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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第六章

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441/505

メリアステル邸


「それじゃ、僕達はこれで」

「え?」


 見ただけで目眩がするような広い敷地を前に止まった馬車。

 その馬車から皆が降りた直後、エルムが唐突に言った。


「ごめんねお兄さん。もう少しゆっくりお話しさせてあげたいんだけど、僕とトライスにはまだやることがあるんだ」

「そう、なのか」

「安心して良いよ。特に危険なことはもう無いし、お兄さんは事情聴取のついでにゆっくりと待っていたら良い」


 なんでもないようにエルムは言う。

 だが、ここにきて、このタイミングで更にとなると少し思う所があった。

 続くトライスが申し訳なさそうに言った。


「大丈夫。ただ、もしかしたら総の『カクテル』が必要になるかもしれないから、しっかり練習しておいてね」

「なんで『カクテル』が?」

「メリアステルの業務に関わるから、私からはちょっと」


 ローズマリーに目を向けると、彼女は悪戯っぽく笑うだけだった。

 業務とか言っているが、要は、仕事が終わるまでローズマリーの機嫌を取っていろ、というお願いを遠回しにしただけか?


「……分かった。気をつけて」

「うん。総も、気をつけて」


 そっちと違って、俺は何に気を付ければ良いのだろうか。

 疑問には思ったが、乗って来た馬車に再び乗り込み、遠ざかる二人を見送ることしかできなかった。




 馬車が止まったところが庭の入口だとすれば、そこから屋敷までは少々歩く。

 門番らしき人物に面通しをしたあと、門の中に広がっていた光景はなかなかだった。

 庭のサイズ感はやはり、俺の一般的な『家』のイメージからはほど遠い。それだけで、ローズマリーの家がかなり富んでいることがわかる。

 だが、庭自体は華美な装飾や花壇で飾られている庭園というわけでもない。

 無理に俺の知識から言葉を出すなら、広大な運動公園といった趣だ。


「殺風景でしょう?」


 庭を眺めている俺に向かって、ローズマリーが自嘲気味に言った。


「とんでもない。少しでも足を踏み外したら大変なことになりそうなお屋敷より、よっぽど安心できる」

「今の時間はもう訓練は終わっているけど、常は私設騎士達が踏みならしているのよ」


 それからローズマリーがちらりと遠くに目をやる。俺もそちらを注視すれば、見回りらしき四人一組の騎士が手を振っていた。

 楚々とした仕草でローズマリーは手を振り返し、小さくため息を吐いた。


「彼らの中では、私はまだ手を振ったら大喜びする子供なのよね」


 どうやら、子供の頃から家に仕えている人達らしい。

 少しうんざりした様子のローズマリーに老執事が零す。


「そんなことはございませんとも。彼らの仕草は変わらずとも、内にあるのはお嬢様への信頼や親愛でございましょう」

「……そういうことにしておくわ」


 ローズマリーはあまり納得していない様子だった。

 俺の目から見ても、ローズマリーは慕われているように思えたが、本人の中では何かしっくり来ていないのかもしれない。そう思った。




「「「「おかえりなさいませ、お嬢様」」」」


 それからいかにもな二階建ての屋敷に辿り着いたところ、年の頃は三十そこそこに見える四人の侍女が出迎えた。

 ローズマリーは軽く手を上げることで応え、尋ねる。


「何か、私に伝えることはあるのかしら?」

「いいえお嬢様。特にはございません」

「なら良いわ。既に伝えた通り、彼は私の客人でソウ・ユウギリ。世話はメギストに任せるけれど、貴方達も丁重にもてなすこと」

「かしこまりました」


 その短いやり取りを経て、一人を残して侍女達はそそくさと仕事に戻って行った様子だった。

 ローズマリーは俺を振り返り、少し悪戯っぽく笑う。


「若いメイドが出てこなくてがっかりしたかしら?」

「いや。その辺りは領主様──セージ・エゾエンシス様のお屋敷で履修済みだから」

「そう。残念ね」


 本当に心底残念そうに言ったあと、彼女は老執事に目を合わせる。


「言った通り、ソウの世話をお願いね」

「かしこまりました。よろしくお願い致します。ユウギリ様」

「はい。よろしくお願いします」


 その後は、自分付きの侍女と連れ立っていったローズマリーと別れて、老執事に先導されて屋敷を歩く。

 庭と同じように、この屋敷も広いは広いのだが華美な調度の類は見当たらない。

 時折見つかる花瓶や絵画も、高級品という感じはしない。まぁ、俺の目利きが悪いだけで、そんなことはないのかもしれないが。


「いいえ、安物でございますよ」


 と、俺の心の声に応え、老執事は笑った。

 そんなに顔に出ていただろうか。


「……すみません」

「いいえ。これもまたメリアステルの家訓ですよ。質実剛健と言いますか、過ぎたるは尚及ばざるが如しと言いますか。とかく、この家は必要以上の装飾を嫌うのですよ」


 確かに、そんな感じだ。

 物事には必要十分というものがある。装飾の類にもそれはあって、これ以上少なければ見くびられかねない、かといってこれ以上飾っては下品になる、そういう領域がある。

 丁度、その辺りのギリギリを基準に揃えているイメージだ。


「王家の懐刀は必要以上に目立ってはいけません。必要なのは目立つことではなく、鞘の中の刃を研ぎ澄ましておくことです。故に、何代も続けて、この家では装飾に割く金があればそれを力に注いできました。華美な装飾一つで、騎士の鎧が五つは買えるのだと」


 立派な志だと素直に思った。

 同時に、それはきっと権力争いから少し引いたところに居るからできることだろうな、とも。

 この国には王家以外の特権階級はないが、緩やかな階級制度はある。

 領主の仕事を担う一族は貴族のようなものにあたるだろう。

 そして領主であれば、自身の領地の経営などの仕事があり、他領との関わりによる摩擦の処理なども仕事に含まれる。

 その付き合いの中で、力の上下が生まれ、権力争いもまた生まれることだろう。


 しかし、ここまで聞いて来た感じ、メリアステル家は領地を持たない。

 領主ではないが、ただの民というわけでもない。

 王家に準じる者のような立場であり、同時に貴族のような立場でもある。

 メリアステルの守るべきものは民ではなく王家だ。一般的な領主とは力を入れる先が変わっても問題はない。

 だからこそ、彼らは一本芯の通った刃で居られるのではないか。


 なんて、事情を良く知りもしない俺が考えても仕方ないのだが。

 俺は、聞いた情報から浮かんだ感想を素直に口にすることにした。


「その家訓のおかげで、魔王戦では民の護衛を引き受けて頂けました。ありがたいことです」

「ふふふ。民から感謝されるようなことをするのは、やや珍しいのですがね」


 ちょっと困ったようにメギストは笑った。トライス達と同じような、白髪が似合う渋い笑みだ。

 俺も微笑みを返す。それからまた先導されるがままに歩くが、ふと一枚の絵画が目に入った。

 それは家族を描いた絵に見えた。

 背筋のすっと伸びた精悍な顔つきの男性と、その隣で椅子に座り微笑む女性。

 二人の前には、大人びた表情の少女と、それより少し年下の少年。

 それぞれが、それぞれ、絵に描かれるために立派な衣装で着飾っている。


「お嬢様と、そのご両親に弟君の絵画ですね」


 俺の視線を追ったメギストが、説明を入れてくれた。

 どこか緊張した表情をしながらも、安らいでいるように見える少女は、確かにローズマリーの面影を感じた。


「四人家族ですか」

「側室などを含めなければ、そうですね。いや、そうだったというほうが正しいのですが」


 老執事は言葉を濁した。

 以前、ローズマリーと『生き返り』の話をしたのを思い出した。

 彼女は、それを研究している理由を、あくまで自分のためと言っていたが。もしかしたら、違うのかもしれない。


「ローズマリーが、当主代理、なんですよね?」


 少しだけ、踏み込んで聞いた俺に、老執事は瞑目する。

 教えても良い事柄かを考え、言葉を厳選するように、ぽつりぽつりと言った。


「お嬢様の弟君は、ずっと昔に流行病で。ご母堂はそれから精神を病んでしまわれまして、今は別荘にて心を休まれておいでです。ご当主様は、この屋敷から逃げるように働かれておりまして、遠くに離れておいでです」

「では、この屋敷には」

「はい。ローズマリーお嬢様だけがお住みです」


 思っていた以上に、ローズマリーの立場は苦しいものだったのかもしれない。

 俺は、聞いてはいけないことを聞いてしまった気分で、重く頷き、意図して話を変えた。


「メギストさんは、仕えて長いんですね」


 老執事はその言葉に、俺の心情を察したように微笑む。


「はい。少し前に体調を崩したりも致しましたが、お嬢様の行く末を見守らねばと、気合を入れて戻って来た次第でございますから」


 そう笑ったメギストの目に、ローズマリーを侮るような光は全くなかった。

 彼女が知らないだけで、こうやって彼女を支えたい人間が、この屋敷に集っているのだろうなと、漠然と思った。



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