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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第六章

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思考整理と自白



 それから、馬車は数日をかけてついに目的地に辿り着いた。

 その間の待遇は、悪かった。

 寝床が悪いのは、まぁ我慢できなくもないのだが、出された料理が酷い味だった。

 俺は知らずのうちに、オヤジさんや街の飲食店の料理に慣らされすぎていたかもしれない。精神状態が悪いのも理由ではあるだろうが。

 また、連行という形であるためか、会話の自由もあまりなく、景色をのんびり眺めることも許されない。

 閉鎖空間で自由を奪われ続けるのは、言うまでもなく酷い気分だった。




「裁判が開かれるまで大人しくしていろ」


 馬車から降ろされ、領主様とは離れ離れにされたあと。

 俺が連れて行かれたのは、申し訳程度の椅子と机に、嵌め殺しの窓が付いた小部屋だった。

 急に催した時のことをまるで想定してくれていない作りに思えるが、ちゃんと外に出してもらえるのだろうか。


「さて」


 窓から外を眺める気分にもなれず、俺はなるべくくだらないことを考えるようにした。

 そうしておかないと、突然の事態に対する戸惑いやら恐怖やらで動けなくなるような気がする。

 国家反逆がまさか軽い罰で済む訳はあるまい。


 領主様は、俺を安心させるように問題ないとは言っていたが、一抹の不安は残る。

 だが、この場に至って俺にできることはない。

 頼みの綱の銃も今は手元にない。ポーチも、中の弾薬ごと取り上げられている。せめて冷蔵庫に入れておいてくれないかな。無理だろうな。

 実を言えば、俺は魔法使いと思われていないせいか、魔法を制限するような対策は何もされて無いので、逃げようと思えば逃げられるかもしれない。

 だが、どこかも分からないこの小部屋から、勝手の知らない王都の街中に逃げ出すことに大きな意味はないだろう。

 せめて、どこかのタイミングで領主様と合流できて、逃げる価値が生まれた時が来たらまだしもといった話だ。


「……タイミング、か」


 自分の言葉に、自分でひっかかる。

 ふと、アルバオやギヌラ、イベリスと飲んだ時にギヌラが言っていたことを、俺は久々に思い出していた。

 今が、カクテルの邪魔をする最後のタイミング。

 あの時は、リトロに対しての警戒の意味であったが、その不安が違う方向から的中したらしい。


「スイや店は大丈夫だろうか。何の情報もないからな」


 頭で考えれば済む事なのに、静寂に包まれた室内を温めるように、独り言を漏らす。

 スイの心配というか、俺が連行されたことを知った彼女達の行動の方が不安だった。特にスイは、相変わらず無表情の癖に沸点が低い。迂闊に王家に喧嘩を売るようなことはしないだろうか。

 万が一、俺達が無実の罪で裁かれることになったとしたら、スイたち家族にまで罰が及ぶようなことはあるのだろうか。

 いやきっと大丈夫だろう。もしそうなら、領主様の家に押し掛けた時点で、妻や娘も連行するなり拘束するなりしているだろうから。

 万が一、そういうことになったら、大人しくフィルやサリーの国に逃げたり、エルフの隠れ里に逃げてくれたら良いのだが。


「アウランティアカや、サフィーナ商会は、どうだろう」


 カクテル拡散計画に関しては、その二者も噛んでいるが、ヘリコニア氏やギヌラ、クレーベル嬢が拘束されている様子もない。

 資本力の違いで守られているのか。それとも、他に何かあるのか。

 まぁ、どんな理由だろうと無事ならそれで良い。

 ラグウィードの狙いが、領主様の位置に成り代わることなら、決定的に敵対するまで手を出せないのかもしれないしな。


「そう。大丈夫だ。最悪の事態になっても、カクテルに問題は、ない」


 俺はそう自分に言い聞かせた。

 確かに、今回のコレでケチがついたとしても。

 低価格ポーションも、割り材の炭酸飲料も、そしてバーテンダーも、確かにこの世界に蒔いた種が息づいている。

 ひょっとしたら、少しだけ広まるのに遅れが出るかもしれないが。それだけだ。

 かつてアメリカの禁酒法によって、カクテルが成長したように。

 障害は乗り越えることで、より大きな飛躍を生む。

 カクテルがこのまま死ぬことは、俺と関わった全ての人が許さない筈だ。

 だから俺は、カクテルの心配はしなくて大丈夫。


 大丈夫だが。


 もし俺がこのまま死ぬことになったら。

 トライスのことだけは、心残りで終わるだろうな。


「……………………今更か」


 少しセンチメンタルな気分になるが、鼻で笑って飛ばすことにする。

 もともと、鳥須伊吹の話は、現代日本で一度終わった話なのだ。

 その続きのようなものが、この世界で見られただけで、どうしようもないほど幸福な話である。

 せめてもう少し、ようやく所在が掴めたのに、という気持ちだけが、喉に残った魚の小骨のように、心の壁に突き刺さったままではあるが。


 そうして少しだけ気分が沈んでいたところで、唯一の扉にノックが響く。


「やぁ、調子はどうかな? バーテンダー君」


 まるで何度も練習したかのような、教科書通りの柔らかな男の声。

 裁判を受ける直前の容疑者にするには、あまりにも場違いな声。

 こんな声をしていた人間に、心当たりは一人しかいない。

 扉を明けて中に入ってくる気配のない相手に対して、俺もまた努めて優しめに声を返した。


「お久しぶりですね。ラグウィードさん」

「ほう。分かるかね」

「領主様と、あなたの話をしていましたから」


 暗に、お前の企みは領主様にもバレているぞ、と言ってみた。

 俺以外に誰も居ないこの部屋に、言葉がしんとしみ渡るほどの時間のあとに、返事がきた。


「これはこれは。ところで話は変わるが、以前の話をもう一度考え直す気はあるかな?」


 返って来た言葉には、先程の俺の牽制に対する反応はなかった。

 俺も頭を切り換えて、この男の『話』とやらを思い出す。

 確か『今以上の待遇を用意するから、カクテルで自分と組まないか』という話だったか。

 俺を貶めておいて。そんな相手から誘いがあったという点を加味するまでもなく、俺の答えは決まっている。


「お断りします。以前と気持ちは変わっておりませんし、付け加えるならば、このような状況で話を持ち込んでくる人を信用できません」


 ピシャリと、俺は彼の誘いを断った。

 またしても、返事が来るまでに少しの間があったあと。

 返って来たのはそれまでとは違う、昆虫や機械のような冷たさを感じる声だっだ。


「馬鹿なことをしたものだよ。私と手を組んでいればこんなことにはならなかった」

「それは、自分と領主様、どちらに対しての言葉でしょうか?」

「もちろん、両方だとも」


 どうやら、取り繕うのはやめたらしい。

 俺達が冤罪だと自白しているようなものだが、ドアの向こう側でラグウィードを咎めるような声はない。状況は悪い。


「しかし、ただの金になる飲み物かと思えば、魔法にも化けるとは。カクテルの利用価値は私の想像以上だ」

「…………」

「君達が罪に問われたあと、カクテルは私が責任をもって引き継ぐとも。安心すると良い。今回の件で王族ともパイプが繋がってね、これからはもっと良い商売ができそうだ」


 カクテルを、相変わらずただの『金』としか見ない言葉に思わずカチンと来たが、声には出さなかった。

 ここで怒鳴り声を上げることに意味はない。

 今できることは、このような男の話に乗らなくて良かったという安堵することだけだ。まぁ、乗る旨みなど一つもなかったから当然なのだが。


「領主様と自分は無罪です。あなたは、きっと自分の行いを後悔しますよ」

「なるほど、そうだと良いね」


 余裕に満ちた声を最後にして、ラグウィードはその場を去った。

 俺は一人、静かに深呼吸をしながら、ただ時間が過ぎるのを待っていた。



 この国の慣例ではあまりにも異例の速度で裁判が執り行われたのは、翌日の話だった。


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