に、目的の『実』があるのを、知りながら。
ここまで読んで下さって、ありがとうございます。
明日は、三回更新の予定です。
十九時過ぎ、二十二時過ぎ、二十四時過ぎの予定ですので、
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※0808 誤字修正、及び表現を少し修正しました。




