土蛇と特効薬
その日『イージーズ』に併設されたバーは、臨時休業となった。
原因は『マスター』と『オーナー』が共に不在となったからである。
それは大変申し訳ないのだが、年中無休と謳っているわけではないので許して欲しい。
それでも、どうしても『カクテル』が飲みたいと言う常連がいたらと、ライに伝言も残してきた。
『テイラポーションをショットグラスに注いで、塩とカットライムを渡しておけ。後は好きにさせろ』と。
メキシカンスタイルと言われる、テキーラの飲み方がある。
片手にショットグラス一杯のテキーラを持つ。もう片方の手の甲、親指の付け根に塩を盛り、八分の一にカットしたライムを、塩を落とさないように掴む。
塩を舐め、ライムを齧り、そしてテキーラをくいっと飲む。そういう飲み方だ。
味はまさしく、テキーラの魅力そのもの。
塩とライム、その二つの刺激に整理された舌の上で、荒々しいテキーラの味が踊る。
それらは口の中で混ざり合って、どこか不思議なまとまりを持つ。
仄かに残るのは、テキーラの風味ある、スッキリとした後味だ。
とまあ、味は良い。すごく良い。テキーラが好きなら楽しめる。俺は大好きだ。
だが、俺が働いていたバーでは、誕生日やなんやでお祝い事があった時に、よく、こういう飲み方をしていた。
塩は省略されることも多かったが、飲み方にあまり違いはない。
やっている時には楽しいので、俺は目の前でそういう流れになったら止めない。
しかし、それを目の前にしていない今だから言っておきたい。
やめておけ、と。
どうしてもやるなら、テキーラとライムの順番を入れ替えたほうがいい、と。
個人的には、テキーラの後味にライムの酸味が混ざるほうがスッキリして好きだ。
というか、そういう席では、すぐに次のテキーラになる可能性もある。
そうなってくると、それはメキシカンスタイルではなく、テキーラショットの飲み比べと化してしまう。
舌をリセットしないと、辛い。
しても、辛い。
話が逸れた。
今は既に、夜と言って良い時間。
僅かな光を頼りに、俺とスイの二人は、犬耳の男──ベルガモの後ろに付いていた。
彼に付いて十数分ほど歩くと、目的地に辿り着く。
そこは、ヴェルムット家がある所よりも、少しだけ貧乏な区画のようだった。
ベルガモが扉を叩いたその家は、木製。
いや、家というよりは小屋に近いのかもしれない。
推測だが、二部屋くらいだろうか。寝室と、それ以外。そんな気がした。
周りに連なっている家も、軒並みそのくらいの大きさだ。そこに『二人』で、ベルガモ達は暮らしているという。
ベルガモは一度、俺たちのことを確認してから、扉を叩いた。
「コルシカ。帰ったぞ」
言葉をかけてから、ベルガモは俺たちに向き直る。
「……どうぞ」
低く声を出して、彼は俺たちを導いた。
「お邪魔します」
俺とスイもまた、小さく返事をして家に上がる。
入った直後に目に入るのは、小さなテーブル。奥には水道とコンロ。その近くには保存のきく食料のストックも見える。
そうやって観察していると、壁の一つに備えられていた扉が控えめに開いた。
「……兄さん。帰ったの?」
姿を見せたのは、十代後半くらいに見える、穏やかな雰囲気を持った、犬耳の少女だ。
少女はベルガモに対して柔らかな笑みを見せたあとに、俺たちを見て少し怪訝な顔をする。
「……この人達は?」
「薬師だ。それよりコルシカ、寝てないとだめだろ」
「だって、兄さんが遅いから心配で──」
少女はベルガモに少しだけ強い目線を向けるが、言葉の途中でふらりと倒れ込む。
「おい! コルシカ!」
ベルガモが走り込むように彼女を支えた。
「だから言っただろ。良いから寝てろ、良いな」
「……はい。それでは、失礼します……」
少女は、俺たちに一礼をした後、扉を締めた。
後に残された微妙な空気の中、ベルガモが気を取り直したように言う。
「座ってくれよ。俺が聞いた詳しい事情を説明させて欲しい」
その言葉に甘えて、俺とスイはテーブルを囲んだ二つの椅子に腰掛けた。
事情を聞くとこんな流れだった。
昨日まで、少女──コルシカはなんの問題もなかった。
もともと活発な性格ではないが、病弱でもない。その日も、ベルガモは肉体労働に出かけ、コルシカは山の方で売れる野草を探しに行ったらしい。
街の外には魔物も出る。だが、彼女は『テイラ属性』──つまり『土属性』の魔法の才があるらしく、これまで危険な目に会う事はなかったという。
だが、昨日。彼女は野草を積んでいる最中に、足におかしな痛みを感じた。
慌てて様子を見ると、そこに何かが噛み付いたような痕があったという。
だが、体調に異変は感じなかったらしい。すぐに家に戻りはしたが、それからベルガモが帰ってくるまでは、普通に生活できていた。
しかし、その夜、異変が起きた。
食事中にコルシカが、急に倒れ込んだ。
ベルガモは慌てて、知り合いの伝手を頼って医者に見てもらったのだが、何も分からないという。
だが、コルシカの病状は徐々に悪化していく。
そんなとき、誰かに聞いたらしい。
『これは、魔力欠乏症の症状だ』と。
その病気の知識はあった、解決法も聞いていた。
魔力欠乏症を治すには、『ポーション』を飲ませれば良いのだ。
「それで、思いあまってウチに襲撃をしたってわけか」
「……本当にすまないと思っている。だけど!」
「事情は分かった。スイ?」
話を一通り聞いたあと、スイはふっと決意した表情を浮かべ、ベルガモに尋ねた。
「コルシカさんを、直接、診てもいい?」
ベッドに横たわるコルシカの額に、スイが手を当てた。
そして、何度か聞いたことがある詠唱。
《万物の精霊よ。その目を貸し与え給え》
唱えたあと、スイは少しだけホッとしたような、苦しそうな、複雑な表情をした。
「ど、どうなんだ!?」
「兄さん、落ち着いて」
ベルガモがスイに詰め寄るように尋ねる。
スイは、少し言葉に迷ったあと、淡々と事実だけを告げた。
「まず、コルシカさんは、今すぐ命に別状はない」
「ほ、本当か!」
スイの言葉に、ベルガモが嬉しそうな顔を見せた。
だが、スイの言葉にはまだ続きがあった。
「だけど、処置をしないとたぶん、三日以内に死に至る」
「……え?」
「これは、土蛇──アースヴァイパーの毒の症状なの」
呆然としたベルガモ。彼は、あまりに突然の事態に、目を伏せてしまう。
そこからは、俺が言葉を引き継いだ。
「その、毒っていうのは、どういう症状なんだ?」
「……体内の『テイラ』の減少」
スイの口から、アースヴァイパーという魔物の生態が語られる。
そいつらは、土蛇と呼ばれる。
何故かと言えば、魔物には珍しく魔力適性があって、体色を土色に変化させられるからだという。
そして、彼らの毒もまた、土に関係している。
『テイラ属性』の魔力の減少。毒というよりは、呪いにも似た魔法のようなものだ。
受けた者は、その減少によって魔力のバランスを崩し、身動きができなくなる。そうなった獲物を、土蛇はゆっくりと捕食するらしい。
そう。その毒で魔力欠乏症に似た症状が発生するのは、当然のことだったのだ。
「コルシカさんはもともと『テイラ』の魔力が、常人よりも大分多いから、なんとか保っている。抵抗力が強いみたい。でも、すぐに対処しないとやがて……」
スイの説明を受けた兄妹は、すっと顔を青ざめさせていた。
「な、なんでそんな危険な魔物が、こんな所に居るんだよ! ふざけるなよ!」
「分からない。もともと土蛇は、もっと人が居ない所に棲むのに」
狂乱の様子でスイに食ってかかるベルガモ。だが、スイは淡々とした態度を崩さない。
ベルガモの威勢はすぐに萎えた。へたり込むように、コルシカの眠るベッドに腰掛ける。
「ポーションで、どうにかならないのかよ……?」
「ポーションはあくまで補助材。土蛇の毒をどうにかしない限り、ポーションの魔力が定着するまえに、毒に吸われてしまう」
スイが首を振る。
だが、俺の目にはスイが諦めてしまっているようには見えない。
「じゃあ、スイ。土蛇の毒の解毒方法は分かるのか?」
俺の尋ねる声に、スイはコクリと頷いた。
途端、意気消沈していたベルガモが、ばっと顔を上げた。
「ほ、本当か!?」
「本当。むしろ土蛇の脅威は、その『特効薬』が見つかって、大分減ったの」
スイの言葉に、兄妹は希望を取り戻した様子だった。
だが、スイはすぐに状況の悪さを報告する。
「でも、その特効薬は、王都とか、ここより大きい街の冒険者向けの店でしか、取り扱ってない。ここから王都までだと、往復で四日はかかる」
「……そんな……」
それじゃ間に合わない。
そんなことはスイにも分かり切っている。
俺はぱっと浮かんだ疑問を、スイにぶつけてみた。
「連れて行くのはダメなのか?」
「さっきの日数は、安静にしていての時間。変に動けば、それこそ危険が大きい」
スイの言葉は、さらに深い絶望へと兄妹を落とした。
それを打ち消すように、更に先の言葉を告げた。
「でも、特効薬の原生地には、この街から一日かからず辿り着ける。そして今は丁度、実を付ける時期。直接向かえば、ギリギリ間に合う」
スイが、まっすぐに言った。
俺は、そこに付随するいくつかの疑念を尋ねる。
「そこは安全な場所なのか?」
「いいえ。魔物が生息する森の中」
「いけるのか?」
「いける」
スイは、意志を持ってはっきりと頷いた。
正直言えば、これはもはやポーション屋とはなんの関係もない話だ。
うちのポーションでは治せませんで済む話だ。
だが、スイがそれで済ますような性格でないことは、もう充分に分かっている。
それなので、俺は彼女の行動には驚かなかった。
「だから、私が直接採ってくる。その特効薬──『コアントローの実』を」
しかし、その特効薬の名前には、驚きを隠せなかった。
「ス、スイ!? 今、なんて言った!?」
「え? 私が直接──」
「違う、特効薬の名前だ!」
きょとんとしたスイが、もう一度告げた。
俺の聞き間違いではない、そう説明するように。
「『コアントローの実』?」
頭をガツンと殴られた気分だった。
そして、同時に二つの事柄を、俺は思い出した。
まず一つ。
トニックウォーターを作ったときのこと。
まるであつらえたように『トニ』という香草が、決め手となった。
その名前を、なぜああもあっさりと受け入れていたのだろう。
そしてもう一つ。
この世界に召喚されてすぐ知った、言葉の翻訳について。
この世界にあるものは『俺が知らない物』でも『俺が認識できる』名前になる。そういう名前に、自動的に翻訳されるらしい。
それはつまり、こういうことではないのか。
もし、この世界に『リキュール』に似た物が、既に存在しているのなら、
それが既に、名前の付いたものだとするのなら、
それには、俺の知っている『リキュール』の名前が、最初から付いている。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
ある程度のリキュールは最初から、ファンタジー要素の『植物』として出すつもりでした。
逃げと感じられて、がっかりした方も居るかと思います。
ですがリキュールは、それだけ難しい面も多いと思っております。
ご理解いただけると幸いです。
言い訳ばかりで申し訳ありません。
ここから、少しバーを離れた展開が続きます。
魔法の説明などが多くなりますが、カクテルを主軸にしたところは変わりません。
お付き合いいただければ幸いです。
※0805 誤字修正しました。




