ヴィオラや街の関係者の注文
機人とコルシカ達の次のテーブルは、街の関係者といった感じか。
普段はスイと一緒にいることが多いヴィオラに、仕入れで世話になっているコーヒー屋の店主。それになんと領主様の姿まである。
そのおかげで、近くのテーブルにまとまっている、バーテンダー修業をつけた見習い騎士達は緊張している様子だった。
「本日はご来店まことにありがとうございます」
「楽にしてくれて構わないよ。私と君の仲じゃないか」
俺がかしこまった挨拶をすれば、領主様は笑顔で言った。
俺達がどういう仲かというと難しいが、直近で言えば一緒に投獄された仲であろうか。
なるほど確かに、かしこまった挨拶をする関係ではなさそうだ。
「しかし、王都での一件以来、お会いするのは久しぶりですね」
「ああ、そうだね。私の方でも色々と忙しくしていたし、王都の『急務』のこともあったからね」
未だに魔王ヘルメスのことは、一般市民には伏せられている。だから『急務』という誤魔化しを入れたが、それが分かるのはこの場ではヴィオラくらいだ。
「ヴィオラも、店主さんも、わざわざありがとうございます」
「まぁ、私は店の常連でもあるしな。多少は気にかけるさ」
ヴィオラは言って薄く微笑んだ。
王都での一件で彼女の秘密を色々と知ったが、こうして見慣れた姿で店に来ているのをみやれば、それが全て幻のようにも思えてくる。
だが、他のテーブルの見習いに比べて、領主様と同じ席であっても緊張していないのだから、彼女の正体は決して夢ではなかったのだろう。
ヴィオラから視線を外せば、店の常連というよりは取引先としての関係が強い、コーヒー屋の店主さんも穏やかに笑う。
「私としても、大切な取引先の方が連行されたとあっては心配にもなりますとも。もっとも、このような席に参加させてもらうのは、立場的にやや場違いな気がしますがね」
「とんでもない! どうせでしたらこの機会に、あなたのお店のコーヒーがどう生まれ変わっているのかを是非知って欲しいです」
確かに取引先という繋がりの深さは、他の人達と比べるとそれほどではないかもしれない。
それでも、大切な繋がりには違いない。場違いだなんて言って欲しくはなかった。
そして、少し話をしてみるとこの席の関係性が少しだけ見えてくる。
今まで詳しくは知らなかったが、実はこの店主は、コーヒー屋を始める前は領主様のもとで働いていた敏腕秘書だったとか。
彼は先代の領主様の代から家に仕えていたそうで、若かったころの領主様の成長を見届け、立派に独り立ちをしたのを認めたのちに退職し、趣味の影響でコーヒー屋を始めたのだとか。
「つまり、私がスミレのポーションなんて嗜好品に足を踏み入れたのも、彼の嗜好品愛に影響された部分が少なからずあるということだな」
「それは流石に、責任の押しつけ過ぎですよ、ぼっちゃん」
「もうぼっちゃんはやめてくれ……」
店主の冗談めいた言葉に、領主様は据わりが悪そうに言った。
領主様と店主のやり取りは、俺が今まで見た領主様の姿の中では、最も無邪気というか子供っぽい。
そんな領主様の姿を、ヴィオラは懐かしそうに見ている。
もしかしたら、彼女が子供の頃にはこういった光景を良く目にしていたのかもしれない。
「それとヴィオラさん」
「は、はい!?」
かと思えば、その矛先が咄嗟にヴィオラに向く。
彼女が背筋を正したあたりで、店主は優しく窘めるように言った。
「私は何もしらないのであまりはっきりとは言いませんが、たまにはご両親のお話も聞いて上げてくださいね。何も、あなたの希望を無視したいと思っているわけではないのですから。何より、あなたの未来が心配なのですよ」
「……はい」
前置きに反して、その台詞はどうにも事情を知っている者の苦言めいている。
俺はそっと領主様に目配せをするも、彼は首を横に振った。
つまり、店主はヴィオラの正体が、領主様の娘であるセラロイであるとは知らない筈なのだという。
だが、どう考えても、これはバレているのだろう。その上で、軽いお説教をしていると考えるのが妥当だった。
流石は、元敏腕だろうか。
「と、話をしていたら飲物が切れてしまいましたね。何かお作りしますよ」
いいタイミングと思ったので、俺はその辺りで提案を挟んだ。
このまま行くと、店主さんが優しい笑顔で残り二人を追いつめて行く様子が目に浮かびそうだった。
その提案に最初に乗ったのは領主様で、彼は悩むことなく注文を告げる。
「それでは折角だから【ブルー・ムーン】を頂こうか」
真っ先に注文されたそのカクテルこそ、領主様と繋がった理由の一杯だ。
まだカクテルの存在が世に出回っていないころ。
カクテルの宣伝というか、権威付けというか、とにかく箔を付けるような気持ちで参加したポーション品評会の舞台。
トライスの仕組んだトラブルによって、当初発表する予定だった【ホワイト・レディ】の作成ができなくなった時。
ヴィオラがギリギリに用意してくれた『スミレのポーション』で作ったのがこの一杯だ。
それは品評の場でポーションとしてのカクテルの可能性を示しただけではなく、嗜好品としてのカクテルの価値もまた、証明してくれた。
明らかに、それ以後のカクテルの転機となった一杯であることだろう。
「そういえば、ヘリコニアの奴も、この場には来れなかったが君によろしく伝えておいて欲しいとのことだ」
領主様も、俺と同じようにポーション品評会のことを思い出したのかもしれない。
その時、審査員を務めてくれた一人こそ、この街で一番のポーション屋を営んでいるヘリコニア氏であった。
……もっとも、直近で関わりがあるのはその息子のギヌラの方だが。
「ありがとうございます。こちらからも、よろしくお伝えください」
「ああ。と、注文の途中に話し込むようなことではなかったね。すまない」
注文を切るような形になってしまったことを領主様は謝罪し、次の注文を促す。
それに答えたのはヴィオラだった。
「では、私は【ジン・ソニック】を頼もうか」
「ソニックの方ですね?」
「ああ。少しさっぱりしたい気分でな」
次の【ジン・ソニック】は、ヴィオラとの初めての出会いのカクテルだ。
彼女が最初に店に踏み込んで来たのは、スイを心配してのことだった。
それまで、まったく鳴かず飛ばずの店を営んでいたスイが、急に現れた男とポーションを混ぜ合わせて提供する──だなんて怪しげな商売を始めたと聞いて、任務から帰って来たと同時にすっ飛んで来たのだ。
スイとの腐れ縁は、昔から今も変わっていない。
そのおかげで、随分とヴィオラには協力してもらったし、逆に協力したことなんかもあった。
そしてそんな彼女が、これまでスイを守り続けて来たのは間違いない。
魔王との戦いの中でさえ、彼女は立派にスイを守り続けた騎士だったのだから。
「そういえば、結局、リトロさんとはどこで知り合ったんです?」
「え? あー」
今もまだ注文の途中ではあるのだが、俺はうっかり尋ねてしまう。
彼女は初対面の段階でリトロとは顔見知りだった。
今でこそ、ヴィオラがリトロの顔を知っているのは納得が行くが、リトロの方がヴィオラの正体を知っているのは不思議だった。
のだが、思ったよりもあっさり答えは返る。
「平たく言えば、兄とあの人は、幼馴染みたいなものでな。父に連れられて兄と一緒に王都に行ったとき、偶然知り合ってそれ以来の仲なんだ。そして、その頃は、その、まだスイの魔法も失敗が多かったりしてな。そういう出来事もあったということだ」
「あー」
つまりは、リトロの前でうっかり変身したか、変身が解けたかしたことがあったのか。
単純な答えだが、そう考えるのが一番自然か。
彼女の兄──つまり領主様の息子さんとリトロの仲が良いと言うならば、そういう事故に遭う可能性は高まるだろうし。
「結局、子ぼっちゃまはまだ王都ですか」
そんな話を隣で聞いていた店主さんが、ぼそりと零した。
既に領主様の元を離れたとはいえ、彼の子供達の事情はそれなりに心配している様子であった。
「……ああ。全く、どうしてこうも、私の子供達は自由に……」
「それはぼっちゃまの血筋でしょうな。更に言えば先代様の血筋とも言えますが」
「つまり父を恨めば良いのか?」
「ほほ。それで解決するならば、いくらでもすればよろしいかと。……では、私は折角なのでオススメのコーヒーカクテルでも頂けますかね?」
領主様のやり場のないぼやきを流しつつ、店主さんはそう注文した。
今ならば、かつてカクテルに使うコーヒーを求めた時には手元に無かった材料──特にウィスキーやブランデーの用意もある。
俺はそれらを使ったレシピをいくらか頭に浮かべながら恭しく頷く。
「かしこまりました。皆様のますますの健勝を祈って、精一杯作らせて頂きます」
俺は三人に言って笑顔を浮かべた。
ドラゴンゾンビの脅威を退け、カクテルの道を阻むものが何も無くなったこの先。
カクテルがどこまでいけるか、どう盛り上がって行くかは、この街に住む人々の協力も関わってくる。
そして、そんな街を良くしようと努力している人達の顔も、俺はしっかりと心に刻み込む。
この先、何年経っても、この街が平和でありますように。




