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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第六章

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選択の対価


 ギヌラと別れ、店に戻っても皆は楽しそうに騒いでいた。

 まるで今日この日に、この世全ての楽しさを味わおうとしているように。

 そんな気分が全員に伝染しているかのように、笑って飲んで、また笑う。

 そうやって、宴会の夜は更けていく。

 この店の従業員達も、常連達も、この店の関係者や身内の関係者達も、一様に楽しみながら時間は過ぎる。

 抗いようも無く過ぎていく。

 俺は洗い物をしながら、その光景を眺めていた。


 そして、日付が変わる時間を過ぎる。


「……ふぁぁ」


 誰かがあくびをしたせいだろうか。

 一人、また一人と、それまで盛り上がっていた人達は少しずつ静かになる。

 騒ぎ声は、囁き声に取って代わられ、それすらも、いつの間にか消える。

 やがて店内は、洗い物の音だけが響くようになる。

 この店も、そして街も、それどころか世界そのものが、眠りに付いたように。


「さて。洗い物だけは、できるだけ終わらせておくか」


 約束の時間までには大分余裕がある。

 そして、洗い物を俺の代わりにするべき弟子二人もまた夢の中だ。

 それならば、と、俺は親切心と罪悪感の混ざった気持ちで作業を進める。

 まだ料理の残っている皿や、中身のあるグラスなどは下げないで、出来る限りの洗い物を済ませたころには、一時間は経っていただろうか。

 その間、俺の部屋の私物とかはどうなるだろうとか、漠然と考えていた。

 中身はできるだけ綺麗にしてきたが、やはり一人分の家具が『空き部屋』に入っていたら不気味だろうな。

 まぁ、だから何があるわけでもないだろう。

 いずれ来る誰かが、不思議に思いながらも代わりに使うだけの話だ。

 ……そういう、話なのだ。


「……行くかぁ」


 俺は洗い物を終えたあと、大きく伸びをしながら言った。

 誰に向けた訳でもない独り言だった。

 だから、まさか返事がくるとは思わなかった。


「どこに行くの」


 俺はぎょっとして振り返った。

 そこには、眠りこける人々を少し眺めたあと、再び真っ直ぐ俺を見ているスイが居た。

 俺は想定外の事態に驚きつつも、その心情をおくびにも出さず言った。


「少し、酔い覚ましにな」


 言って外に続く扉を見る。

 今日は月明かりの明るい夜だ。

 先程外に出たときも思ったが、あの明るさは満月だろう。

 そして満月と言えば──トライスとの縁が頭を過るな。


 だからか知らないが、スイの反応は、まぁ、想像した通りだった。


「私も、行く」

「…………」


 何を言っても無駄だという雰囲気だけは感じた。

 それならばと、俺は諦めとともに、ただ肩を竦めた。

 彼女には、今日ずっと色々なカクテルを作った。

 だけど、彼女は思い出のカクテルを──彼女のためだけのカクテルだけは頼まなかったな、と。

 そんなことを、ふと考えた。



 俺達は、ほとんど無言だった。

 ただし、それは居心地の悪い無言ではない。

 俺は、いつの間にかスイが隣にいることに、こんなに安心するようになっていたのかと驚く程だった。

 それを自覚すればするほど、胸の裡の暖かな部分が、スイという少女を求めているのを実感した。


 俺はスイが、好きだ。

 ただしそれは、燃え上がるような恋ではないだろう。

 そういうのは、大学時代の鳥須とのやり取りでとうに終わった。

 スイの方がどうなのかは知らないが、俺の中では若さ故の衝動みたいなものが薄い。

 だけど、それがどうしたと思える程度には、俺はスイを大事に思っている。

 ノイネに言われるまでもなく、俺は彼女を悲しませたくない。

 彼女の無表情を微かに綻ばせる微笑みを、ずっと眺めていたい。

 そして、そしてなにより。


 俺は彼女に、決して、不幸で理不尽な死を迎えてなんて欲しくない。

 たとえ、俺の何を犠牲にするとしても、それだけは譲れない。


 そうして歩いていると、見覚えのある公園に辿り着いていた。


「ここは」

「最初にカクテルを放ったとき、ここに連れてこられたっけな」


 この場所は、ギヌラに【ダイキリ】をぶっ放した直後に、その事態を重く見たスイに引きずられてやってきた公園だった。

 相変わらず人気が無くて、中心に噴水があるだけの広場。

 周りをぐるりと、黒々とした木々が囲んでいるだけの場所。

 そして、あの日、スイが俺の運命を決定付けたような場所。


「誰も居ないな。この時間だから当然だろうが」


 見ようによっては。

 いや、割とどう見たとしても、付き合い立ての恋人同士が夜の公園で二人きりという、比較的ロマンティックな一場面だろうか。

 ぼうっと月夜を見上げるスイの横顔は、どこか幻想的だ。

 日本では決して見る事の無い、自然な青髪と整った顔。

 彼女の正体が実は妖精や精霊の類だったと言われても驚かない、むしろクォーターとはいえエルフの血が入っているのだから、間違いでもないかもしれない。

 とにかく重要なのは、そのスイを見ていたことで、俺の中に確かな衝動が生まれたことだった。


 今、この衝動に従うことが、間違いとは思えなくて。

 その衝動を、俺は正直に口にすることにした。


「スイ」

「なに?」

「俺は、スイが好きだ。今すぐにでも抱き締めたいくらい、君が好きだ」


 シャルト魔導院での一夜でも、こうまで素直に思いを口にすることはなかった。

 あの時は流れというか、なんというかで行く所まで行ってしまったので、その後の展開で自然にそうなっていて、言葉にする機会を逃したからだ。

 でも今の俺は、その事実をはっきりと口にしなければいけないと思った。

 他の誰でもない。俺自身の気持ちを、この少女には伝えたいと思ったのだ。


「…………」


 しかし。

 言われたスイの表情は、朧月のようにどこか曖昧としていた。

 嬉しくないわけではなくて、それでもそんな言葉を聞きたいわけでも無くて。

 すっきりしない理性と、嬉しいという感情がないまぜになったような、そんな顔。


 聡明な彼女のことだ。

 きっと、大体は察してしまっているのだろう。

 そもそも、今この瞬間にこうして『起きて』いることでさえ、その証明と言える。


 日付変更と同時にこの世界を覆った魔法は、なんの準備もしていない人間が耐えきれる程の、眠気ではなかった筈なのだから。


「どうして、今、そんな風に言うの?」

「今言っておかないと、後悔する気がして」

「どうして?」


 スイは俺の目をまっすぐに見つめながら言った。

 下手な誤魔化しや、優しいつもりの嘘に意味はなさそうだ。

 俺が自分勝手に思いを伝えたのと同じように、彼女もまた彼女自身の欲求から、聞きたがっている。

 俺の言葉のもつ意味や、これから先の未来を。


「…………」


 それでもなお、言葉に詰まる。

 その選択をした今になっても、後ろ髪を引かれるどころか、体全体を鷲掴みにされているような、耐え難さがある。

 だけど、選んだのは俺だ。


 鳥須から選択の自由を与えられ、最良の未来を選択したのは俺だ。


 なぜその選択をしたのか、とその後の『人生』に問われたとしても胸を張って言える。

 俺は、絶対に、この世界と、イージーズという居場所と、そして目の前の少女を魔王という理不尽で失いたくなかった。

 だから、俺は選んだのだ。



「スイ。俺は、自分の世界に、帰ることにした」



 たとえ、その居場所から俺が消えてなくなってしまうとしても。

 それで居場所が守れるのなら、それは価値のある選択だと信じて。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

散々前振りをしていましたが、そういうことです。

自分の中の古い考えでは、冒険は帰って来るまでが冒険、なので。


0930誤字修正しました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 誤字報告です 「スイ。俺は、自分の世界に、帰ることにした: カギカッコの最後、でした。
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