『アウランティアカ』の主
俺とスイは、声の主が誰なのか確認したら、揃って頷く。
そして、無視して店を出ることに決めた。
「お、おい! お前達!」
ギヌラが道を塞ぐように立ちはだかってくるが、俺とスイはさっと避けて出口を目指す。
だが、ギヌラはしつこい。俺たちの腕を掴もうとしてきた。
すかさず腕を振り、それも避ける。
結果バランスを崩したギヌラは、倒れ込みそうになるのをなんとか堪えていた。
この時を逃すものかと、俺とスイは小走りで入り口まで駆けた。
「それじゃ、失礼します」
「します」
俺とスイが、店員に向かって別れを告げ、店から出ようとしたとき。
俺たちを遮るように、もう一人の男が、ぬっと店の入り口に現れた。
「失礼。スイ・ヴェルムット君とユウギリ・ソウ君で宜しいだろうか?」
壮年の男性。少し渋い顔の、金髪。
年齢は二回りほど離れているだろう。四十から五十といったところか。
すっと伸びた背筋に、引き締まった体。隙の無い雰囲気と、鋭い目つき。
その様子から、相当な苦労を積んできた人だということが窺えた。
「あなたは?」
その男性を無視する気にはなれず、俺は無意識に尋ねていた。
だが、その答えは背後から期せずしてもたらされる。
「ち、父上! そいつら、品評会に出るつもりです! あのようなポーションを出す店を認めて良いのでしょうか!?」
親父。
ギヌラの父親。
そうか。この人がこの店『アウランティアカ』のオーナー店長。
「申し遅れました。私はヘリコニア・サンシと申します」
彼こそが、この街でもっとも成功したポーションを生み出した男なのだ。
それを認識した途端、急激に雰囲気が重くなった気がした。
隣でスイも身を固くしているのが分かる。
だが、ヘリコニアはしばし、何かを逡巡するように、動きを止めた。
「ち、父上ってば!」
「お前は少し黙っていろ!」
ギヌラが尚も父に縋るような声を上げるが、ヘリコニアは一喝する。
その迫力に肩をすくめた俺とスイに向かって、覚悟を決めたように、彼は深く頭を下げた。
「本当に申し訳ないことをしました」
「へ?」
「あなた方へ、息子が散々にご迷惑をおかけしたことを、深く謝罪いたします」
その腰の低さに驚いたのは、俺だけではなかった。
スイも、ギヌラも、そしてカウンターの中にいる者達も驚いたようだった。
「本来であれば、すぐにでも謝罪しなければならない事です。ですが、私の立場上、公式に謝罪をするのは外聞が悪い。ですから、あなた方と直接会えるこの時をお待ちしていました。親としての謝罪しかできず、申し訳ありません」
ヘリコニアは、そういって頭を下げたまま、微動だにしない。
ギヌラの親と聞いてどのような人物かと訝しんだが、少なくとも息子とは違って、ある程度の筋は通すタイプのようだった。
さて、俺はどう動くべきだろうか。
この場で、彼が謝っている対象が『店』だとしたら、俺の出る幕ではない。
俺は固まっていたスイの肩を、軽くトンと叩いた。
スイは硬直を解かれた様子で、一度俺を見る。
俺は言外に、意味を込めて頷いた。彼女もコクリと返す。
スイは、はふぅと息を落ち着けると、平坦な声でヘリコニアへ告げた。
「……頭を上げてください。謝罪はもう充分です」
「……しかし」
「それを言ったら、私達も、ちょっとやり過ぎました」
スイは少し言いにくそうだが、それには同意だ。
俺もスイも、ギヌラのボディーガードを首にしてしまったみたいなものだ。
暴力に対しての正当防衛といえば聞こえはいいが、こちらにも責任はある。
「いいえ。元はと言えば、このバカ息子が原因です。個人で償えることでしたら──」
「じゃあ、こうしましょう。この『ウチのマスター』が言ったことです」
スイはふっと視線を俺に投げた。
はて、俺は何か言っただろうか。
「あの時、お宅の息子さんに言ったんです。『次は正々堂々と来い』って」
それは、俺が若干頭に来ていた時に漏らした売り言葉だ。
だが、そうか。
スイがこの場にそんな言葉を持ち出した意味は良くわかった。
「ポーション品評会。もしも息子さんが出ることになっていたら、正々堂々と戦わせてください」
スイは、確とした意志を感じさせる声音で言った。
それはこういう意味でもあった。
『親としての謝罪は充分。それとは別に、本人との決着を付けさせろ』
ヘリコニアは、驚きながら顔を上げたが、ふっと余裕のある笑みを見せた。
「分かりました。元より次の品評会では、この愚息に経験を積ませるつもりでした。本番までに『ポーション調合師』としての根性を叩き直しておきます」
「その時を楽しみにさせてもらいます」
スイとヘリコニアが、意味有りげに微笑みあう。
その後に、ヘリコニアは探るような物言いで尋ねた。
「それに、実を言うと私もにわかには信じていないのです。あなたがたの言う『カクテル』という『ポーション』の存在を」
「……でしたら、その口で直に確かめて貰えれば」
「ふふ。そうですね。良いでしょう。楽しみにしています」
その言葉で、スイとヘリコニア。二つの『ポーション屋』の、店主の会話は終わった。
直後に、ヘリコニアはぽかんとしていたギヌラへ向かって怒鳴り上げる。
「聞いていたかギヌラ! これからお前に自由は無いものと思え!」
「し、しかし父上!」
「言い訳は聞かん! このままでは、彼女たちに示しがつかん!」
ギヌラは、へなへなと膝を折り、その場に座り込んだ。
「そうです。少々渡したいものがあるので、少しだけ待ってもらえるでしょうか?」
「へ? はい」
ヘリコニアは言って、俺たちに一礼すると、カウンターの中へと引っ込んで行く。
途中でギヌラの体を掴んで、引きずって行くことも忘れなかった。
だが、すぐに店内に戻ってくると、スイに一本の瓶を差し出した。
容量は、ウィスキーの試飲用のボトルと同じくらい。50mlくらいだろうか。
「これは?」
「私達が品評会に出す『ポーション』の試作品です。お詫びに受け取ってください」
「……そんな高級なものは」
「良いのです。本番までには、それを仕上げていると覚悟していて欲しいのです」
ヘリコニアは言って、一礼の後に再び裏へと姿を消した。
残された俺たち。
スイは手に持ったボトルをぼんやりと眺めて、ぼそりとこぼした。
「良いのかな?」
「まぁ良いだろう。やっぱり飲むなら高級品に限る」
「……総。これお酒じゃなくて、ポーションだから」
色々とハプニング的なことはあったが、収穫もあった。
ギヌラ関係のゴタゴタに、ようやく決着が付けられそうだと感じていた。
※0731 表現を少し修正し、誤字を修正しました。




