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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第六章

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無形報酬



「──とまぁ、こういうところだね」


 戦後、と言って良いのかは微妙かもしれないが、あの後の簡単な説明はリトロからなされた。


 まず、死者については実際に魔王の部屋に踏み込んだ精鋭の一名以外は存在しない。

 と同時に、負傷者については数えるのも億劫なほどに沢山居たらしい。

 これはまぁ、作戦に従事している人間の性質というか、騎士と違って傭兵だの冒険者だのは引き際を弁えている仕事というのが大きいのだろう。

 数はそこそこに居たので、これはやばいなという傷を負う前に、早々に一時撤退をしていたということだ。責任感では命は買えないのだから。

 それでも、俺達が魔王と対峙している間、ずっと敵を引きつけてくれていたのだから、功績としては計り知れない。


 王城に出現した敵の大半は、俺達がヘルメスを封印すると同時に消滅したらしい。

 その辺りは、ドラゴンゾンビの魔力で動いていたスケルトン達と似た理屈か。

 例外としては、召喚され受肉していた悪魔達がいるが、いかに強力であろうと配下が消えれば多勢に無勢ということで、漏れなく討ち倒されている。

 王城周辺の住民はそっと退避させていたとはいえ、逃げ出した魔物も居なければ、民への被害がゼロというのは、大したものだろう。


 そして、今回の魔王戦に協力した者達への報酬に関しては、ドラゴンゾンビ戦に用意していた褒美なんかをそのまま流用して与えたとのこと。

 もともと、戦う気まんまんで来たのに敵が居なくなった状況だったので、その辺りはスムーズだったようだ。

 ただし、当然のことながらこの地で一体どんな『魔王』が誕生し、その『魔王』が何をしたのかという点については、詳細が伏せられた上に箝口令が敷かれたようだ。


 何も知らない冒険者達からすれば、突如、国の王城に攻め入る任務を依頼されて、その王城を守る筈の騎士達と共同で、王城の壁を破って中から出てくる魔物の相手をするというのだから、何が何だかだろう。

 詳しい話はこれ以後もされることはないだろうし、この事件は、王家の歴史の暗部にのみひっそりと刻まれたまま、なかったことになるのだろうな。

 公明正大は美徳だが、王家の懐刀が召喚した魔王に王城を乗っ取られ、世界征服される直前まで行っていました、等とは口が裂けても公表できまい。

 他国に対する説明も、恐らくなあなあに済ませて、詳しい事は伏せられたままの事件となるのだ。




「王家としても、流石にこの不祥事をおおっぴらにする事はできないからね。これまで以上に『オリジン』ことマスターの存在は語り継がれることになるだろうね」


 にこやかにリトロはそう締めくくった。

 確かに、王城の諸々をバラせず、かといって破壊された城壁はそのままなわけで。

 いくら冒険者に口止めの金を渡そうが完全に情報を遮断できないとくれば、後はもう、それ以外の目立つ情報で塗り潰すしかなかろう。

 その矢面に立たされるのが俺以外であれば、そっと納得するところなのだが。


「恥ずかしいから遠慮させてください。絶対に『夕霧総』の名前なんて出さないでくださいね。逆に、カクテルについては、もうバンバンに存在をアピールしてくれても良いですけど」


 俺がそう答えると、リトロは意外そうな顔をした。

 俺が『オリジン』として宣伝されるのを嫌がるのは想定していたが、ドラゴンゾンビとの戦いで出てくる『魔砲(カクテル)』の宣伝を推奨するとは思っていなかったのだろう。


「それはまた、どうして?」


 リトロの声に、俺は少しだけ睨むように目を細めて言う。


「王家の尻拭いまでしたんだから、国王が飲み物としての『カクテル』を認めるくだりも、合わせて詩にしてくださいってことですよ。それくらいの報酬はあってもいいと思いませんか?」

「…………なるほど?」


 要するに俺は、王家の今後のスタンスとして『カクテル』という新種のポーションを『魔砲』としてではなく『薬』として認めるように求めたのだ。

 リトロはそれに、理解は示しつつも難しそうな表情をしている。


「王家の代表、という立場で言うのは難しいが、君の願いは分かるつもりだ。しかし」


 まぁ、そうなるだろう。

 実際に、俺達の住む街でカクテルを味わい、時にはその効力で命を救われた人間から見れば、カクテルは新しいポーションだ。

 だが、今回のドラゴンゾンビ騒動を皮切りとし、既存の魔法に並ぶ『魔砲』としてカクテルを眼の当たりにした人間からすれば、それはもう、そういう武器でしかない。

 緊急事態だったとはいえ、避けようの無かったことだ。


 だけど、それでも、俺は求めた。

 求める報酬は何も無いのだ。せめてこれくらいのわがままは、求めても罰は当たらないだろう。


「ポーションとしてのカクテルも、魔砲としてのカクテルも、作ったのは俺です。だからこそ、分かっているつもりです。どれだけ気をつけたって、望まない使い方をする人は出てくるでしょう。それは、この世界で生まれた全ての道具がそうだったと思います」

「……そうだろうね。魔法そのものだって、もともと、人間同士の争いで使う目的で生まれたものでは、ないと言われているし」


 包丁という道具が、刀という人を斬る道具と、繋がっているように。

 カクテルが魔法と、どうしようもなく繋がってしまった以上、それは避けられない。

 カクテルは、嗜好品の飲みものとしてよりも、新しい魔法体系の一つとして、研究されるのが筋合いだ。

 だから、俺の願いは酷く難しいことだとは頭では分かっている。

 だとしても、求めないわけにはいかない。


「難しいのは分かっています。それでも俺は『カクテル』を例えば悪事なんかには使って欲しくない。もし戦争が起きたとしても、殺戮の道具にはしないで欲しい。たとえ、武器としてのカクテルが広まってしまうとしても、それ以前に、この『飲み物』は素晴らしいものだと世界中の人々に知っていて欲しい。そういう、話をお願いしたいんです」


 リトロは相も変わらず、その美貌を少し難しそうに歪めている。

 俺の要求がどれだけ彼にとって難しいものかも、朧げながら分かっているつもりだ。

 なにせ国からすれば、今後、他国に対する軍事的優位性の要として『魔砲』は採用されてしかるべきものだから。

 なにせ、新種の魔法である『弾薬化』を用いることで、戦力の要となる魔法使いを量産できる技術だ。

 下手をすれば、この国が一大魔法軍事国家として世界を牛耳ることになったとしてもおかしくはない話だ。

 だけど、俺はそうならない未来を求める。

 だって、どこまで行ったとしても、俺の中にある『カクテル』は、伊吹との大切な思い出とともにあった、お酒の一つなのだから。


「……王家が君にかけた迷惑は、一つや二つでは、済まないね……」


 暫くして、リトロはそう呟いた。

 彼は相変わらず難しい顔をしてはいるが、その表情には、幾分か俺を慮るような優しい要素が含まれて見えた。


「他ならぬ、カクテルの功労者であるマスターの言葉だ。ましてや、我々には成す術のなかった、魔王を封じた者の言葉でもある。そんな君が、報酬と引き換えに求めて来た願いであるのなら、リトロクシス・キルシウム・エキノプス・エルブ・アブサントの名において、君の期待に応えるよう善処することを誓おう」


 善処する、という言葉は日本人としてはあまり信用ならない言葉の気がするのだが、リトロの顔はどこまでも真剣だった。

 この国の頂点の一族が、自分の名にかけて善処すると誓ったことは、きっと俺の思う以上に重大な誓いなのだと思った。

 だから俺は、それ以上の言葉をつけず、ただ頼む。


「よろしくお願いします。リトロさん」

「……ああ。王家としてと同時に、短い期間ではあったが、イージーズで働いた者として、上司の命令に従うよう努力するとも」


 彼は、そこでようやく少しおどけた様子を見せた。

 俺の知っているリトロは、こういう男だった。

 そういった態度が、王族とは関係無しの場面で出てくるのだから、彼にとってはこちらが素なのかもしれない。

 彼は元来、根が明るくて、自由な性格の男なのだ。それなのに王子なんて肩書きまで持っているのだから、随分と窮屈でもあっただろう。

 もしかしたらそういった肩書きから解放される酒場の見習いは、彼にとって大切な思い出になっているのだろうか。

 だったら、どうせ俺は異世界人ということで、全力で圧もかけておくか。


「破ったら、ケツキックの刑ですね」

「それは本当にキツかったので、真剣に遠慮させていただきたいのですが?」

「それを決めるのは上司なので。俺かフィルかサリーの誰かがケツキックが必要だと思ったら、そうなると覚悟しておいてください」

「吸血鬼に蹴られたら尻が割れるよ!?」


 最後の焦り様だけは、本当に本気の焦りに見えたのは気のせいだったろうか。

 とにかく、俺は俺のやるべきことを一つ果たしたと言えるか。

 少なくとも、リトロが生きている間は、この国は『カクテル』に対して、きちんと公正な目で向き合ってくれるはずだ。


 そうして一番の懸念点が消えたところで、俺はようやく、気になっていたことを聞こうかと思っていた。


 即ち、一緒に入って来た監視の付いていないローズマリーは、一体どういう扱いになっているのかというあたりだ。



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