友人と妹分の注文
「なんか、少し騒がしくなったか?」
「弟子二人が、随分とやる気を出してくれたから」
厨房に入ると、にわかに盛り上がりだした店内からざわめきのようなものが聞こえる。
何というと、俺が弟子二人を一人前と認めたことを宣伝したから、そこからお祝いの波が起きているという話だ。
それに応えんとすべく、二人は今頑張っているはずだ。
「まぁ、こっちまで来ることはそうそう無いかと」
「……そうか」
オヤジさんはそれ以上聞く事はせず、代わりに一つの冷蔵庫を開けた。
中から、ウチで仕入れているビール瓶を三本取り出し、俺とベルガモに一本ずつ渡す。
「少し早いが厨房はもう閉めて良いだろう。餞別だ」
「いや、俺はまだ仕事があるんだけど」
「良いから飲めよ。それとも俺の酒は飲めねえってのか?」
「はいはい」
一応やんわりと言ってみたが、普通に押し切られたので俺は大人しく瓶を開けた。
ベルガモも鍋の番をやめ、厨房の中にあった樽を適当に椅子にして同じように瓶を指で開ける。栓抜きとか要らないんだなベルガモ。
「とりあえず、ボウズの釈放に乾杯」
「乾杯」
「乾杯!」
無実の罪だっていうのに、釈放と言われるといまいち嬉しくない俺である。
とはいえ、祝われているのにそれを撥ね除けるほど無粋でもない。
さて、少しお仕事ムードから解放された二人にも、俺は話したいことはあった。
「オヤジさん」
「んあ?」
「改めて言うのもなんだけどさ。俺を、この店に置いてくれてありがとう。オヤジさんが認めてくれなかったら、カクテルは最初の一歩も踏めずに終わってた」
「…………」
オヤジさんは俺の言葉に曖昧な表情で沈黙していた。
だが、俺にとってこれは紛れも無い真実だ。
俺がこの世界に来て最初に出会った幸福がスイとの出会いであるならば。
俺がこの世界に来て得られた最も大きな幸福は、こうしてバーテンダーとして働ける場所を用意して貰えたことに他ならないだろう。
店がなければ、バーテンダーなんてただの口が上手い一般人でしかないのだから。
オヤジさんがカクテルを認めてくれて、そしてどこから現れたのかもしれない怪しい男に店を半分任せてくれたから、今のこの時があるのだ。
これは魔王ヘルメスや、トライスが関わる余地すらない、純然たる俺の幸福だ。
だが、オヤジさんは俺の言葉に、微妙な表情を浮かべていた。
「……今までな、スイが俺に大きなワガママを言ったことが、三回だけある」
「……三回」
一見すればただの思い出語りだが、それ以上に重い雰囲気を感じ取って俺は聞く態勢に入る。
蚊帳の外であろうベルガモも、口を挟むつもりはなさそうだ。
というわけで、オヤジさんはその語りを続けた。
「一度目は、王都にある魔導院に通いたいって話だった。年齢のこともあるし難しいとは思ったが、領主様の計らいもあって通わせて貰えることになった」
一度目の我侭。
それはスイが魔導院に通うということそのもの。
分からなくもない。ここから王都まではそれなりの距離がある。そんな遠くに、一人、勉強のために寮住まいさせてくれ、というのは大した我侭だろう。
きっと、かかる費用も馬鹿にならないのだろうから。
それでもスイはそれを願った。目的は、言わずもがなだ。
「二度目は、ポーション屋を開きたいって話だ。俺はポーション屋なんてクソのやるもんだと思っちゃいたが、スイの本気の言葉を否定することもできなかった」
スイが魔導院に通った目的を考えれば、その要求もまた当然のことだろう。
だが、オヤジさんの奥さん──スイの母親はポーション屋の所業によってその命を落としている。
その背景から、そこで途轍もない葛藤があったのは想像に難くない。
「そして三度目はお前だ。いきなり現れたお前を、雇いたいという話。普通の神経してりゃ、こんな怪しい奴を雇おうなんて思わないだろう?」
「そりゃね」
「だけど、スイはそれを押し通した。お前のカクテルでもってな」
自分のことではあるが否やはない。
オヤジさんの立場なら撥ね除けて当然の願いだし、それを押して俺とカクテルを受け入れてくれたのは、ひとえにオヤジさんの度量によるところだろう。
そういう意味ではやはりオヤジさんに感謝しかないのだが、話したいことは違うらしい。
「今思えばだ。スイはずっと、正しい選択をしてきたんだな。途中でどれだけダメになりそうでも、それを貫き通したから、今がある。そういうところは、きっと母親に似たんだろう。自分で決めたことは、死んでもやり通すような性根の部分がな」
自分が死ぬまで、人を助けるため魔法を使い続けたスイの母親。
その、やり通す部分を受け継いだスイか。
「だからボウズ。スイのことについては、覚悟しておくんだな」
「……なにを?」
「あいつは、やると言ったらやる女だってことだよ」
そうやって言いたい事を告げたからか、オヤジさんはゆらりと立ち上がる。
「どこ行くんです?」
「厨房は閉めたって話をしたあと、店でくだ巻いてる連中と飲んでくるわ」
そう簡潔に言って、オヤジさんは店のほうに向かってしまった。
後に残された俺は、同じく残されているベルガモに尋ねる。
「つまり、さっきの、どういうことだと思う?」
「娘はやる。が、お前が責任を取れってのの、遠回しな言い方とかじゃねえの?」
「……うーん」
結局答えは分からない。
分からないまま、俺はベルガモに続けて尋ねることにした。
「ところで、ベルガモは何か飲みたいカクテルあるか?」
「あー、なんかみんなの注文聞いて回ってるんだってな。ライから聞いたわ」
どうやら俺の行動はところどころ伝わっているらしい。
ベルガモには「相変わらずのカクテルバカだ」などと笑われもしつつ、彼は注文を決める。
「じゃあ、俺も流れに乗って【モヒート】にしておこうか」
それはベルガモにとっては思い出深いカクテルだ。
彼が最初、この店に強盗としてやってきたとき、捕縛した彼に俺が出した一杯。
そして、それから巻き起こった、因縁ある『龍草』との戦いを含む冒険。
あの事件こそが、俺と魔草ポーションの出会いにして、ベルガモ達の生活を変えた一件だったのだから。
俺がそう思っていると、ベルガモは照れくさそうな、ばつの悪そうな顔で言う。
「変な意味で言いたいわけじゃないんだが、俺はあのとき、トライスに唆されてこの店に強盗に入って、本当に幸運だったんだな」
「強盗に入られた側としては、幸運と言われても困るんだがな」
まぁ、状況だけを整えればあの強盗は俺とベルガモ双方の利益になった。
とはいえ、強盗未遂の事実はベルガモもずっと負い目に感じていたし、ほとんど許されている今となっても、忘れてはいないだろう。
だけど、冗談を言うくらいには、軽くなっているのかもしれない。
俺も、強盗に入られたことをとやかく言うつもりもないし、その後を考えれば、前述のとおりあの時強盗に来てくれたことがメリットに繋がっている。
塞翁が馬というやつか。
「あ! もうベルガモだけずるい! 私も!」
と、ベルガモの注文を受けていたら、外でオヤジさんに聞いたのか、休憩にきたライが俺とベルガモを指差して言った。
この赤髪の少女も、出会ったときから年齢は大分重ねた筈なのに印象が変わらない。
素直で明るく、そして感情豊かな美少女だ。
「ライにも聞きに行くつもりだったよ」
「本当でしょうね?」
ライは俺のことを訝しげに睨む。
どうにも、最近ことあるごとに隠し事だったり、誤魔化しだったりを重ねたせいで、疑り深くなってしまっているらしい。
「それじゃ素敵なお嬢さん。何か飲みたいカクテルはございますか?」
「……うーん」
彼女の好みは甘いものだ。
流れからいったら【ホットバタードラム】になるのか。
そう思って待っていると、ライは意外な注文をした。
「私は【マティーニ】」
思わず俺は戸惑いの表情を浮かべる。隣のベルガモも同様だろう。
ライが【マティーニ】を頼んだことは今までない。作ったことは、一度だけある。
それは俺がノイネの指導を受けつつ、この世界で初めてベルモットを完成させたとき。
材料にドライベルモットを使う──ライモチーフのレシピから生まれたリキュールを使うカクテルを、彼女に出したときだ。
「本当にその注文で?」
「うん。そろそろ私も、お母さんが残してくれた味を、ちゃんと味わえると思うから」
少し引っかかる言い方だなと思った。
それは、私も少し大人になった、というような意味を含んでいるのだろうか。
となるとこれはもしかして、彼氏の一人でも、できたのか?
「にひ。総には関係ないでしょ! 早くお願いね!」
ライは俺の顔を見て、悪戯っぽい笑みを浮かべ、しっしと追い払うように手を振る。
良いから早くつくってこいということだ。
さて、真実がどっちなのかは……分からないな。からかいたいだけのようにも思える。
今まで、どこか妹のように思っていた──変わらないと思っていたライの変化に、少しの戸惑いと、大きな興味を惹かれながら、俺は厨房を後にする。
変わらないものなんてない。
変わって行くから楽しいものもある。
それはこの店も、カクテルの未来も同じことだ。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
昨日更新できずすみません……書いている途中で落ちてしまっておりました。
明日は頑張って更新する予定です。




