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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
エピローグ++

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白州の残り香5



「なるほど、つまり夕霧が大学時代に家庭教師をしていた関係で知り合ったと」

「そういうことなんです」


 人間が三人も入ればやや手狭になってしまう俺のアパートの一室。

 椅子とテーブルなんて洒落たものが置いてあるわけでもない、テーブルと座布団という組み合わせの六畳一間にて。

 何故用意されていたのかも分からない(一応スイは合鍵を持ってはいる)料理をつまみながら、青木は納得がいったという顔でしきりに頷いていた。


「でも、それって大分前ですよね?」

「そうですね、六年前くらいです。あの時、総に出会えてなかったら、今の私はなかったってはっきり思えるくらい、良くしてもらいました」


 ……いや。うん。

 確かに、俺の体感で言えば、スイと出会ったのは六年前くらいだけど。

 俺にはスイの家庭教師をやっていた過去なんてないよ!


 あえて言うなら、困ったポーション屋を営んでいたスイに、カクテルの知識と技術を教えはしたけど、どちらかと言えば住む所とか仕事とかで俺がお世話になってたよね。

 いやでも、そういった知識を提供する対価として金銭を貰っていた、と考えれば、ぎりぎり、家庭教師と言えないこともない、のか?

 ……いや言えねえだろ。オーナーと雇われバーテンダーの関係は、どうあがいても生徒と家庭教師にはならねえよ。


「私が高校に入学する時に家庭教師は終わってしまって、それから、総とは離れ離れになってしまったんです……連絡先も教えてくれなくて」


 とんでもないでっち上げのカバーストーリーを語ってみせたスイは、いつも通りの無表情のくせに、よよよ、と悲しそうな演技をしてみせる。

 連絡先も何も、世界が違うんだから教えられるわけないじゃんね?

 というか、俺だってイージーズのみんなとはもう二度と会えない覚悟で、世界の平和のためにお別れしたのに。

 スイの視点から語らせると、俺が一方的に悪者になっていくんだが。


「おい夕霧、お前こんな可愛い子と知り合っておきながら! なんて薄情なやつだ!」


 憤懣やるかたない、といった表情で、青木は俺に食ってかかる。

 ほらぁ。青木の中で俺がそういう奴になっちゃったじゃん。


「いや違うんだって、俺だって別に、連絡を断ちたくて断った訳じゃなくて」

「じゃあ、どうして連絡先を教えてやらなかったんだよ!」


 俺は、青木の非難の入り交じった質問に、正直に答えてみた。


「その時、携帯持ってなかったから?」

「大学時代普通に携帯持ってただろお前!」


 いやまぁ、そうなんだけどさぁ!

 もうややこしいなぁ!


 青木の中の六年前と言えば、俺が、大学二年から三年の頃だ。

 だから、その時、俺が携帯を持ってないわけがないことは分かっている。

 だけどスイの言っている世界は異世界なわけで、そんな場所に俺が携帯を持っているわけ──いや携帯は多分鞄には入ってたな、すぐ電源切れて使えなかっただろうけど。そもそもスイが携帯持ってなかったし。

 というかスイもお前、カバーストーリーをでっち上げるにしてももうちょっとこう、なんとかならなかったのか。

 せめて青木に話す前に擦り合わせをしてくれよ。おかげで俺も、時系列の整理とかでちょっと良く分かんねえよ。


「ちょっと台所の様子を見てくるね」


 俺と青木が戯れているところを、無表情ながら面白そうに見ていたスイが、ふと思い出したようにそう言って立ち上がった。

 このテーブルに並んでいる料理は、スイが作り上げたものだ。

 もともと、彼女は味覚がちょっと怪しいところがあって、なおかつアレンジに対する並ならぬ熱意があったが、レシピ通りにやれば料理は作れないことはなかった。

 さらに今は、この日本にて現在もご存命のお母様にしっかり料理を叩き込まれた関係で、独創的にすぎるアレンジレシピを作ることはあまりない。(ないとは言ってない)

 だから、俺としても彼女が台所に立つ事に不安はない。だから安心して、残った青木と向き合うことができた。


「……なんてさ。いや、流石に俺も分かるよ」


 その青木と言えば、先程までスイの前で見せていた表情とは一転して、どこか俺を慮るような顔になっていた。


「……どうした急に」

「いや、お前が四方木さんに連絡先を教えなかったのは、鳥須さんがいたからだろ?」

「……あー」


 青木のいたたまれないといった物言いに、俺も何も言えなくなる。

 さらに時系列が繋がってしまった。

 スイが言った時間軸で言うと、俺が彼女の家庭教師をしていたのは、ちょうど俺が伊吹と出会い関係を深めたころ。そして、伊吹を失った頃になる。

 実際の時系列では、俺がスイと出会ったのは伊吹を失った後になるのだが、ややこしいことにスイの語ったストーリーではそういうことになった。


「少し頭に血が昇った。悪い」

「いや大丈夫。まぁ、あの頃は俺も、ちょっとな」


 とはいえ、否定するよりも乗っかった方が都合も良かった。

 実際、仮に俺があのときスイのような美少女の家庭教師をしていたとして、設定上では当時中学生くらいのスイに好意を抱かれていたとしても。


 俺は絶対に、スイよりも伊吹を選んだだろう。


 更に言えば、伊吹を失った哀しみの中では、スイに連絡先を教えない、程度のことは平気でしたと思う。

 家庭教師の仕事に就いたことは無いが、生徒と直接連絡先を交換しなくても仕事に支障はあるまいし、あの頃の俺が、伊吹以外の女性を意識できるとも思えない。

 中学生くらいの女の子は当たり前のように子供扱いしたに違いないし、乙女心を理解するはずもない。

 もしかしたら、スイはその辺りも計算に入れて、時系列を設定したのかもしれない。


「でも、それはそれとして、大学時代のお前があんな美少女の中学生時代を独り占めした上に、鳥須さんともイチャイチャしてたかと思うと、怒りが込み上げてくる」

「俺にどうしろって言うんだよ」


 少し湿っぽい話になったかと思った瞬間に、青木はすぐ調子を戻して、俺に憎しみにも似た強い視線を送って来た。

 俺はそれを受け流しつつ、台所に立つスイを見やる。

 お前が始めた物語だろ! はやくなんとかしろ!


「もうすぐ煮物できるから、もうちょっと待ってて」


 俺の視線に気付いたかどうか、スイは台所からそう声をかけてくる。

 まだ、こちらに戻ってくるつもりはなさそうだった。


「良いなぁ、あんな可愛い子と三年前から付き合ってたなんてなぁ」


 青木が、ずっとキャラ崩壊を続けている。

 俺の中の、女子にあまり興味がなく、友情に厚い青木はどこに行ってしまったのか。

 ついでに、その三年前から付き合っているとかいう認識も訂正する必要がある。


「いや、スイと付き合いだしたのは、ごく最近だって」

「は? 三年前じゃないの?」

「じゃない」


 この辺りの誤解も、実際はややこしいんだが今は地球準拠で良かろう。


「でも夕霧、お前が明るくなり出したのって三年くらい前からじゃん」

「だから、それは、伊吹の遺書を読んだのが原因だって」

「新しい女を見つけたからじゃなくて?」

「人聞きの悪いこと言うな」


 いやまぁ、実際にスイと思いが通じ合ったタイミングで言えば三年前くらいにはなるわけだが、そこはスイとのお別れとも同時期であって。

 遠距離恋愛というには遠過ぎる世界の壁で離れ離れになると分かっていたから、しっかりお別れをしたわけで。

 だからスイと三年前から付き合っていたという事実はない。再会したのはここ最近なればこそ、付き合いだしたのも最近と言えるはずだ。


「ふーん、総は、そういうつもりだったんだ」


 俺が青木にそう説明しているところで、具材が煮えた鍋を持って現れたスイが、少し冷たい声でそう言った。

 この世界ではスイは魔法を使えない、と申告していた筈なのだが、とてもそうは思えないほど底冷えする雰囲気を纏っていた。


「……いや、そうだろ?」

「私は、三年前のあのキスで別れたつもりなんてなかったけど」

「……いや、でも」

「私の事、忘れたら許さない、って言ったよね?」

「はい」


 忘れたら許さないっていうのは、去り際の甘くも切ないお別れの言葉ではなかったらしい。

 文字通り、世界を隔てるほどの遠距離恋愛になったとしても、忘れて浮気したら許さないという決意表明だったらしい。


「また、唇を噛まれたい?」

「勘弁してくれ」


 デフォルト顔が無表情のスイが、はっきりと分かるほど妖艶に微笑んだ。

 俺はそんな彼女に、降参の意を示すのだった。








「俺は一体、何を見せられているんだ……」


 そんな俺達を見て、青木は戦慄の表情でそう零していた。

 違うんだ青木、別に連絡先を渡さない代わりにキスをしたとか、そういう甘酸っぱい話じゃないんだよ。

 ああ、説明ができないなぁ! もう!



実はこの一つ前が500話だったらしいですが、まぁ、完結したあとに言っても詮無いことですね。



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