『ポーション』のあり方
ポーション品評会。
その大会の内容は、大きく二つに分けられる。
予選と、本選だ。
予選は、ふるい落としだ。
今から二週間後の予選当日に、完成させたポーションを提出して実力を見る。
それを審査員がその場で飲み、判定を下すという。
ある一定以上の水準を認められないポーションでは、本選出場資格を失う。
そして一ヶ月後の本選。
こちらはコンテスト形式となるらしい。
不正を許さないために、審査員の目の前でポーションを調合し、その技量と出来の両方を見るという。
その審査員の一人に、今回は『アウランティアカ』のヘリコニアも入ると聞いた。
身内が居るというのは、『アウランティアカ』は反則ではないかと思う所もある。
だが、このヘリコニアという男は『ポーション』に関しては、厳格なまでの徹底した実力主義だという。
たとえ自分の店のものだろうと、一切の私情は挟まないと信頼されているようだ。
とまぁ、大会についてはそんな所なのだが。
「それで、なんで総は落ち込んでるの?」
俺の目の前で、客として来ているイベリスが不思議な顔をした。
今の時間は、開店から少し経っての小康状態とでも言おうか。
第一陣のお客さんが去り、カウンターは少しばかり落ち着いている所だ。
「いえ、別に落ち込んでませんよ」
「嘘だー。だって『炭酸飲料の量産』ができたのに、ちょっとしか嬉しそうじゃなかった。そんなのありえないよ」
うっ、と俺は言葉を詰まらせた。
慌てて、あははと苦笑いを浮かべたところで、さっと通りすがるように、給仕中のライが言葉を残す。
「『アウランティアカ』のポーション飲んで、負けたって思ったらしいよ」
「味では負けてない! 負けてないぞ!」
咄嗟にライに言い返すが、ライは意味深にイシシと笑って去っていく。
イベリスはじっと俺を見て、手元の【ジン・フィズ】を一口含み、言った。
「ドンマイ総」
「負けてませんから」
俺は少し意地になって言い返した。
だが、その態度は尚更イベリスを面白がらせる結果になったようだ。
「あれだけ自信満々の総がへこむなんて、どんなだったの?」
「……へこんではいませんが、そうですね。まさに『百薬の長』でしょうか」
俺は今一度、ヘリコニアから託されたポーションの味を思い浮かべた。
俺の作る『カクテル』とは、真逆に位置するような存在だった。
心構えにも問題はあっただろう。嗜好品ではなく、あくまで薬であると思っていた。
薬効の追求に重きを置いていて、味はおざなりだと想定していた。
だが、あのポーションは、決してそのようなものではなかった。
一口飲んだ瞬間、思い浮かべたのは『上質な日本酒』だろうか。
味わいはまったく違うからその通りとは言えないが、口に入れた瞬間、コクのような深い旨みが舌に広がった。
その後には、甘み、酸味、苦み、そういった薬草の風味が絶妙に調和したまとまりのある味。薬草系リキュールにも似た、不快感のない爽やかな香りが、水のように流れる。
だが、ここまではまだいい。味単体としてみたら『カクテル』の嗜好品としての価値が劣っているとは考えない。
呑み込めば、更なる変化があった。
まさに薬効。特殊な魔法しか使えない俺でも、感覚的に分かる『魔力』の昂りを肌で感じた。
スイに属性を尋ねれば『多分、風?』という曖昧な返事。
いわく、その他諸々の効能も強すぎて、上手く断定できないのだという。
そんな効果があるにも関わらず、悪酔いのような感覚はこない。
カクテルの高揚感とは、また別種の興奮。
体の中を穏やかに押し上げるような、柔らかな幸福感が身を包むのだ。
いったい、どのようにしてポーションをここまで美味くしているのか、見当もつかない。
きっと、薬草や香草、果実などの要素を、長年の研究を重ねて、上手く混ぜているのだろう。
ポーションとぶつからない製法、魔法での操作、あえて狙った魔力特性同士の反発。
何十年単位の研鑽が、それを研ぎ澄ましているのだ。
水のように飲みやすく、酒のように高揚する。
まさにそれ一つ。純粋な『一個』で完成する、飲み物。
混ぜることを前提に考える『カクテル』とは、根本の違う飲み物。
そのあり方に、高級な日本酒のことを思い出したのだ。
「味はともかく『効果』というもので、少し先を行かれている気がしましたね」
「なるほど、だから総合的には負けてるんだねー」
「負けてません」
と、口では言うのだが、俺は少しだけ思っている。
このままでは、足りない、と。
やはり大会に向けて、ポーションとしての質を高めるもう一手が必要なのでは。
「でも、今更新しいポーションを開発するのは無理」
さっきまで、相も変わらずグラスを洗っていたスイが、すっと会話に入ってきた。
「イソトマさんが【ダイキリ】おかわり」
「かしこまりました」
その間、スイもまたイソトマと話をしていて、注文も取り付けてきたようだ。
この一ヶ月、スイにやってもらうことは増えている。
開店準備、グラス洗い、グラスの用意、そして会話。
もちろん、俺もそれをやらない訳では無い。しかし注文が立て込むと、どうしても洗い物を押し付けることになってしまう。
だがその成果か、最近のスイはグラスを洗うスピードを落とさずに、会話の一つもできるようになっていた。
もともと常連の多い店だし、初対面でなければある程度の接客は任せてもよさそうだ。
ただ、スイはなぜか『カクテル』を自分が作りたいとは主張しない。
一度薦めてみたのだが、あっさりと断られてしまった。
遠慮しているのかもしれない。
まぁ、スイが作ろうとすると常連が怯えるしな。
とはいえ、こう人が増えてくると、俺一人の手では回り切らない可能性も出てくる。
今はまだどうにかなっているが、そのうち人手を増やす必要もあるだろう。
それは、飲み物だけの問題でもない。
「ちょっと、料理まだ?」
「はいただいま! もう少々お待ちください!」
客の催促に、ライが苦い顔で答えていた。
バーとの相乗効果で、この店の食べ物の売り上げも、少しずつ伸びている。
となると、今までのようにオヤジさん一人では、回り切らなくなってきている。
最近、仕事上がりではオヤジさんがヘロヘロなので、それが分かる。
ポーションの改良に、人手不足の解消。
まだまだ、この先に考えることも多そうだ。
「失礼します」
冷凍庫で冷やしたグラスに、ゆっくりとシェイカーから中身を注いだ。
その様子をキラキラした目で見ていたイソトマが、今か今かと俺の言葉を待つ。
「お待たせしました。【ダイキリ】です」
「じゃ、頂きます!」
言うが早いか、イソトマがグラスに手を伸ばし、一口含んだ。
くー、と親父臭い声を漏らし、イソトマはにかりと笑う。
「やっぱりこの味は、ここじゃないと味わえねえなぁ。マスターさまさまだ」
「いえいえ、飲んで下さるイソトマさんこそ、さまさまですって」
俺とイソトマが、お互いに謙遜のような不思議な言葉を言い合っているとき。
カラン。
と来店を告げる音がした。
「「いらっしゃいませ」」
俺とライの声が同時にかかる。
「……どうも」
そこに立っていた、フードを目深に被った男は、低くそう答えた。




