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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第六章

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機人達とコルシカの注文



 しばらく注文に応えるのに忙殺されたあと。

 次第にカクテルだけでなく、ボトルでのワインを飲み出す人間も出たあたりから、ようやく俺も改めて店内を見渡す余裕が出て来ていた。


「……ほぼ居る……」


 何がほぼなのかと言えば、心当たりのある知り合いがほぼ全員だ。

 流石にこの街にはもういないアルバオなどは除くが、この街にいる人間で、俺とそこそこに親しい人は、ほとんどこの釈放イベントに参加している。

 というか、この街には居ない筈の吸血鬼の人もちゃっかり居るのはなんでなんだ。暇なのか? そんなわけないだろ。大公だろあんた。どうなってんだ。


「挨拶してきたらどうですか? みなさん、総さんのために集ってきてくれたわけですから」


 俺が洗い物をしながら店内を覗いていると、隣で作業中のフィルが提案してくる。

 フィルの前には、こちらも吹っ切れたのか、場所を憚らずにフィルをうっとりと見つめているクレーベルが居る。

 そんな彼女も今やフィルとお揃いで銀髪だからか、そんな表情も変に幻想的で似合っているのだが。

 とりあえず、フィルが提案してくる程度には、彼も店内が落ち着いたと考えているのだろう。


「それじゃ、そうする。カウンターは頼むな」

「はい。任せて下さい」


 俺はフィルとサリーに後を任せて、各グループへと挨拶周りをすることにした。



「総! 冤罪おめでとう!」

「いや、冤罪は別に祝われることじゃないだろ」


 そう俺に声をかけたのは、この店のメカニックを一身に背負っている機人の少女イベリスだ。

 イベリスが居なければ、コールドテーブルをはじめとした、この店の機械全般は存在しない。それが、現代のバーを知っている俺にとってどれだけ助かることか。

 本日の彼女は、師匠であるゴンゴラと一緒に店に訪れた。そんな彼女達と相席になっているのは、ベルガモの妹であるコルシカだ。

 コルシカはコルシカで、俺達が訳あって街に与えられた土地にある、畑と寮の管理を任せている。

 店そのものではなく、その補助という形でしっかりと俺達を支えてくれている少女だ。特に、寮で食事を作ってくれるのは、本当に助かっている。

 彼女もまた、今のこの店にはなくてはならない存在になっているだろう。

 そんなコルシカは、やや的外れなイベリスの言葉に薄く微笑みつつ、言葉を選んで俺に声をかける。


「それでも、本当に何事もなくて良かったです。総さんの身に何かあったらと思うと、私も兄も気が気じゃ無かったですから」

「そう言って貰えるのは、嬉しいような恥ずかしいような」

「素直に受け取って下さい。みんな総さんのことが大切なんですから」


 コルシカに柔らかな笑みで言われると、俺も素直に頷かなくてはいけない気がしてしまう。

 俺の殊勝な態度に少し気を良くしたのか、コルシカは少し大袈裟に続けた。


「幸い、ドラゴンゾンビに荒らされることもなくて畑も無事ですし、総さんは大変だったかもしれませんが、私達がこの街で失ったものは何もないです。その上、総さんまで無事に帰って来てくれたんですから、こんなにおめでたいことはないですよ」

「はは。俺が居なくても、もうフィルやサリーが居ればこの店はなんとかなりそうですけどね」

「もう、だめですよ、そういう言い方は。総さんのために、みんな集っているんですからね」


 コルシカは俺よりも明らかに年下だが、これまでの生活が生活だからか、話していると何かと窘められてしまうことも多い。

 それが不快にならないのは、落ち着きの無い兄に向けて、こういう言葉を言い慣れているからかもしれない。

 そんな俺達のやりとりを、ゴンゴラだけは少し上の位置からニヤニヤと眺めている。

 俺は彼にも目を向け、こちらにはしっかりと謝罪と御礼をする。


「ゴンゴラさんも、この度はご来店ありがとうございます。そして、すみません。イベリスが大変な時に色々迷惑をかけてしまったみたいで。大変助かりました」

「なあに、気にせんでいいさ。弟子の不始末は師匠の責任だ。それに、久々に可愛らしいイベリスも見れたことだしなぁ」

「師匠!?」


 ゴンゴラの笑いに、イベリスが悲鳴のような声を上げる。

 だが、ゴンゴラの気持ちも分からないでもない。ウチで働き始めてからのイベリスは、ゴンゴラのお節介はあまり嬉しそうではない感じだったからな。

 可愛い弟子に邪険にされてきた師匠としては、自分が頼られるのが嬉しかったりするだろう。


「まぁ、良いけどね! それで、総はもうしばらくどこかに行ったりしないんだよね?」


 ゴンゴラから向き直ったイベリスが、曇りのない笑顔で俺に問う。

 俺は咄嗟に答えられず、曖昧な肯定を返した。


「……ん、ああ、まぁ、そうだな」

「なんで詰まるのさ?」

「いや、俺の波瀾万丈な生活を思うと、約束は出来ないなと」

「……確かにそうかも?」


 納得されてしまった。

 だが、イベリスはその後すぐ、にっと笑って言う。


「でも、総が死んだりしない限り、私はもう気にしないかも。総の専属だしね」


 …………。

 いい加減、はっきりさせておきたい気もするが、ここまで来たらもう謎のままで良いような気もしないでもない。

 結局、専属契約はなんなんだ。専属だといったいどういうことがあるんだ。

 たまに、俺の髪の毛を採取していたりするのは、何か意味がある行為なのか。

 分からない。分からないけど、なんか髪の毛くらいもうどうでも良いというか、現在進行形でスイの髪の毛を手首に巻いている俺には、何も言う資格がないというか。

 もう、専属はそういうもんで良いんじゃないかな。流そう。

 謎を謎のまま放置することに決めた俺は、改めて三人に『バーテンダー』としての仕事をすることにする。


「まぁ、良い。店も少し落ち着いてきたし、心配かけたお詫びに少し手の込んだカクテルでも作るぞ?」

「ほんと? やった! それじゃあ……」


 俺がカクテルに話題を変えれば、イベリスはあっさりと飛びついた。

 彼女が、俺のカクテルを純粋に好いていてくれるのは、本当に嬉しい。

 思えば、元から店に居た人間ではなく、外部の人間で初めて協力してくれたのは、この機人の少女だったのだ。

 そんな彼女だから、変な遠慮もなく、純粋に俺のカクテルを好きと言ってくれている。

 そう思うと、やはり感慨深いものがあった。



「それじゃ、せっかくだから【ジン・フィズ】を頼むかも」



 少しの間があって、イベリスが注文したのは、彼女達との初めての場面で作ったカクテルであった。

 機人の協力を得るため、彼らを驚かせようと作った炭酸のカクテル。

 あの時はたしか、コールドテーブルを探しに訪れた機人の街で、イベリスが作ったコールドテーブルが高すぎて買えなかったので、レンタルにしてくれと交渉しようとしたんだ。

 イベリスでは判断できなかったその話を聞くために、イベリスの師匠であるゴンゴラに話を通したんだ。

 ゴンゴラは、俺の提案を考える代わりに、今まで飲んだことの無いような飲み物を作れと言った。

 それで考えたのが【ジン・フィズ】だった。

 この世界には、炭酸が普及していないと思っての行動だったが、結果的にそれがゴンゴラに認められて、彼はイベリスを専属にして協力を約束してくれた。

 俺がこれからやる、面白そうなことに、関わってくれる気になったのだ。

 機人の原動力は、好奇心だからな。俺の作ったものは、これから面白くなると感じて貰えたのだ。

 そんなことをしみじみと思いながら、俺は残る二人にも尋ねる。


「お二人は?」

「俺も同じ物を」

「私は、そうですね。【マルゲリータ】を、お願いしても良いですか?」


 ゴンゴラはイベリスと同じ【ジン・フィズ】

 コルシカが選んだのは、彼女の命を救ったカクテルだった。

 この辺りには生息していない筈の、地属性の魔物である土蛇アース・ヴァイパーの毒に侵されたコルシカ。

 彼女の命を救う為に店に乗り込んで来たベルガモに事情を聞き、その特効薬となる『コアントロー』の魔草を求めた最初の冒険。

 ホワイトキュラソーを使った、地属性──テイラベースのカクテルは、今にも死に向かうところだった少女を、この世界に引き止めた。

 いくつも死線を乗り越えたあとでも、未だに記憶に生々しく残っている『龍草』

 そんな強敵を倒して得た材料を使ったカクテル。それによって明確に救われた一人の命は、カクテルがどうしてもこの世界に必要だと、俺に思わせるには充分な力があった。

 その時はポーション品評会のこともあって色々と大変だったが、あの時、おそらくエルかトライスのどちらかがしかけたこの『コルシカ治療イベント』は、本当にこの世界でのカクテルに大切なイベントだったと切に思う。


「かしこまりました。誠心誠意、作らせていただきますので、少々お待ちください」


 そんな思い出深いカクテルたちを頼まれて、俺は一層に気合を入れる。

 別にこれから思い出話をするわけじゃない。

 ただ、彼女らの思い出はそれらのカクテルにできるだけ詰め込むのだ。



 たとえ、いつになっても、どこに行っても、そのカクテルを飲めば、彼女らとの楽しい記憶を思い出せるように。


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