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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第二章

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『ポーション』のあり方


 ポーション品評会。

 その大会の内容は、大きく二つに分けられる。

 予選と、本選だ。


 予選は、ふるい落としだ。

 今から二週間後の予選当日に、完成させたポーションを提出して実力を見る。

 それを審査員がその場で飲み、判定を下すという。

 ある一定以上の水準を認められないポーションでは、本選出場資格を失う。


 そして一ヶ月後の本選。

 こちらはコンテスト形式となるらしい。

 不正を許さないために、審査員の目の前でポーションを調合し、その技量と出来の両方を見るという。


 その審査員の一人に、今回は『アウランティアカ』のヘリコニアも入ると聞いた。


 身内が居るというのは、『アウランティアカ』は反則ではないかと思う所もある。

 だが、このヘリコニアという男は『ポーション』に関しては、厳格なまでの徹底した実力主義だという。

 たとえ自分の店のものだろうと、一切の私情は挟まないと信頼されているようだ。


 とまぁ、大会についてはそんな所なのだが。




「それで、なんで総は落ち込んでるの?」


 俺の目の前で、客として来ているイベリスが不思議な顔をした。

 今の時間は、開店から少し経っての小康状態とでも言おうか。

 第一陣のお客さんが去り、カウンターは少しばかり落ち着いている所だ。


「いえ、別に落ち込んでませんよ」

「嘘だー。だって『炭酸飲料の量産』ができたのに、ちょっとしか嬉しそうじゃなかった。そんなのありえないよ」


 うっ、と俺は言葉を詰まらせた。

 慌てて、あははと苦笑いを浮かべたところで、さっと通りすがるように、給仕中のライが言葉を残す。


「『アウランティアカ』のポーション飲んで、負けたって思ったらしいよ」

「味では負けてない! 負けてないぞ!」


 咄嗟にライに言い返すが、ライは意味深にイシシと笑って去っていく。

 イベリスはじっと俺を見て、手元の【ジン・フィズ】を一口含み、言った。


「ドンマイ総」

「負けてませんから」


 俺は少し意地になって言い返した。

 だが、その態度は尚更イベリスを面白がらせる結果になったようだ。


「あれだけ自信満々の総がへこむなんて、どんなだったの?」

「……へこんではいませんが、そうですね。まさに『百薬の長』でしょうか」



 俺は今一度、ヘリコニアから託されたポーションの味を思い浮かべた。


 俺の作る『カクテル』とは、真逆に位置するような存在だった。

 心構えにも問題はあっただろう。嗜好品ではなく、あくまで薬であると思っていた。

 薬効の追求に重きを置いていて、味はおざなりだと想定していた。


 だが、あのポーションは、決してそのようなものではなかった。


 一口飲んだ瞬間、思い浮かべたのは『上質な日本酒』だろうか。

 味わいはまったく違うからその通りとは言えないが、口に入れた瞬間、コクのような深い旨みが舌に広がった。

 その後には、甘み、酸味、苦み、そういった薬草の風味が絶妙に調和したまとまりのある味。薬草系リキュールにも似た、不快感のない爽やかな香りが、水のように流れる。


 だが、ここまではまだいい。味単体としてみたら『カクテル』の嗜好品としての価値が劣っているとは考えない。


 呑み込めば、更なる変化があった。


 まさに薬効。特殊な魔法しか使えない俺でも、感覚的に分かる『魔力』の昂りを肌で感じた。

 スイに属性を尋ねれば『多分、風?』という曖昧な返事。

 いわく、その他諸々の効能も強すぎて、上手く断定できないのだという。


 そんな効果があるにも関わらず、悪酔いのような感覚はこない。

 カクテルの高揚感とは、また別種の興奮。

 体の中を穏やかに押し上げるような、柔らかな幸福感が身を包むのだ。


 いったい、どのようにしてポーションをここまで美味くしているのか、見当もつかない。

 きっと、薬草や香草、果実などの要素を、長年の研究を重ねて、上手く混ぜているのだろう。

 ポーションとぶつからない製法、魔法での操作、あえて狙った魔力特性同士の反発。

 何十年単位の研鑽が、それを研ぎ澄ましているのだ。


 水のように飲みやすく、酒のように高揚する。

 まさにそれ一つ。純粋な『一個』で完成する、飲み物。

 混ぜることを前提に考える『カクテル』とは、根本の違う飲み物。


 そのあり方に、高級な日本酒のことを思い出したのだ。



「味はともかく『効果』というもので、少し先を行かれている気がしましたね」

「なるほど、だから総合的には負けてるんだねー」

「負けてません」


 と、口では言うのだが、俺は少しだけ思っている。

 このままでは、足りない、と。

 やはり大会に向けて、ポーションとしての質を高めるもう一手が必要なのでは。


「でも、今更新しいポーションを開発するのは無理」


 さっきまで、相も変わらずグラスを洗っていたスイが、すっと会話に入ってきた。


「イソトマさんが【ダイキリ】おかわり」

「かしこまりました」


 その間、スイもまたイソトマと話をしていて、注文も取り付けてきたようだ。


 この一ヶ月、スイにやってもらうことは増えている。

 開店準備、グラス洗い、グラスの用意、そして会話。

 もちろん、俺もそれをやらない訳では無い。しかし注文が立て込むと、どうしても洗い物を押し付けることになってしまう。

 だがその成果か、最近のスイはグラスを洗うスピードを落とさずに、会話の一つもできるようになっていた。

 もともと常連の多い店だし、初対面でなければある程度の接客は任せてもよさそうだ。


 ただ、スイはなぜか『カクテル』を自分が作りたいとは主張しない。

 一度薦めてみたのだが、あっさりと断られてしまった。

 遠慮しているのかもしれない。

 まぁ、スイが作ろうとすると常連が怯えるしな。


 とはいえ、こう人が増えてくると、俺一人の手では回り切らない可能性も出てくる。

 今はまだどうにかなっているが、そのうち人手を増やす必要もあるだろう。

 それは、飲み物だけの問題でもない。


「ちょっと、料理まだ?」

「はいただいま! もう少々お待ちください!」


 客の催促に、ライが苦い顔で答えていた。

 バーとの相乗効果で、この店の食べ物の売り上げも、少しずつ伸びている。

 となると、今までのようにオヤジさん一人では、回り切らなくなってきている。

 最近、仕事上がりではオヤジさんがヘロヘロなので、それが分かる。


 ポーションの改良に、人手不足の解消。

 まだまだ、この先に考えることも多そうだ。




「失礼します」


 冷凍庫で冷やしたグラスに、ゆっくりとシェイカーから中身を注いだ。

 その様子をキラキラした目で見ていたイソトマが、今か今かと俺の言葉を待つ。


「お待たせしました。【ダイキリ】です」

「じゃ、頂きます!」


 言うが早いか、イソトマがグラスに手を伸ばし、一口含んだ。

 くー、と親父臭い声を漏らし、イソトマはにかりと笑う。


「やっぱりこの味は、ここじゃないと味わえねえなぁ。マスターさまさまだ」

「いえいえ、飲んで下さるイソトマさんこそ、さまさまですって」


 俺とイソトマが、お互いに謙遜のような不思議な言葉を言い合っているとき。


 カラン。

 と来店を告げる音がした。


「「いらっしゃいませ」」


 俺とライの声が同時にかかる。


「……どうも」


 そこに立っていた、フードを目深に被った男は、低くそう答えた。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 味と効能だけの勝負なのかな 提供する値段は審査外なのかな
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