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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第二章

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荒唐無稽なご注文

「こちらへどうぞ」


 俺は意図して、通る声でその客の注意をこちらに促した。

 今の段階では、もちろんただのお客さんだ。だが、あそこまで怪しい雰囲気であれば警戒もする。

 何か問題があれば困るし、無いなら無いで気難しい人物の可能性も高い。

 俺が一対一で対応したほうが良さそうだ。

 だから俺は、あえてカウンターの端にそっとコースターを置いた。


「……ああ」


 男はゆっくりと歩きながら、俺の示した席のほうに向かってくる。

 その歩みは、どことなく覇気がない。何かを迷っているようにも見えた。手はズボンのポケットに突っ込んでいて、背も猫背気味だ。

 その男が席に着くのを待って、俺はお手拭きを差し出しながら尋ねる。


「メニューはご覧になりますか?」

「……いや、いい」


 男はぶっきらぼうに提案を断り、じっと俺を見つめてきた。

 おしぼりを片手で乱暴に受け取り、俺の笑顔を、値踏みする。


「では、ご注文はどういたしますか?」


 あくまでも営業スマイルを外す事無く、俺は尋ねる。

 数秒の沈黙。

 男はポケットから、銀色に煌めくナイフを突き出した。


「一番良いポーションを寄越せ! 痛い目に会いたくなかったら大人しく従え!」


 荒唐無稽な注文だった。カウンター越しに、男の目が鋭く光る。

 どうやら、冗談で言っているわけではないらしい。

 店中から、僅かに息を呑む気配がしている。

 ……またこういう手合いか。


「……このまま大人しくお帰りいただくわけにはいきませんか?」

「う、うるさい! ここは儲けてるポーション屋なんだろう!? だったらポーションの一本や二本くらい良いだろ!?」


 声の感じは、かなり若い。

 それでいて、そこに切羽詰まったものも感じる。

 何か、理由があるのかもしれない。


 だが、脅迫に素直に従うほど、この店は余裕があるわけでもない。


「少々お待ちください」

「……急げ」

「ええ、では、急ぎます」


 俺は手を後ろに回し、右手でそっと腰の『銃』を握った。

 カウンター越しであれば、ナイフもあまり恐れるものでもない。ビビリはする。

 イベリスに作ってもらった『専用のポーチ』から、一つの弾丸を抜き出し、手早く銃に込めた。


基本属性ベース『ジーニ45ml』、付加属性エンチャント『ライム1/6』、系統パターン『ビルド』、マテリアル『トニックウォーター』アップ」


 早口で宣言した。

 現在、シリンダーの一番上に来ている、その『カクテル』の素性そせいを。

 先日のトニックが少し余っていたので、作って『弾薬』にしておいたのだ。


「お、お前は何を言って──」


 男がナイフを揺らして、恐喝の声を上げた。

 俺は一歩だけ更に後ろに下がり、銃をまっすぐに向けた。


「この【ジン・トニック】はサービスです」


 引き金を引く。

 銃口から、強烈な風の渦が男めがけて走った。

 その風は、硬直した男の体をいとも容易く呑み込み、駆け抜ける。

 男は大きく回転しながら吹き飛び、店の壁へとぶつかって倒れた。


「お粗末さまでした」


 俺が言葉を漏らすと、様子を窺っていた店の連中が、歓声を上げた。


「今日は風魔法か! もしかして四属性使えるのか!」

「いいね! 今のなんて名前だった!?」

「【ジン・トニック】……? メニューに無いんだけど!?」


 この客達は、強盗に襲われるという事件を、イベントか何かだと勘違いしているのか。

 しかし、これが『カクテル』の宣伝にもなっているのだから、なんともやりきれない。

 とはいえ、利用できるものは利用してやろう。


「告知します! 数日後から『トニックウォーター』『ジンジャーエール』『コーラ』という新しい炭酸飲料が加わります! 是非とも楽しみにお待ちください!」


 俺が宣伝すると、店の客達が再び沸いた。

 関係者だと知られている、スイ、ライ、イベリスあたりに色々と質問の声が飛んでいるが、俺はそそくさと吹き飛ばした男のほうへと向かった。

 少しだけ手加減したので意識はあるはずだ。


「……うぅ」


 うつ伏せで呻いている男の側に寄り、まずは手に持っているナイフを奪った。

 こういったものは、さっさと無力化しておくに限る。


《生命の波、古の意図、我求めるは魂の姿なり》


『弾薬化』の魔法で、ナイフは無害な弾薬に変えさせて貰う。

 それからようやく、俺は男が目深に被っていたフードを剥いた。


「……!」


 驚きの言葉は、意図して呑み込む。

 初めて見た。

 そういえば最初に、スイにも説明を受けていたのを思い出した。

 この街にいる、人種の割合だ。


『住んでいるのは人間が八割、亜人種が一割五分、残りはその他』


「……どおりでフードを被ってたわけねぇ」


 俺が強盗犯を無力化しているのを手伝いに来たライが、納得したように言った。

 そうなのだろう。普通、こんな怪しいフードを被っていたら悪目立ちする。

 だが、彼はそうしてでも隠して置かなければならないと思ったのだ。



 その、緑がかった灰色の髪の毛に、埋もれるように生えている、犬耳を。



ここまで読んでくださってありがとうございます。

感想や評価、ブックマークなど、いつも励みにさせて頂いております。


明日は、二回投稿する予定です。

19時と22時過ぎに投稿予定ですので、よろしければお付き合いいただけると幸いです。


※0802 誤字修正しました。

※0805 誤字修正しました。

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