荒唐無稽なご注文
「こちらへどうぞ」
俺は意図して、通る声でその客の注意をこちらに促した。
今の段階では、もちろんただのお客さんだ。だが、あそこまで怪しい雰囲気であれば警戒もする。
何か問題があれば困るし、無いなら無いで気難しい人物の可能性も高い。
俺が一対一で対応したほうが良さそうだ。
だから俺は、あえてカウンターの端にそっとコースターを置いた。
「……ああ」
男はゆっくりと歩きながら、俺の示した席のほうに向かってくる。
その歩みは、どことなく覇気がない。何かを迷っているようにも見えた。手はズボンのポケットに突っ込んでいて、背も猫背気味だ。
その男が席に着くのを待って、俺はお手拭きを差し出しながら尋ねる。
「メニューはご覧になりますか?」
「……いや、いい」
男はぶっきらぼうに提案を断り、じっと俺を見つめてきた。
おしぼりを片手で乱暴に受け取り、俺の笑顔を、値踏みする。
「では、ご注文はどういたしますか?」
あくまでも営業スマイルを外す事無く、俺は尋ねる。
数秒の沈黙。
男はポケットから、銀色に煌めくナイフを突き出した。
「一番良いポーションを寄越せ! 痛い目に会いたくなかったら大人しく従え!」
荒唐無稽な注文だった。カウンター越しに、男の目が鋭く光る。
どうやら、冗談で言っているわけではないらしい。
店中から、僅かに息を呑む気配がしている。
……またこういう手合いか。
「……このまま大人しくお帰りいただくわけにはいきませんか?」
「う、うるさい! ここは儲けてるポーション屋なんだろう!? だったらポーションの一本や二本くらい良いだろ!?」
声の感じは、かなり若い。
それでいて、そこに切羽詰まったものも感じる。
何か、理由があるのかもしれない。
だが、脅迫に素直に従うほど、この店は余裕があるわけでもない。
「少々お待ちください」
「……急げ」
「ええ、では、急ぎます」
俺は手を後ろに回し、右手でそっと腰の『銃』を握った。
カウンター越しであれば、ナイフもあまり恐れるものでもない。ビビリはする。
イベリスに作ってもらった『専用のポーチ』から、一つの弾丸を抜き出し、手早く銃に込めた。
「基本属性『ジーニ45ml』、付加属性『ライム1/6』、系統『ビルド』、マテリアル『トニックウォーター』アップ」
早口で宣言した。
現在、シリンダーの一番上に来ている、その『カクテル』の素性を。
先日のトニックが少し余っていたので、作って『弾薬』にしておいたのだ。
「お、お前は何を言って──」
男がナイフを揺らして、恐喝の声を上げた。
俺は一歩だけ更に後ろに下がり、銃をまっすぐに向けた。
「この【ジン・トニック】はサービスです」
引き金を引く。
銃口から、強烈な風の渦が男めがけて走った。
その風は、硬直した男の体をいとも容易く呑み込み、駆け抜ける。
男は大きく回転しながら吹き飛び、店の壁へとぶつかって倒れた。
「お粗末さまでした」
俺が言葉を漏らすと、様子を窺っていた店の連中が、歓声を上げた。
「今日は風魔法か! もしかして四属性使えるのか!」
「いいね! 今のなんて名前だった!?」
「【ジン・トニック】……? メニューに無いんだけど!?」
この客達は、強盗に襲われるという事件を、イベントか何かだと勘違いしているのか。
しかし、これが『カクテル』の宣伝にもなっているのだから、なんともやりきれない。
とはいえ、利用できるものは利用してやろう。
「告知します! 数日後から『トニックウォーター』『ジンジャーエール』『コーラ』という新しい炭酸飲料が加わります! 是非とも楽しみにお待ちください!」
俺が宣伝すると、店の客達が再び沸いた。
関係者だと知られている、スイ、ライ、イベリスあたりに色々と質問の声が飛んでいるが、俺はそそくさと吹き飛ばした男のほうへと向かった。
少しだけ手加減したので意識はあるはずだ。
「……うぅ」
うつ伏せで呻いている男の側に寄り、まずは手に持っているナイフを奪った。
こういったものは、さっさと無力化しておくに限る。
《生命の波、古の意図、我求めるは魂の姿なり》
『弾薬化』の魔法で、ナイフは無害な弾薬に変えさせて貰う。
それからようやく、俺は男が目深に被っていたフードを剥いた。
「……!」
驚きの言葉は、意図して呑み込む。
初めて見た。
そういえば最初に、スイにも説明を受けていたのを思い出した。
この街にいる、人種の割合だ。
『住んでいるのは人間が八割、亜人種が一割五分、残りはその他』
「……どおりでフードを被ってたわけねぇ」
俺が強盗犯を無力化しているのを手伝いに来たライが、納得したように言った。
そうなのだろう。普通、こんな怪しいフードを被っていたら悪目立ちする。
だが、彼はそうしてでも隠して置かなければならないと思ったのだ。
その、緑がかった灰色の髪の毛に、埋もれるように生えている、犬耳を。
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※0802 誤字修正しました。
※0805 誤字修正しました。




