【ジン・ソニック】(1)
「本当に申し訳ない!! 許して貰おうともしない!! 私に出来る償いがあればなんでも言ってくれ!!」
黒髪の女性──ヴィオラは腰を九十度に折り曲げて謝罪の言葉を述べていた。
俺はそれに、苦笑いを浮かべている。
彼女が俺に掴み掛かってから、この場にいる残り三人の行動は早かった。
わりと無表情のまま、杖を抜いたのがスイ。
それを全力で止めにかかったのがライ。
そんな二人に止められることもなく、力づくで俺からヴィオラを引きはがしたのがイベリスだ。
なんとなく知っていたが、イベリスってこんなに力持ちだったんだ。
イベリスに弾き飛ばされたヴィオラは、どすんと尻餅をついてポカンとする。
イベリスは俺を庇うようにして前に立ち、ライはハラハラと様子を見た。
そしてスイは、氷点下の視線で杖を構えて睨んでいた。
周りの人間が俺を庇おうとするのを見て、ヴィオラはようやく頭を冷やしたらしい。
瞬時に顔を青ざめさせて、口を半端に開けて固まってしまった。
居たたまれなくなった俺が『大丈夫ですか?』と声をかけたところ、冒頭の謝罪に繋がる。
その謝罪を真っ向から受けて、俺は対応に困っていた。
「ああ、いえ。めちゃくちゃビックリしましたけど、怪我してないし良いですよ」
「そ、それでは私の気が収まらない!」
腰を折り曲げたまま、ヴィオラははっきりと言った。
これは多分、俺が何を言っても話が進まないパターンだろう。
状況の改善を他人に委ねる案を考えてみる。
ライは巻き込まれないようにか、いつの間にか厨房へと消えている。
イベリスは、警戒心をむき出しにして、強く彼女のことを睨んでいる。
となると残りは一人しかいない。
俺は旧知の間柄らしいスイに、視線で助けを求めた。
『この人をなんとか宥めてくれ』と。
スイはこくん、と頷いて、ヴィオラの肩をポンと叩いた。
「ヴィオラ。総はこう言ってる。『謝罪するくらいなら、売り上げに貢献しろ』って」
あれ?
俺そんなこと言ったっけ?
スイは振り向いて、やり遂げた笑顔を見せた。
いやいや、ぐっと親指出されてもな。
「……ほ、本当か?」
「あーうん。そうですね。少々お待ちください」
だが、縋るような目つきでこちらを見てくる女騎士様に、否定を返すほど意地悪にはなれなかった。
俺は少し気を取り直して、カウンターを整理する。
この場にはまだ、先程ライに飲んでもらったグラスが乱雑に置かれている。
スイの隣に一人分のスペースを作ると、コースターを置いて彼女を案内した。
「それではお客様。こちらへどうぞ」
「あ、はい」
俺の丁寧な口調に少し驚いたのか、彼女も丁寧な返事をして腰を降ろした。
そうしてみると、やはり騎士という職業なのだろうか。
その所作には、ある程度の気品があるように感じられた。
「……それで、結局この店はなんの店なのだ? ポーション屋ではなかったのか?」
ヴィオラは落ち着かないように肩をソワソワとさせながら、スイに尋ねた。
「あなたの好きな『スイのポーション屋』はもう終わったの」
「それは良かっ──い、いや! どういうことだ!?」
えらく正直な女だな。
スイのポーション屋が終わったことに、凄まじく嬉しそうな顔をしたぞ、一瞬。
ゲロマズポーション被害者の会、会員らしい。
スイはすっと俺に視線を向ける。
その意を受け取って、俺は丁寧に説明した。
「変わったんですよ。『ポーション』を売るお店から『カクテル』を売るお店に」
ヴィオラは首を傾げた。
『カクテル』という単語に聞き覚えがないからであろう。
だが、それを口で説明したところで仕方ない。実際に飲んでもらってこそだ。
「お客様。甘めと酸っぱめなど、好みは何かありますか?」
「えっと、飲み物なんだよな?」
「はい。一人一人のお客様の、ご要望にお答えするのが、このお店です」
笑顔で答える。
彼女はそう言われて、少し思い悩む様子だった。
だが、言葉を待つことだけがバーテンダーの仕事ではない。彼女の仕草や外見から、少しでも分かる事を抜き出してみる。
勝手な偏見と言われるかもしれないが、女性であればあまりにドライなカクテルは好まない事が多い。ライの時もそうだったが、甘いか甘酸っぱいくらいをベースに考えておこう。
それに加えて、俺は先程、彼女に掴み掛かられたときのことを思い出した。
ふわりと香った、スミレの匂い。
香りに拘りがある可能性が高い。香り高いカクテルが良いかもしれないな。
それともう一つ、店に入ってきた段階で、彼女はかなり焦っている様子だった。
となると、ここまでのんびり歩いてきたとも思えない。
軽装とはいえ、装備もしっかりしているのだ。ある程度汗をかいていることだろう。
ここは、ゴクゴクと飲める、爽快感のあるものが良い。
それくらい考えをまとめたところで、ヴィオラは恐る恐る声を出した。
「で、では。その、あまり甘過ぎない感じで、オススメ、というのは?」
甘過ぎないときたか。
控えめな主張だが、悪くはない。
「柑橘類が苦手だったりはしますか?」
「いや、大丈夫だ」
「かしこまりました」
俺は頭の中で、作るものを決めた。
今日はせっかく新しい材料が手に入ったのだから、使わない手はないだろう。
材料として取り出したのは、まず『ジン』──『ジーニポーション』だ。
「──ポ、ポーションを使うのか!?」
いきなり、ヴィオラの脅えた声がした。
スイが面白くなさそうな顔をしているのが気になるが、変な先入観は嬉しくない。
「ご安心ください。調味はスイの担当ではありませんので」
「……わ、わかった」
ヴィオラの渋々といった納得に、苦笑いが浮かんでしまう。
俺は気を引き締めなおして作業に戻った。
果実として合わせるのは『ライム』である。
『ジン』と『ライム』の二つは、色々と使われる定番の組合せだ。
ここで割り材にトニックを使えば、それは先程と同じ【ジン・トニック】となる。
だが、俺はあえて『二つの瓶』を取り出した。
棚から手頃な大きさのグラスを取り出し、乾いた布で軽く拭く。
それが済んだら、作業台へとグラスを置き、ライムをカットする。
ナイフで軽い切り込みを入れて、絞りすぎない程度にライムを絞り、グラスに落とす。
このとき、少しだけ皮の向きに意識をして、香りをグラスの縁に移しておく。
その後に、グラスに氷を敷き詰めていった。
八分目までを満たしたら『ジーニ』を45ml。
さて、ここからだ。
俺は手早く、まずは二つのうちの一つ『ソーダ』の封を解いた。
その時点で、ヴィオラは何が何だか分からないと目を丸くしている。
だが、その光景を見慣れているはずのスイも、鋭くこちらを見ている。
気になるのだろう。その隣にある、もう一つの瓶は何に使うのかと。
それに答えるように、俺はソーダを注ぐ。
ただし、グラスの半分くらいまでだ。
そこで俺は瓶を立てると、もう一つの瓶の封を開けた。
今日お披露目の『トニックウォーター』を、グラスへ注いで行く。
そして、丁度良い頃合いまでグラスを満たしたら、あとは混ぜるだけだ。
バースプーンで軽く上下する感じにステアをして、味を見る。
ドライだが、決して辛すぎず。
甘くあるが、決して甘過ぎない。
そんな絶妙なバランスで成り立っている、香り高いカクテル。
「お待たせしました。【ジン・ソニック】です」
初めてづくしの黒髪の女性は、俺とグラスを交互にキョロキョロと見るのだった。
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本日は、このあと24時過ぎにもう一話投稿予定です。
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※0728 誤字修正しました。
※0729 表現を少し修正しました。
※0805 表現を少し修正しました。