表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第六章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

460/505

フィルの変化

 店に戻るとフィルと、そして何故かクレーベル嬢までもがそこにいた。


「おかえりなさい」

「おかえりなさいませ」


 二人は息の揃った挨拶で俺達を出迎えてくれる。

 フィルとはドラゴンゾンビの祝勝パーティで会ったきり、ほぼ行き違いのような格好になってしまっていたが、俺の思っていた以上に落ち着いている様子だった。

 クレーベル嬢とのことが、良い影響を与えているのかもしれない。


「ただいま、二人とも」


 二人に俺も挨拶を返し、それからちらりとサリーを見る。

 俺の視線を追った二人はサリーの様子を見て、何かを察したようにクレーベルがそっと前に出た。


「積もる話もあるでしょうし、私の話は後に致します。サリー、何か手伝うことは?」

「別に手伝いが必要なほどの準備は、特にないけれど」

「じゃあ、少しお話しいたしましょう。良いかしら、サリーを借りても」


 フィルはこくりと頷き、クレーベルは不思議そうなサリーを連れて店を出て行った。

 サリーが出て行った後に、フィルは少し乾いたため息を吐き、複雑そうな顔で尋ねる。


「サリーは、振られたんですね?」

「……ああ」


 サリーはこの店につくまでには、気持ちの整理を付けたようにいつもと変わらぬ様子に戻っていた。

 だけど二人には、サリーに何があったのかをなんとなく察されたのだ。俺の目配せも、あったとはいえ。


「残念ですけど、仕方ないことだと思います。お母様のように何人も囲っている方が異常なんですし」


 言ったフィルは、やはり複雑そうな苦笑いを浮かべていた。

 彼らの母親は、まぁ、フリーダムだからな。逆に一夫一妻に拘ってたら驚くだろう。

 フィル達もそういう母親のおかげで生まれたわけだが、それを加味しても思う所があるようで、それはつまりサリーも同じだろう。

 だから、俺がスイただ一人を選ぶことも、理解してくれると思う。


「まぁ、サリーのことは大丈夫ですよ。クレーベルに任せましょう」

「その、大丈夫なのか?」

「大丈夫です。きっと色々、吐き出したらスッキリして帰って来ますよ」


 フィルの言葉には謎の説得力を感じたので、俺は黙って頷くことにした。


「それじゃ、二人が戻ってくるまでに、軽く俺達の事情を話すよ」


 オヤジさん達と一緒で、詳しい話は後でというのは変わらない。

 俺達が王都に行ってどんなことがあったのかと、ちょっと事情があってまたすぐに王都に戻るということをかいつまんで説明しただけだ。

 だけなのだが、フィルはそれに複雑そうな顔をするのだ。


「どうした?」

「いえ、ただ、クレーベルの用事は、その王都の事情に関連があるのかな、とだけ」

「……かもな」


 俺はそこで、俺達の護衛を真摯に務めるようにずっと無言だったヴィオラに目配せをする。

 彼女は少し考え込んだが、やれやれといったように肩をすくめた。

 つまり、クレーベルは、というか彼女の大元のサフィーナ商会は王都の状況を掴んでいておかしくないだろう、ということだ。

 考えてみれば、民には伏せられていたとしても必要な物資の調達にはどうしても商会を頼る必要がある。魔王ドラゴンゾンビの脅威が去った筈なのに、再び王都に物資が集っているとすれば、そこから何かに気付く人もいるだろう。


 クレーベルの話は、おそらく俺達を当事者だと睨んでのものになるのだろう。


「とりあえず、クレーベルが戻ってくるまでは、俺がサリーの代わりに準備を手伝うよ」


 ここで話すことはもうないだろう。

 もちろん積もる話自体はたくさんあるが、それは営業前にするようなものではない。

 であれば、ただ黙って待っているのも手前が悪いし、身体を動かしたい気分だった。

 何より、俺は本当にもう何日もまともにバーテンダー業務が出来ていなかったのだ。カクテルの練習だけは時間を作ってはいたが、業務に必要な身体の動きは鈍って仕方が無い。

 それを少しでも取り戻しておきたい。

 そうやって、ただの開店準備に楽しんで取り組んでいると、フィルの微かな笑い声が聞こえて来た。


「……ふふ。やっぱり、総さんはバーテンダーの仕事が好きなんですね」

「自分でも、最近そんな気がしているところだったんだ」

「え、ようやくですか?」


 フィルは軽い冗談を返しながら、俺とはまた違う作業に入る。

 やはりというか、フィルの対応に大分『余裕』が生まれている。

 以前のフィルなら、誰かにそそのかされ(無茶ぶりともいう)でもしない限り、他人をからかうような返答は滅多にしない。サリーと違って。

 その踏み込みが──俺という身内相手ではあるが──出来るようになったというのは、接客でも一皮むけたと言っても過言ではないだろう。


「やっぱり、童貞を卒業すると人間変わるものなのか」

「っ!?」


 と思っていたら、俺の一言で盛大に慌て、器具をカウンターにぶちまけた。

 一歩はあくまで一歩なのだな、と少し頬を赤くして否定するフィルを見て思った。




「ここです」


 クレーベルに先導され、俺とスイ、それにヴィオラは少し洒落た喫茶店のような店に入った。内装は落ち着いた白色系で統一されていて、広さはそこそこ。カウンターもあるが、テーブル席のほうが多いだろうか。

 あれから少しして、クレーベルとサリーは戻って来た。

 サリーは妙にスッキリとした顔をしていて、俺に向けてほんの僅かに自然な笑みを浮かべる余裕もできていた。

 もしかしたら、クレーベルの前で泣いたりしたのかもしれない。ただ、吸血鬼の再生能力ゆえか、目元が赤く腫れているようことはなかった。

 クレーベルもクレーベルで少しだけご機嫌な表情をしていたが、俺が「何か話したいことがあるって?」と話題を振ると、ここではなんですしと俺達を店から連れ出したのだ。

 そして素直に付いて行った先にあったのが、そのオシャレな喫茶店というわけだが。



「遅いぞクレーベル。それに、ユウギリ達もな」



 店のテーブルの一つに、不服そうな不機嫌面の金髪が座っていた。


「クレーベル嬢。どうやらこの店は縁起が良くないようだ。別の店にしよう」

「あ、ちょっと」


 俺が思わず条件反射で踵を返すと、スイもノータイムでそれに続いた。

 そんな俺達の行動に、さしものクレーベルも慌てた声を上げるが、俺とスイは揃って足を止める。

 店の入口に呆れた顔のヴィオラが立っていて、道を塞いでいたからである。


「お前達。気持ちは分かるが、もう和解したんだろう。子供みたいなことをするな」


 自分より年下の女子に言われては少し面映いところはあるが、それはそれとして、俺はスイに確認した。


「和解、したっけ?」

「私はしてない」

「オーナーがそう言うなら……」

「こら!」


 俺達の悪ノリに、ついにヴィオラが乗り出して、俺とスイの頭に軽いチョップをお見舞いしてくれた。

 茶番はここまでだろう。久しぶりにからかいがいのある金髪を見つけて、ついテンションが上がってしまった。

 こういう気持ちになるのは、店を出禁にされている故に、絶対に接客することのないギヌラだからなのではないか、と俺は自分を分析している。


「もう。彼も責任者なのですから、邪険にしてはいけませんよ」


 ヴィオラよりさらに年下のクレーベルにも窘められる。

 今度はスイの方も、先程の俺と同じような気持ちになったらしく、わざとらしくため息を吐きながら、ギヌラが待つ席へと向かった。


「貴様等な……これが寛大な僕でなかったら、カクテルとポーションの関係に大きなヒビが入っていたところだぞ」


 そう言ったギヌラは、少し青筋を立てながら偉そうに腕を組んでいた。

 こいつもこういう態度で来るから、特にスイからの印象がいつまでたっても悪いままなのではないだろうか。

 まぁ、良いか。俺としては、変にスイと仲良くなられるのも、ちょっと癪だしな。

 俺達が席に着いたのを見て、店の従業員が注文を取りにくる。俺達は適当に飲み物を、ギヌラはコーヒーのおかわりを注文し、飲み物が来るまでは無言で待った。

 そして、飲み物が届けられ、俺達もまたこの店の客の一部として溶け込んだタイミングで、俺はクレーベルに切り出す。


「それで、話とは?」


 クレーベルは、砂糖をふんだんに入れた紅茶を一口含んでから、静かに尋ねた。



「単刀直入に聞きます。王都では、いったい何と戦う準備をされているのでしょうか?」



 目は真っ直ぐに俺を見ていた。

 俺はヴィオラに一応確認を取る。当然ながら、彼女は首を横に振った。話すなということだ。


「残念だけど──」

「では聞き方を変えます。王都に『魔王』が現れた時に、あなた方は何がどれだけ欲しいのでしょうか?」


 クレーベルの表情は笑っていたが、目は笑っていない。

 こういうお客さんは、苦手なんだよな。

 俺はもう一度ヴィオラを見るが、彼女も対応は分からない様子だったので、こちらも単刀直入に尋ね返した。


「王都の状況は、全部分かっている?」

「あなた方と同じ程度には、とだけ」


 つまり全部ということだ。

 俺は降参と手を上げつつ、周りの客が不用意に話を聞いても良いように注意しなければと思考を回しはじめるのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ