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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第六章

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【レインボー】


 訝しげな目線を向けるヘルメスに、俺はそれ以上の説明はしなかった。

 代わりに、お客様にこれから使うボトルをカウンターに並べて見せるように、材料の説明を少しだけした。


「このカクテルには、複数の材料を使います。そしてそれは、全て『特別製』です」


 この特別製の弾薬こそが、俺の得た答えだった。


 それもまた、始まりはスイが俺に与えた気づきだった。

 スイの持つ魔力適性は『ブルー・キュラソー』のものに酷似していた。

 つまり、スイは魔力的な観点だけで見れば、一種の生きたお酒のような存在だったのだ。

 常日頃からお酒は人のようなものだと言って来たが、まさか人もまたお酒のようなものだったとは。


 俺の弾薬化は、無機物を含むどんなものでも弾薬の形にすることができる。

 成分の分離、なんてことはできないみたいだったが、そうではなく『魔力の分離』ならできたのだ。

 つまり『魔力を持った人間』から『その魔力の弾薬』を作ることができた。

 それを知ったとき、ついに俺は気付いた。

 俺達の周りに集った人間達、その中でも特にトライスが集めた人間達は、それぞれリキュールに似た魔力適性を持っていることに。


 今までの問答は、決して、ただ無駄に時間を浪費していたわけではないのだ。

 俺は、あまり魔力の制御などできやしない。だから、魔力を精密に操作するには、時間がかかる。

 その時間の合間に、緊張を解すように会話をした。

 その緊張が解れたなら、ここからが正念場だ。

 これから作る『驚くようなカクテル』は、生半可な集中力では失敗するのだから。


 俺はリボルバーの撃鉄に、活性化のための細い魔力を巡らせた。

 決して間違えぬよう、最初の弾薬に狙いをすます。

 この『カクテル』は、順番が命なのだ。


基本属性ベース『ヴォイド』、付加属性エンチャント──」


 いつもの宣言。

 だが、この先は違う。

 俺は、弾薬一つ一つに祈りを込める。

 ピキリピキリと、どんどん魔王が拘束を砕いて行く音を聞きながら、俺は宣す。

 はじめは、赤。

 看板娘の彼女から貰った、居場所の色。


「これは、俺をこの世界で最初に受け入れてくれた居場所の魔力。そこに居る優しい人達から貰った魔力。ドロップ『イージーズ・グレナデンシロップ』」


 引き金を引く。

 ライ・ヴェルムットの髪の毛を思い出すような鮮やかな赤が弾薬に灯る。

 心の中の細長いグラスに、赤いグレナデンシロップを落とした。

 だが、魔力はまだ放出されない。細心の注意を払いながら、俺は次の弾薬を思う。

 次は、緑。

 この世界で友となった者達の、親しみの色。


「俺が初めてこの世界で自分の意思で助けた人、助けてくれた人、初めての友人として俺に接してくれた兄妹の魔力。フロート『ベルガモットコルシカ・ミントグリーン』」


 引き金を引く。

 獣人の兄妹、ベルガモとコルシカを思い出すような気持ちの良い緑が弾薬に灯る。

 同時に、ここからが本番だ。

 心の中のグラスに、バースプーンを差し入れ、背を向けてグラスの内側にそっと当てる。その背に伝わせるように緑の『グリーンペパーミントリキュール』を、ゆっくり静かに注いでいく。

 勢いには、注意しなければいけない。

 先程口にした『フロート』とは、文字通り材料を『浮かべる』ことを指す。

 先に落とした赤と、新たに満たした緑が、決して『混じってはいけない』のだから。

 さぁ、次は白銀だ。

 この世界で、新たに生まれたバーテンダー達の、成長の色。


「俺が初めてこの世界で作った弟子達。人に教える苦労、頼られる責任、そして真っ直ぐに育ってくれる嬉しさを教えてくれた、双子の魔力。フロート『ヴァンプ・マラスキーノ』」


 引き金を引く。

 吸血鬼の双子、フィルとサリーを思い出す月光のような銀色が弾薬に灯る。

 同時に、心のグラスへ今度は『マラスキーノ』を注意深く注いで行く。

 赤、緑、透明の美しい三層がグラスに形作られるが、まだ半分も来ていない。

 次は、かの街の思い出深い、青紫。

 俺の世界の中心となった街と、その街を守る騎士団の代表、領主様と娘の色。


「俺の過ごして来た街、その街に住む全ての人達。街を代表して、ずっと俺を助けてくれていた領主様と、姿を隠していたその娘。これは街を思う気持ちから受け取った、庇護の魔力。フロート『ネスト・ヴァイオレット』」


 引き金を引く。

 領主様が愛したスミレのリキュールのように、領主様が愛している娘であるセラロイ──ヴィオラから受け取った魔力の弾薬は、スミレを思わせる青紫を灯す。

 心のグラスに注ぐリキュールは『クレームド・ヴァイオレット』──つまり『パルフェタムール』だ。

 思えば、この世界にきたほんの初期のころから、ずっと俺を支えてくれた思い出深いリキュールでもある。

 これがなければ『カクテル』はこの世界で浮かぶことはなかっただろう。

 その青紫が新たな四層目として、心のグラスを僅かに満たした。


 次が、個人から受け取った最後の、蒼。

 俺を、俺個人を受け入れてくれた、大切な恋人の色。


「俺がこの世界で初めて出会った人。初めて、俺のカクテルを必要としてくれた人。この世界で一番大切な人。彼女から貰った魔力。フロート『ミリオンズ・ブルー・キュラソー』」


 引き金を引く。

 目に映る全ての人を虜にするような、美しい青。無表情なのに苛烈で、嫉妬深く、愛情が重くて、根は優しい、俺の大切な人を象徴する蒼色が弾薬に灯る。

 心のグラスに注がれるのは、当然『ブルー・キュラソー』だ。

 紫の上に青。

 実はこのあたりが一番難しい。

 現実的にも、マラスキーノ辺りからはアルコール度数、エキス分(糖分)など、メーカー毎の違いで、今回と同じ順番でも美しい層にならなかったりする。

 基本的にアルコール度数が高い程に比重は軽くなり、甘い程に重くなるのだが、その基準はリキュール毎、メーカー毎に曖昧だからだ。

 一つ順番を間違えるだけで即座に混ざり合い、濁った色合いになることもある。

 技術だけではどうしようもなく、そういう結果になることもある。


 だけど、今の俺にはその心配はない。

 俺が心に注ぐのは、俺の大切な人々そのものだ。

 彼らが手を取り合うことはあっても、混ざり合うことはない。

 それが、俺が新しく知った、繋がりの姿。それを信じる限り、問題はない。

 そうして作られたものが、美しい五層のリキュールの姿。

 六連装のリボルバーの、弾倉に残るのはあと一発。

 その最後の一発は、黄色。

 俺が住む街を飛び出した先、この国の礎と共にある、魔導院が守り続ける色。


「そして、この国にある全ての魔術師の想い。王族と寄り添い数百年を生きた魔導院から貰った、この国を守る切なる想い。それら全てを込めた源の魔力。フロート『エルブアブサント・シャルトリューズ』」


 引き金を引く。

 この国の行く末とともにあるシャルト魔導院に伝わる、伝説の秘奥より貰った、シャルトリューズの秘密の黄色。

 魔王と戦う上で、王族の代理のように確かに負けられぬ思いを乗せた、黄色の光が弾薬に灯る。

 同時に、心の中のグラスにも六層目が出来上がる。

 もはや俺の今の集中力であれば、あまり時間は要らない。

 俺の背後にて響く、ローズマリーの邪魔をしようとする悪魔の咆哮も、主を守ろうと迫ってくる幾多の魔物の足音も、今にも破れそうな拘束の命令の悲鳴も、もはや俺の行動を阻害する一因足り得ない。

 六連装のリボルバーはついにその魔力を十全に満たした。

 六色六発の弾薬は響き、次第にギュルギュルと魔力の渦を巻きながら放出の時を待つ。

 しかしそれらはいつものカクテルとは違う。六つの色の全ては、決して混ざり合うことなく、個々を主張しながら力を積み重ねて行く。

 手に持った銃は恐ろしい程の轟音を上げながら震えており、少しでも手を離せば、魔力が混ざり合った相乗効果で大爆発を起こしそうだ。


 だが俺は手を離さない。混ぜ合わせたりはしない。


 この『カクテル』には、その必要はない。

 基本的に混ざることで爆発力を生み出す筈の『カクテル』が、お互いに手を取り合って高まって行くこの感触が、あまりにも心地よい。

 恐らくは、かつてドラゴンゾンビのブレスにも打ち勝った【ロングアイランド・アイスティー】にも比肩しうる魔力の高まり。

 間違いなく『ヴィクターフランクル』ではない、ただのリボルバーで生み出せる最高峰の魔砲カクテル

 だがしかし、それを目にしてもヘルメスの目から余裕が消えることはない。


「確かに面白い試みではあるけれど。その程度の魔力をぶつけられたところで、やっぱり僕には傷一つつけられないよ」


 そう挑発するように言った後、ヘルメスはその身に秘める魔力を解放する。

 一気に海の中に放り込まれたような、爆発的な力の奔流に、血の気が引く。

 ドラゴンゾンビの時とは違う、本質的で絶対的な力の差。

 拘束の術式が無ければ、一瞬と保たずに虫けらのように潰されていると確信させる存在の格差。


 だが、生憎と俺もまた拘束の術式で足を動かすことができない。

 だから、そんな魔力をぶつけられたところで、逃げられるわけがない。

 なにより、俺はこれまでもずっとちっぽけな人間だったから、自分を瞬殺できる存在なんて慣れっこだ。


 だから俺は、死と隣り合わせの現状でも微笑みを浮かべられた。


「足りないのは、自分が一番知っています」

「……ふうん?」

「そう。六連装では『一発』足りないなって思っていたんです。だから、自分は今まで、この『カクテル』を試せずにいた」


 俺はヘルメスの疑問の表情に触れず、銃を握っていない左手で、心臓のあたりを押さえる。

 ここから先は、スイにも教えなかった。彼女が知ったら、たとえこの国がどんな状況だろうと、絶対に止めると知っていた。

 だけど、ここから先は、トライスを目の前で殺された、俺の──男の意地だ。

 俺の身体には、もはやかつてあった第五属性の溢れる魔力は無い。

 あの儀式を行ってから、そういった力は根こそぎ取り上げられてしまった。

 それでも、俺がこの世界で生きて来た時間、積み重ねて来た魔法の行使の経験が、教えてくれている。

 俺の身にかつての魔力はなくとも。

 俺の身には、俺自身の魔力が確かに存在するのだと。


【生命の波、古の意図、我求めるは魂の力なり】


 俺は今この瞬間、自分自身からなけなしの魔力を全て吸い上げる。

 しかし、それを弾薬の形にはしない。既に、銃の装填数はいっぱいだ。

 だから、この魔力は、そのまま銃へと送り込む。

 六連装の銃に、七発目の弾薬を装填する。


「魔法耐性を貫通するには、同じ魔力適性を持った魔法が必要となる。あなたが教えてくれたことですよ。自分とあなたの、魔力適性は同じだと。だから自分は、あなたの力の器に選ばれたんだと」


 俺の中から、魔力が失われて行く。

 唇がかさつき、口の中がやけに乾く。

 視界はどんどんと暗くなり、がくがくと足に力も入らず、吐き気を催す倦怠感が全身を襲う。

 魔力欠乏症と呼ばれる、人を死に至らしめる感覚がそこまで来ている。

 しかし俺は倒れない。俺を拘束する『動くな』という命令が、俺に倒れることを許さない。

 なんて都合がいい。苦しくて死にそうだけど、俺は少しだけ笑った。


「……ばかな、だからなんだと言うんだ。まさかその『カクテル』で僕を本気で殺せるとでも?」

「さて。自分はトライスから託されただけですから。あなたを止めるには、これしかないのだと」


 無駄話は終わりだ。

 この一杯が、果たして本当に答えなのかは、今この瞬間をもって証明される。

 永遠とも一瞬とも取れない、おぞましくも恍惚とした時間だった。

 俺はこの世界の全てを否定しかねない魔王に向かって、最後の材料を宣言する。


「──フロート、『オリジン・オールド』。系統パターン『プース・カフェ』」


 その系統パターンこそが、カクテルの最後の一つ。


 直接お客様に提供するグラスで混ぜ合わせる『ビルド』ではない。

 シェイカーを用いて、材料を混ぜ合わせる『シェイク』でもない。

 ミキシンググラスを用いて、繊細に合わせる『ステア』でもない。


 混ぜ合わせないという、最後の作り方。


 複数の味を混ぜ合わせることを基本とする『カクテル』の中にある、混ぜないという形式。

 この一杯は、あの頃の俺には決して想像できないものだ。

 だって『カクテル』なのに混ぜないなんて思わない、そんなものは、知らなかった。

 そんな俺だからこそ、これを見て驚くのだって間違いない。


 だってこれは、とても綺麗な『カクテル』なのだから。


 心の中のグラスに、最後の材料をそっと浮かべる。

 俺の酒の始まり。俺と鳥須伊吹の始まり。

 俺がこの世界で作り出した色。この世界で取り戻した色。

 そして今、俺自身の命から絞り出された、たった一つの、琥珀色。


 その色を浮かべることで、あの日の答えは完成する。


 このカクテルに、実は正しいレシピはない。

 先に述べた通り、メーカーごとの違いで比重が変わるのだから当然と言えば当然だ。

 だけど、複数のレシピであろうと全てに同じ名前が付く。

 七つのリキュールを用いた、七色のカクテルであれば、同じ名前になる。

 それならば、俺がこの世界で培った全てを使ったとしても同じであろう。

 本来の虹色とはかけ離れた、カクテルにしか存在しない七色を持つ、その『カクテル』の名前は。




「【レインボー】」




 引き金を引く。

 銃口から弾き出されたそれは、バーの暗い光源に似合う、鮮やかな七色の魔法となり、一直線に魔王ヘルメスへと向かっていった。



ここまで読んでくださってありがとうございます。

ようやく『カクテル』の話を書こうと決めて、最後に書きたかった『カクテル』にたどり着きました。

本当は昨日のうちに更新したかったのですが、どうしても時間がかかり更新が遅れて申し訳ありません。

ですが、ようやく、この小説は終わりと、エピローグへ向かっていきます。

終わりまで短い時間ですが、もう少しお付き合いいただけると幸いです。

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