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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第六章

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それぞれの居場所



「馬鹿なことを言っていないで一緒に逃げなさい」

「えっと、少しは話を」

「話すことなどありますか」


 既に事情は知っているらしいノイネは開口一番そんな感じだった。


「あの、俺達の事情は知っているんですよね?」

「はい。それを含めて考えたところで、何を馬鹿なことをとしか思えませんが」


 取りつく島も無い。

 これではライの焼き直しになるかと思ったが、ノイネはスイをじっと見ていた。

 そこには、否定の意思は感じられない、どこか諦めの色が濃く見えた。


「スイ。あなたは本当に、根っこの部分がタリアに似ていますね。あの子は、多数のために自分が犠牲になる選択肢を厭わなかった。それを私は、一度も止めることができなかった。だから、私が何を言っても無駄なのでしょう?」

「うん」

「では、最初から話すことなどありません。私は馬鹿なことはやめろと言い続けますし、それでもしあなたを失ったらまた後悔するでしょう。ですが、それをしなければあなたもきっと後悔するのでしょう?」

「うん」

「では勝手になさい。私の可愛い孫の無事を、この老いぼれは祈るだけです」


 ノイネは、俺達の行動を認める気は一切ないが、止める気もないらしい。

 スイに向かう言葉の数々からは、確かに彼女のやりきれない諸々を感じた。


「総。私はあなたを信じてスイを任せることはしません。昔、それをして、タリアを失ったことを懲りていますから」

「はい」

「しかし、それはそれとして」


 はぁ、とそこで大きなため息を一つ。

 それからノイネは俺を、涼しげな、そして優しげな目で見た。


「あなたが私の薬酒の弟子であり、同時にカクテルの師であることは変わりません。ですので、その程度の関係性からなら、あなたのことも心配して差し上げます」

「……はい」


 ノイネは微笑んだ。

 彼女の言葉は、もっと深い意味があるように感じた。

 彼女にとって、薬酒の弟子とは他ならぬ娘であり、同時に師は自身の母であったはず。

 つまりは、俺の事もまた、家族のように心配してくれると言っているのだ。

 オヤジさんとノイネの仲は悪いが、こういう素直じゃない部分は本当に似ていると思う。

 あるいは、ノイネと似ているからこそオヤジさんとタリアさんは惹かれ合ったのかもしれない。


「それではもう行きなさいな」

「ノイネさんはこれからどうするんですか?」

「良い機会ですから、街を出て里に戻ろうかと考えています」

「それは……随分と急ですね」


 とはいえ、ノイネの提案はさほど急というほどでもない。

 もともと、彼女がこの街に来たのは、エルフの隠れ里に現れるようになった強力な魔物に対抗する力を手に入れるため。

 紆余曲折はあったが、その力としての『カクテル』を、既に彼女はほぼ実用段階まで使えている。

 実を言えば、この街に留まる理由はもうほとんど存在していない。それでも留まっていたのは、きっとこの街とこの家の居心地が良かったから。

 しかし、彼女の目的から言えば随分と長居してしまったのも否めない。


「とはいえ、此度出現したという魔王の都合によっては、その予定も変わるかもしれませんね」


 俺がしんみりとした気持ちになったのを察したのか、ノイネは付け加えるように言う。


「どういうことでしょう?」

「簡単なことですよ。里に出るようになった魔物もまた魔王の影響を受けていたとすれば、魔王が去ることで元の里に戻るかもしれないということです」

「ああ。なるほど」


 元々の目的は自衛のための戦力だったが、その自衛が必要なくなれば無理に戦力を持つ必要はなくなるのだ。単純な話だった。


「だったら、ノイネさんとヴェルムット家のためにも、気合を入れなくちゃですね」

「馬鹿なことを言わないでください。私は最初から止めろと言っているのですが」

「そうでした」


 意気を新たにしたところで、改めて窘められてしまった。

 ノイネはもう一度、盛大にため息を吐いたあと、手でしっしと俺を追い払う。

 そこに既視感を感じて思わず零してしまった。


「その仕草、オヤジさんとそっくりですね」

「…………」


 ノイネは嫌そうに顔を歪めた。

 その反応に、俺もスイもまた少し笑ってしまった。




「さて、フィルとサリーは参加する側。店の関係者はあと」

「ベルガモとコルシカは避難。イベリスは詳しく聞いてないけど総に付いてくる。リトロさんは、行方不明。カムイさんとメグリさんは家にこもっていてまだ連絡がいってないかもしれない」


 カムイさんとメグリさんは、ウチにグラスを卸してくれているのだが、基本的に必要なグラスは揃ってしまい、今はポーション用ボトルのやり取りを定期的にしているのみ。だが、居場所は分かっているのですぐに連絡が取れるだろう。

 だが、新しく雇った筈の吟遊詩人のリトロは……。


「リトロさんは、魔王の話を聞いてから、寮に帰って来てないな……」


 魔王の事情を説明した時には、確かにその場に居た筈だったのだが、いつの間にか消えていてそれから姿を見ていない。

 一応、書き置きは残してあって『こうしてはいられない』と街中を駆け回っているらしいのだが、詳しいことは一切不明である。


「心配だから早めに避難してくれると良いんだけどな」


 そんな俺の言葉に、スイは淡泊に頷く。あまりリトロに興味がないのかもしれない。

 第一印象がそれなりに悪かったせいだろうか。

 それから、俺達は一先ず寮に向かうことにした。ベルガモとコルシカにも簡単に話をしておきたかった。

 寮にフィルとサリーはいない。今は俺の代わりに、騎士見習い達に『カクテル』と『銃』のことを教えているはずだ。

 寮に着くと、管理人をしてくれているコルシカが、不安そうな表情を隠しもせずに駆け寄ってくる。


「おかえりなさい、総さん。それにスイさんも」

「ただいま。ベルガモと、リトロさんは?」

「兄さんなら『じっとしてるのは落ち着かない』と畑のほうに。リトロさんはまだ見ていません」

「わかった、ありがとう」


 ベルガモは近くに居るようだし声をかけてこよう。


 俺はスイを置いて、ベルガモが居る筈の試験農園に足を向けた。

 寮で食べる分の野菜を育てている区画で、すぐにベルガモの姿は見つかる。

 俺が声をかける前に、ベルガモのほうが俺に気付いた。


「よう、総」

「よう」


 軽く手を上げて挨拶に応えたあと、俺は静かにベルガモの隣に並ぶ。

 今の季節は春の始まり。まだ寒いうちに蒔いた種からは、既にこれからのための新芽が芽吹き始めているところだった。

 ここ以外の、魔草等を試験的に栽培している区画も、同様であろう。


「ベルガモは、何してたんだ?」

「何も。ただ、畑の様子を眺めていた」


 ベルガモの声には、どこか茫洋とした響きがあった。困窮している風でもなく、ただあるがままを受け入れているような、そんな空気が。

 俺はベルガモの視線を追って見るが、言葉通りただ畑を眺めている様子だ。


「ベルガモは、避難するんだろ」

「ああ。ただ、そうなるとこいつらは置いてけぼりだ」

「それは、仕方ない」


 ドラゴンゾンビの脅威から逃げるとなれば、畑を持って行くことはできない。

 その間、ここの管理は置いておかれることになる。

 近くのドリンク製造工場も一応稼働はしているが、すでに大規模生産の要はサフィーナ商会の工場に移っている。

 そうなると、緊急時に止めたところでさして問題もない。管理が必要なければ、この場所に残る必然性がある人物はいない。

 誰かが手の空いた時間に畑の面倒を見ることはないし、その時間も恐らくない。

 手塩にかけた畑を荒れるに任せるのは、きっと辛いことだ。

 ベルガモは畑から俺に顔を向け直して、曖昧な笑みを浮かべた。


「別に駄々をこねたいわけじゃないんだ。それに、言っちゃなんだが、何かを置いて逃げて行くのは慣れているからな」

「そういえば、そうだったな」

「……ああ。ここには随分と、長居したもんだって思うよ」


 ベルガモは、妹のコルシカと土地を転々としてきたと語っている。

 それは戦争のためであったり、迫害のためであったり理由は様々だ。ただ、特にオヤジさんに認められてこの場所に居て良いと言われたとき、彼は涙を流していたほどだ。

 慣れていると言っても、これまでと事情は違う。

 俺には真意の読み取れない眼差しを残したまま、ベルガモは言う。


「まぁ、良いさ。寮に戻ろう。挨拶に来たんだろ?」

「ああ」

「ここで俺とばっかり話してたら、オーナーが嫉妬しちまうからな」

「はは、まさか」


 流石のスイでも、男二人で話していることに嫉妬はしない。

 しないと思う。

 とはいえ、放置が長くなれば不機嫌になるのは分かっているので、話もそこそこに俺達は寮に戻った。




「俺から言えることは何もねえさ。オヤジさんとライちゃんはしっかり守るから、安心しとけってだけだ」

「頼む」

「任せな」


 寮に戻り、食堂の机に集ってから俺達は軽く話した。

 ベルガモは胸に手を当て、自信満々に言う。

 隣に座るコルシカもまた、うんと力強く頷いていた。


「私も、これでも獣人ですから。他に避難する方々の力になれるよう、努力します。そしてごめんなさい、戦線に加わることはできなくて」

「とんでもない。二人が避難する人達に付いてくれるのは助かるよ」


 すまなそうに顔を伏せるコルシカにそう声をかけた。

 この世界の戦争も、例に漏れず数がモノを言う。だが、今回想定されるのは、即席魔砲使い達の一斉掃射である。単純な兵力のぶつかり合いではない。

 力のある獣人を義勇兵として募るより、避難民に付いていてあげて欲しいというのも、また本音だ。

 警護としてローズマリーの私兵が付くと聞いてはいるが、避難する人々も数万に及ぶ。街道は基本的に安全だと言っても、手はいくらあっても足りない。


「ごめんなさいコルシカ。私達は代わりにこの場所を守るから」

「はい。でも、スイさん。一番守って欲しいのはこの場所じゃありません。総さんやあなた自身ですからね」

「分かってる」


 コルシカは、残ると決めているスイに思いを託すように言った。

 スイは、相変わらず表情の変化に乏しい顔を、それでも微かに微笑ませる。


「その代わり、ライやお父さんのこと、ちゃんと見てて欲しい」

「それは、はい」

「特にお父さんが、周りと揉めないように見ててね」


 スイの冗談めいた要請に、コルシカは苦笑いを返すのみだ。

 俺はこの二人が仲良く話しているのを情報としては知っていたが、実際に見たことはあまりなかった。だが、二人の気安いやり取りは、これから戦いに行く少女と、それを見送る少女には見えなかった。

 どちらかが、あるいは両方が意図して、なんでもない風に装っているのが分かった。


「コルシカ」

「はい、なんでしょうか総さん」

「それに、ベルガモも」


 コルシカと、その後に呼んだベルガモ。

 二人は俺がこれから言うことに耳を傾ける姿勢を取る。


「二人の居場所は、もうここだからさ。しっかり守る。ちゃんと、戻って来てくれよ」


 窓から少しだけ風が吹いて、暖かな気配が流れて行った。

 コルシカは、先程のスイとのやり取りとは対照的に、とても切なげな顔をする。

 対してベルガモは、ふっ、と一度鼻で笑ったあとに、ニヤリと頬を歪ませた。


「死ぬなよ。総。たとえこの場所が守られても、お前が居なきゃ居場所じゃねえんだ」

「分かった」


 ベルガモの言葉に、俺は一言だけ返した。

 それ以上の言葉を、彼は必要としなかった。



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