『弾薬化』の魔法(2)
魔法の説明回です。
長い上にややこしいので『弾薬化ってすごい』で流しても、大丈夫だと思います。
「ところで、総。君はなぜ、来たのだ?」
悶着が終わって、しばらく穏やかに馬車に揺られていた俺たち。
目的地付近の街までは馬車で数時間。会話が途切れれば、話題も変わる。
それは当たり前だ。
しかし、ヴィオラから問われた質問の意味を、俺は正しく受け取れなかった。
「なぜって、目的は話したじゃないか」
「そうじゃない。君は、戦えるのか?」
心配するようなヴィオラの目。
そうか。ヴィオラは俺の能力を知らないのだ。
俺はスイに目配せをすると、彼女は少し悩んでから頷いた。
もったいないが、これから一緒に戦うのに能力が分からないのは困る、か。
「じゃあ、ちょっと見ててくれ。……御者さん! ちょっとだけ騒がしくなるけど許してください!」
馬車の御者にも一応断ってから、俺は腰の銃を引き抜いた。
その後に、何にするか少し迷う。ここは分かりやすく安全に、青い弾頭にしよう。
決めてから俺は腰の『ポーチ』を開き、中から一発の銃弾を取り出した。
「それは?」
「弾薬だ」
ヴィオラの疑問に、十全に答えられているとは思わない。
だが、実際に見てもらったほうが早いのは確かなのだ。
俺は迷惑にならないよう、馬車の後方に銃口を向ける。
そしてイメージする。
その味、その素性、その存在そのものを。
「基本属性『ウォッタ45ml』、系統『ビルド』、マテリアル『オレンジジュース』アップ」
その宣言ののち、指先からはすうーっと水の魔力が抜けていった。
それに応える銃の振動。ぶぅんという唸りに任せて、俺は引き金を引いた。
「【スクリュードライバー】」
言葉と同時に、銃口から水色の光弾が放たれた。
馬車後方の宙空に向かったそれは、着弾の対象を見つけられない。
その結果、十メートルほど離れたところで、その水の塊は、爆ぜた。
「なっ?」
ズンと低い爆発音が響き、ヴィオラは驚愕の表情を浮かべる。
どうやら俺の『能力』は、だいたい分かって貰えたようだった。
「とまぁこんな感じ。基本は後衛で頼む」
「あ、ああ……しかし、今のは……?」
「これも『カクテル』だ」
ふぅ、と銃でよくある仕草で格好つけてから、俺は薬莢を排出し、銃を腰に戻した。
そのあたりでフリーズしていたヴィオラは、恐る恐る尋ねる。
「総。君はその、魔法使いなのか?」
「違う。少なくとも、俺に魔法の才能は無いらしい」
俺が目線でスイに意見を求めると、スイはこくんと頷いて発言した。
「私が保証する。総には魔法使いになるだけの才能はない。もっとも、第五属性は別だけどね」
それは、俺がこの世界に来てすぐに告げられた事実だ。
この世界で魔法は、スイのように才能のある者にしか扱えない。
その才能とは、己の身に宿る魔力の大きさ、がもっとも重要な要素らしい。
魔法使いは、己の魔力に、イメージという形で命令を与える。
そしてそのイメージが形となるのが、魔法というものだという。
詠唱とは、そのイメージを補強する為に、脳内に覚え込ませた鍵のようなものらしい。
そして、四大属性の魔力量が並しかなかった俺は、俗に言う魔法使いにはなれない。
その代わり、俺にはなぜか『第五属性』という、まったく研究が進んでいない分野の才能だけは、ずば抜けていたという。
素質を覗いただけで、スイが新しい魔法を見つけてしまうほどに。
「とは言っても。その第五属性ってのも俺の場合は『弾薬化』と『弾薬解除』に特化していて、他の魔法は使えないんだよな」
「うん、多分無理。私に比べても魔力量は桁違いに多いけど、それだけ」
すげなく言い切られては、分かっていても少しへこむ。
そんな俺たちのやり取りに、ヴィオラは腑に落ちない様子を見せる。
「だが、今のは──」
「魔法……に良く似た何か。『弾薬化』は、素質的に魔法を使えない人に、魔法が使えるようになる可能性を秘めた第五属性魔法なの」
スイの説明を聞いて、ヴィオラは尚更に顔を歪めた。
とは言っても、その可能性が本当にあるのかは、実は怪しいところだ。
銃から『カクテル』を放って以降、俺も色々と実験をしてみたのだ。
その結果、『弾薬化』は思ったほど万能ではないという結論に至った。
まず、『弾薬化』の本質。
スイが独自に研究してみた結果だが、スイの所見によるとそれは『魔力の圧縮と、魔力に与える命令式の独自規格化』らしい。
分かり難いが要するに『魔力を圧縮して、弾薬の形の魔法にする』ということだとか。
この場合の魔力とはすなわち『ポーション』。そこに入っている『魔石』に含まれている魔力のこと。
では命令式とは?
これはカクテルを作る際の『副材料』がその役目を担っているらしい。
先程述べたように、普通の魔法は、己の中の魔力にイメージで命令を与えて発動する。
だが、カクテルの場合はどうなるのか。
魔法に必要な魔力は、ポーションに代用させ。
それがどんな魔法になるのかは、副材料の性質に左右されるのだ。
発動に必要なのは、その魔法を起爆させる少量の魔力と、命令式を自在に操る知識・技術、そして完成を正確に思い描けるイメージ力だ。
言い換えると──少しの魔力、必要に応じた材料の選択、それをまとめあげる技量、そしてその完成系の味のイメージ。そのどれもが高い水準でまとまっていること。
それが『カクテル』という魔法の、発動や威力に関わる要素なのだという。
スイのアドバイスであるが、詠唱の代わりにカクテルの『素性』を宣言するのは、その補強である。言い回しが英語風なのは、俺の趣味だ。
とまぁ、ここまでが、スイの個人的な研究から得た結論。
だが『弾薬化』による魔法が、一筋縄ではいかないのはここからだ。
それもこれも、本来は『ポーション』に込められた程度の魔力では、魔法を発動させるには不足なのだという。
では、なぜ魔法が発動するのか。
混ぜるという作業、そして冷やすという工夫、副材料の持つ効果。
そういった諸々によって、瞬間的に魔力が活性化するからだという。
それこそが『カクテル』が『ポーション』として高い効果を発揮する正体でもある。
もともと、魔力に刺激を与えることで活性化させるというのは、この世界でも研究されていたことらしい。
だが、その研究は早々に捨てられた。
研究の方法は、ポーションに魔力を当てるとか、衝撃を加えるとか、そういうのが主流であったのだという。
そしてそれでは、効果のわりに、持続時間があまりにも短すぎた。
二倍に満たない効果上昇のために、効果時間が十五分程度になるのは、割に合わない。
その問題を、唐突に解決してしまったのが『カクテル』だった。
味という感覚は、人体に与える影響を端的に表していると言っても良い。
美味しいと感じるということは、それだけ体に影響を与えるということなのだ。
打ち捨てられた研究は、そこに着目するべきだったのだろう。
しかし、そこまで来ても持続時間の問題は解決していない。
ポーションの効果時間の問題は、弾薬化によっても解決することではなかった。
弾薬化は、物の状態は保存できるが、魔力の活性状態までは保存しない。
あくまでイメージだが、弾薬化しているカクテルは腐らない。しかし、いつの間にか、常温に戻って分離してしまう。そういう感じで捉えてほしい。
そんな状態では、とても美味しいカクテルとは言えない。
美味しいカクテルと言えなければ、魔法も発動しない。
弾薬化だけで、なんでも叶うというのは都合の良い夢だったのだ。
「……つまり、弾薬化の欠点は、魔力と致命的に相性が悪くて──」
そのあたりの話を、スイがわざわざ難しい言葉でヴィオラに説明している。
だが、ヴィオラはいい加減にもどかしくなったようで、話の腰を折った。
「お前の理論の話は分かった。分からんが分かった。だが、実際問題、総は魔法を使っていたじゃないか。どういうからくりだ?」
そう。その話がその通りなら、その場でカクテルを作らない限り、俺は役立たずだ。
だが、実際にさっきは魔法を使うことができた。
「それは、このイベリスが作ってくれた『ポーチ』のおかげだ」
「その、弾薬?……を入れているポーチか?」
俺は頷く。
腰には、少し小型のポーチを備え付けている。中には、属性毎に分けられたカクテルの弾薬がずらり。それに予備を作る為のポーションなど、少量の材料弾が入れてある。
「さっき、俺には第五属性の才能──ずば抜けた魔力量があるって言っただろ?」
「ああ」
「その俺の魔力を『吸い出して』活性状態の維持を行う。そういう機能のついた特別製のポーチなんだそうだ」
これはイベリスが、自発的に作ってくれた物の一つだ。
イベリスもまた、先程のヴィオラのようにスイから長ったらしい話を聞いていた。
そしてそのあと、ふと思案顔になってから、少し待っててと言ったのだ。
それから数日、彼女はまたとんでもないものを作ってくれた。
全く研究が進んでいないという第五属性だが、少しだけ解明していることもある。
第五属性の魔力には、どうやら『時間』とか『空間』なんて分野も絡んでいるらしい。
そして、イベリスはそういう特性と、俺の魔力量に目を付けた。
第五属性の魔力を使って『状態を固定する空間』を発生させ、簡易的に『時を止めた状態』を作り出したのだ。
入れている間は魔力の活性状態をも固定する──という、スイが目を丸くするようなとんでもアイテムである。
「まぁ、総以外には使えないから、普及は無理だけどね」
「ん? どういう意味だ?」
ヴィオラが、俺のポーチに触ろうと手を近づけていたところに、スイが声をかける。
スイはその時の驚きをそのままに伝えた。
「総以外が付けたら、第五属性の魔力を吸い尽くされかねない燃費の悪さ。呆れたレベルの魔力量と自然回復量を持っている総だから、それを維持できるの」
「……そんな危険なものなのか」
ヴィオラはすっと、伸ばしていた手を引っ込めた。
そう。スイが驚いたのは理論だけではない。
その恐ろしい設計思想と、出力にも驚いていたのだ。
「まだ、試作品らしいし、じきに魔力の活性化そのものを促せるようなのを作るって言ってたから」
遠巻きに俺を見るようになっている二人に、苦笑いを浮かべながら言った。
そうこう話をしているうちに、目的地は着々と近づいていた。
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※0806 誤字修正しました。