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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第六章

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できること

 始まりは王都への物資の運搬が増えたことだが、決定的なものは、この街にいる『見習い達』の情報をクレーベルが掴んだことだとか。

 実際に協力要請は飛んでいないが、王都にいる領主様からの指示で、見習いバーテンダー部隊はいつでも王都に向かえるように準備をしておけ、というものがあったという。

 それをどこからか聞き出したサフィーナ商会は、状況証拠と合わせて一つの仮説を立てた。

 それが、次なる『魔王』の登場という状況だった。

 その想定をすれば後は裏付けを取るだけでいい。人の口に戸は立てられないように、集めようと思えば情報はいくらでも集められた。

 想定はほとんど、確信へと変わっていた。

 そんな折に、俺達が街に戻るとなれば、接触しなくてはと考えたらしい。


「ただ、あなた方がなんのために帰って来たのか、までは分かりません。いえ、普通に考えれば避難して来た、と考えるのが自然ですが」

「俺達が、避難してくるような性格には思えない?」

「はい。特にスイさんは、ですね」


 スイはその指摘に、特に反応は返さない。

 だが、確かにこの中では、恐らくスイが最も純粋に『人を救う』ために行動するだろう。

 その俺達が何もせずに戻って来たとすれば、そこには何かの目的がある。

 クレーベルはそう考え、そしてそこに『カクテル』の何かがあると睨んだから、こうしてギヌラも連れてきたのだろう。


「それなので、もし何かご入用でしたら仰って下さい。我々はドラゴンゾンビの時から既に一蓮托生なのですから。私はさらに、フィル様とは一心同体になってしまいましたが」


 最後に少しノロケを付け足してくるクレーベルに、ヴィオラの顔の険が取れた。

 それを確認してから、俺はクレーベルとギヌラには、少し詳しい事情を説明するのだった。



「なるほど。真なる魔王、ですか。それに『魔砲カクテル』そのものが狙われている状況と」


 何も知らない人が聞いたら、それこそおとぎ話か何かのようにしか聞こえない話を、クレーベルとギヌラは真剣に聞いていた。

 頼んだ飲み物にたいして手も付けないまま、終わりにクレーベルが重々しく呟く。


「ある程度は想像していたとはいえ、まさか既に王城を乗っ取られている、だなんて」


 さしものクレーベルも、この国が立たされている苦境には思い至ってはいなかった。

 すでに、国は一度負けている。

 さらに今回の魔王は、ドラゴンゾンビとは違う。

 知能を持ち、攻撃もまともに通じず、なによりも思考が読めない。

 有効な攻撃手段ですら、あるのかも分からない『カクテル』のみ。

 この街が現段階で平和であることすら、ヘルメスの気まぐれに過ぎないのだから。


「いずれにしても、私達は、この街を拠点にポーションとしてのカクテルを普及させていくことは変わりありません。もし、魔砲使いの部隊が派遣されるとしたら、物資の供給は任せて下さい」

「それは、ありがとう」

「いえ、国に恩を売っておくのは、とても有意義なことですから」


 クレーベルはそう言って笑う。

 実際、俺達の中では一番、ドラゴンゾンビの脅威を肌で感じて知っているのは彼女だ。

 そんな彼女だからこそ、浮かべる笑顔の中には俺の想像の及ばぬ決意のようなものがあるのだろう。

 対照的に、あまり喋らずにただ話を聞いていたギヌラの方は、ずっとぶすっとした表情をしたままであった。


「ギヌラは、何かあるか?」


 話題を振ってみるが、彼ははぁ、とため息を吐く。


「相変わらず、デタラメな話を聞かされたものだ、とな」

「デタラメだったらまだ良かったんだけどな」

「ふん。そんなことはいちいち言われずとも分かっている」


 そう言い捨てたギヌラはコーヒーのおかわりをぐいっと飲み干す。

 僅かに顔をしかめて「温いな」と呟くと、勢い伝票を握って立ち上がる。


「ギヌラ、話はまだ──」

「もう話すことはないだろう? 僕達アウランティアカの立ち位置もクレーベル嬢が言った通りだ。協力を惜しむ立場にはない。現時点では、他にできることもない。ならば、これ以上ここで無駄話をしていても意味は無い」


 吐き捨てるようにギヌラは言った。

 言われれば、確かにそうだった。

 必要な物資の整理にしたって、一度騎士団の状況を見なければ何も言えないし、手に入りにくいカクテルの材料確保だって、俺は常日頃から都度色々なところにお願いしている。

 ここで他にできることは近況報告くらいのものだが、俺達とギヌラはそういう話をする間柄ではない。


「分かったな? 僕は仕方なくお前等の『カクテル』に関わってやっているだけだ。好きでやっているわけじゃないんだ。お前達のお仲間に『混ぜる』んじゃない」

「……そうだな」

「必要があれば連絡しろ。ここの払いは持ってやるが、これは貸しだからな」


 そう言って、ギヌラはさっさと席を後にしてしまった。

 だが、彼の背中が、先程の台詞以上のことを物語っているように見えた。

 ぶっきらぼうな物言いだが、先程の言葉の裏はきっとこうだ。


『カクテルのことは、お前がなんとかしろ。他の事はなんとかしてやる』


 以前、偶然にも飲み屋で一緒になったときと、同じようなものだ。

 口に出しはしないくせに、今までやったこともない『奢り』で、俺達に協力することを暗に伝えて来ているのだろう。

 かっこつけなのか、それとも、照れ屋なのか、単純に口が悪いだけなのかは分からない。


 もちろん、もしかしたら俺の考え過ぎなのかもしれない。

 隣で、ギヌラの態度にやや腹を立てているスイに言っても、勘違いと言うだろう。

 だが、ギヌラは変わった。あいつが、昔みたいに自分のことしか考えていない男でなくなったのは、俺自身が知っている。

 だから、これは俺が勝手に受け取った激励で良い。


 仲間には混ざらないと言っておきながら、あいつも立派にカクテルの関係者なのだ。


「…………?」


 心の中で思って、俺は少しだけ引っかかった。

 そういえば、トライスはギヌラにも接触していた。

 だから、あいつ自身も、何かのヒントだったりするのだろうか。


「どうかした総?」

「いや、なんでもない」


 考えても詮無い事だ。

 心のひっかかりは、そのまま心にしまっておいて、これからの事を考えなければいけないと気合を入れ直した。




 喫茶店を出るともう夕方になっていて、イージーズも開店している頃合いであった。

 クレーベルは、今日はその足で店に戻るらしかった。俺達はまだノイネへの挨拶を済ませていないので、ヴェルムット家に向かうことにして彼女とは別れた。

 スイの家に居候したままのノイネに挨拶し、今日はもう出歩く予定もないことをヴィオラに告げれば、俺達に付いていたヴィオラも騎士団の方へ戻った。

 これから彼女は、更に一仕事をこなすのだろう。


「なんだか、この家でゆっくりしているのは本当に久しぶりだな」

「ん」


 ヴェルムット家の慣れ親しんだ居間でくつろいでいると、そういう言葉が出た。

 俺の隣についたスイは、俺の言葉に『当然だ』と言わんばかりに頷く。

 いまは寮に移ったとはいえ、この場所は俺の第二の家のようなものだから。


「オヤジさんに、なんて言うかな」

「魔王のこと?」

「それもあるけど、スイとのことも」

「…………うん」


 この世界での男女交際についての慣習は詳しくないので、女性と付き合ったとして、どのタイミングで相手の両親への報告が必要なのかは知らない。

 だがまぁ、バーで恋愛関係の話はたくさん聞いて来た。一般的に無礼に当たらない程度に行動していれば問題はないだろう。

 なればこそ、別に、スイと俺が正式に、その、付き合いだした、ことなど、馬鹿正直に報告する必要も今はないのだろうが。

 ついでに、ノイネには何故か即バレた。即バレした上に『スイを不幸にしたら殺す(意訳)』という脅しをガッツリ貰った。

 ノイネですらこれなのだから、オヤジさんだったらどうなるか。

 ……うーん、どうシミュレーションしても、俺がオヤジさんにぶん殴られる未来が見える。


「魔王とのあれこれが、終わってからの方が良いよ」


 俺がどうにか致命傷を避けるパターンを模索していたところでスイが言った。


「……そうか?」

「うん。それまでは、お父さんには秘密で良い。めんどくさいから」

「お前、仮にも実の親に向かって」

「だって本当だし」


 スイはふん、と少し強めに言った。

 どうやら、この考えについては譲るつもりはないらしい。

 オヤジさんの過保護については俺も思い当たりがあるし、出来たばかりの彼女の気持ちを尊重しておくことにしよう。


「でも、お婆ちゃんが居る内が良いと思う。なんだかんだ言って味方になってくれると思うから」

「そうだな」


 ストレートに俺を脅したにも関わらず、ノイネはまるで俺達に気を使うように、少し出掛けてくると言ってどこかに行ってしまった。

 それなので、今この家に居るのは俺とスイの二人だけだ。

 ぼんやりと、夜へと変わって行く空を眺めていた。

 俺もスイも、お互いが無言でいることを気にするタイプじゃない。だから、こういう時間は決して苦にならない。



 王都には未だ、国を揺るがす脅威が存在する。

 それでも、今だけはそれを忘れて、ただ、二人でいる時間を過ごしていた。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

更新が大変遅くなって申し訳ありません。

これ以後はまた平常通りの更新になる予定です。

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