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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第六章

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【ハーベイ・ウォールバンガー】



 この街でやるべきことはなんだろうか。


 まずは、この街で関わった人々にきちんと会うことからだった。

 騎士団の皆や、近所のお店の関係者さん、カムイさん達ガラス工房の繋がり。

 常連さんの関係や仕入れ先の人々、俺の人間関係が繋がる限りの人々だ。

 たかだか二、三年ではこの世界を知ることも、国を知ることもできない。

 だけど、俺の生きた街で、俺と同じように生きている人々はいる。


 それに。




「それでは、お大事に」


 スイが慣れない笑顔を浮かべて手を振ると、言われた少年も笑顔で手を振り返す。

 母親がペコペコと頭を下げ、そして二人は去って行った。


「後遺症とかって特に無いんだな」

「魔力欠乏症は、身体の異常とかじゃないから。身体機能に異常が起きているのではなくて、それ以外の、身体を生かすのに当たり前に必要な『魔力』が足りなくなることで起きるの」


 分かるような分からないような気分だ。

 俺は魔力などまったく関係ない世界の出身だし、同時にこの世界で魔力欠乏の症状もはっきりと体験した。

 だから理解はし難くも実感はできるといったところだ。


 ちなみに先程の親子は、この街で魔力欠乏症にかかり、スイのポーション屋へと駆け込んで来た人達だ。

 俺が初めてカクテルで救った人々でもある。


「随分、大きくなったよな」

「子供なんだから。私達よりずっと早く変わっていくのは当たり前」


 あの時、ぐったりとしたまま親に担がれていた少年は、もう少しで母親の身長に並ぶのではと思えるほど、スクスクと成長していた。

 胸の中にじんわりと灯るのは、実感だ。カクテルが確かに救った人が居るのだという。


「あの子の未来も、壊されてしまうかもしれないんだよな」


 もちろん、あの子だけじゃない。

 子供にも大人にも、赤子にも老人にも、等しく未来はある。

 それを、ただ一人の唐突な思いつきで壊されてしまうなんて、あんまりじゃないか。


「戻ろっか。今日はお店に立つんでしょ?」

「そう、だな」


 伊吹のことを考えながら、あるいはトライスのことを考えながら、俺は漠然としたモヤモヤに答えを見つけられずにいる。

 もちろん、そのモヤモヤが答えに繋がるという話ではないのだが、それでも引っかかったままだった。


 鳥須の言っていたカクテルの答えは、あの時の俺が知らなくて、今の俺が知っているものであるはずだ。


 当時の俺は、カクテルの作り方の区分、『ビルド』や『シェイク』、『ステア』なんて分け方すらも知らなかった。

 混ぜるやつと、シャカシャカするやつ、程度の認識だ。

 その区分の中でも、多岐に渡る色々な工夫があるから『面白いカクテル』なんて呼び方では答えなんかに到底辿り着かない。

 辿り着く筈がない。




 久しぶりに会う常連さんと会話をしていても、初めて来るというお客さんに笑顔を向けていても、どうしてもその悩みからは抜け出せないでいた。


 鳥須伊吹は、俺に何を飲ませたかったのか。



「お疲れさまでした。総さんは、休んでていいですよ」


 営業が終わる。

 一日の営業が終われば、片づけやらレジの確認やら、発注のチェックやらと仕事は色々あるのだが、フィルは俺にそんなことを言った。

 一緒に働いていたサリーはフィルの提案を聞いていなかったようだが、驚きとともに、うんうんと納得の様子を見せていた。


「フィル。俺は別に疲れてなんて」

「心が疲れているじゃないですか。何か作りますからゆっくりしていてください」


 にこりと微笑まれて、俺は何かを言い返す気を失った。

 俺はしぶしぶとサロンエプロンとアームバンドを外し、カウンターのお客様側の椅子に座った。


 本当に、フィルの接客はそつが無くなった。

 これまでは、お客様への対応についてははっきりサリーとの差を感じていたが、今はサリーの方が尻を突き上げられる勢いだろう。

 そうなると、カクテルの技術で明確な違いがあるので、サリーが見劣りするかもしれない。だからサリーは、必死になってカクテルの練習に精を出しているようだ。

 まぁ、良い傾向だろう。


「どういったものが良いですか?」

「……悩みが解決するようなもの、とか?」

「…………これまた、弟子いじめの難問ですね」


 フィルが苦笑いする。

 しかし、一度作ると決めた以上は、プライドもあるのだろう。

 少し考え込んでから、フィルは作業に入った。

 手元の作業と、用意したボトルを見れば、それだけで彼が何を作るのかは分かる。

 だが、俺はあえて何も言わずに完成を待った。


 そんなに長い時間がかかる『カクテル』ではない。

 フィルはまず、ベースに『ウォッタ』を選ぶ。

 よく氷を詰めたグラスに『ウォッタ』を45ml。

 そのあと、勢い良く『オレンジジュース』を注いだ。

 この段階では【スクリュー・ドライバー】であるが、フィルが最初に用意したボトルはもう一つあった。


 この世界では、日本と違ってかなり高額な魔草ポーションに分類されていた一本。

『ガリアーノ』だ。

『ガリアーノ』は、一般的なボトルを遥かに凌駕するほど細長いボトルが特徴の、ハーブ系リキュールだ。その香りや甘さは、華やかなバニラを思わせる。

 色は少し黄色がかった透明であり、その色合いを上手く生かすのは難しい。

 バニラのような甘さと言った通りに、ミルク系なんかとは特に相性が良いが、こうやってオレンジジュースなんかと合わせても悪いわけじゃない。


 フィルは『ガリアーノ』の口をバースプーンの先に合わせ、1tsp、およそスプーン一杯分を取った。

 それをどうするのかと言えば、静かに【スクリュー・ドライバー】の表面に浮かべたのだ。

 その繊細な動作には、俺がケチをつける要素も無かった。見事な技術だ。


「お待たせしました。【ハーベイ・ウォールバンガー】です」


 フィルが恭しく差し出したそれを、礼とともに受け取り、俺は一口含む。

 表面を揺蕩う『ガリアーノ』は、液体を口に含む前に華やかな香りを前面に押し出してくる。その香りと共に液体を滑らせれば、甘く爽やかなオレンジと混ざり合って、口当たりの優しいカクテルとなる。

 もちろん、これには十分な量のウォッカも入っているため、ガブガブ飲めば酔っぱらうことは間違いない。充分に『レディ・キラー』な一杯である。


「うん、いい出来だ。それで、どうしてこれを?」


 俺の素直な賛辞に少しはにかみ、フィルは言った。


「込めた意味は、二つです」

「二つ」

「一つは、そのカクテルの構造ですね。【スクリュー・ドライバー】と変わらない層と、ガリアーノの層の二つに、見事に分かれています。だからですね」


 少し間を取って、フィルはちょっと唇を尖らせた。


「何が悩み事なのかは分かりませんが、営業中くらいは、頭の中で分けておいてください」


「……はい、反省します」


 もしかしなくても、弟子から苦言を呈されてしまった。

 いくらお客さんには気付かれずとも、ずっと俺を見てきたフィルには、俺が頭の中で違うことを考えていたのが伝わってしまっていたらしい。

 指摘されれば、俺は謝るしかなかった。


「それと、もう一つの意味です」

「ああ」


 フィルの言葉を、俺は神妙に待つ。

 今度のフィルは、先程のように唇を尖らせるでなく、少し冗談を思いついたにこやかな顔で、こう言った。


「悩んでも解決しないことなら、ハーベイさんのように、壁に頭でもぶつけて忘れた方が良いですよ、きっと」


 ……随分と、力技の解決方法であった。

 ちなみに【ハーベイ・ウォールバンガー】の名前の由来はまんまだ。

 このカクテルを飲んで酔っぱらったハーベイ氏が、壁に頭をぶつけて回っていたから、なんて言われている。

 諸説はあるが、おおむねハーベイ氏が壁にぶつかっていた点は変わらない。

 で、それになぞらえてフィルは、悩んでも分からんことなら、いっそ忘れてしまえと言いたい訳だ。


「……それができたら、苦労はしないんだよ」

「あはは。とりあえず、僕から言える事はそれくらいですから」


 そうやってフィルは俺の対応を終え、自分がやるべき閉店準備に戻って行った。

 俺は、大変行儀が悪いと知っていながら、少しだけアドバイスに従って、バーカウンターに頭をコンと打ちつけてみた。


 やっぱり正解は出てこないけれど、少しだけ、モヤモヤが収まったような気はした。



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