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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第六章

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挨拶


 領主様の号令は、瞬く間に対策本部から末端まで行き渡った。

 その情報伝達の素早さは、領主様の部下達に強力な情報網が敷かれていた、というのももちろんある。

 だが、それ以上に、領主様の決断を皆が待ち望んでいたことがあるだろう。

 つまり、この街の騎士団は、逃げることよりも、街を守るために戦うことを本心では望んでいたということだ。

 どちらにせよ、一部の騎士や協力者、志願者を除けば領民の行動に違いはない。

 与えられた指示に従って、粛々と避難準備を進めるのみだ。


 そして、それはイージーズの店の中でも、避難する人間と残る人間に別れることを指している。

 言うまでもないことだが、スイや俺、そして双子が戦線に参加することを、快く思わない人間は、少なくとも二人居た。




「だから、私は残る」


 現在地はヴェルムット家の居間。

 毅然とした態度で残ると告げているスイの前に、仁王立ちしたオヤジさんと、同じく腕を組んで立っているライがいた。

 二人とも何が言いたいのかなんてことは、言わなくても分かる。

 ただ無言でじっとスイを睨みつけているだけなのに、その視線が雄弁に語っている。

 しかし、そこで普段ならあったであろう一悶着は、起きなかった。


「スイ。お前も、もう二十になる」

「うん」

「俺は、確かに娘可愛さに色々口出しをしている自覚はある。だが、二十にもなる娘がやると決めたことを、俺の一存で否定したりは、しないでいたい」

「うん」

「だから一度だけ言うぞ。一緒に避難するんだ」

「ごめん」

「そうか」


 それきり、オヤジさんは肩を落としてため息を吐いただけだった。

 隣のライは、そんなオヤジさんの様子にも少し苛立つ。


「お父さん! 良いの!?」

「良くねえ」

「だったらもっとちゃんと説得してよ!」

「良くねえが、スイにはスイのやることがある。スイにしかできないことがある。それでもしかしたら助かるもっと大勢の人が居る。そうなったスイを止めるなんてことは、出来ねえって俺は分かってる」


 普段のオヤジさんとは違うと思った。やけに聞き分けが良いというよりは、どこか娘の選択を誇らしく思っているような感じだ。

 もしかしたらだけど、今のスイの覚悟が決まった顔は、二度目なのかもしれない。

 勝手な想像だが、一度目はきっと、スイが魔術院への進学を決めたときだ。

 その時と今と、状況は明らかに違うが、一つだけ共通していることがある。

 スイが、自分ではなく、その他大勢の人々のために動こうとしていることだ。


「……でも」

「ライ。私の話をちゃんと聞いて」

「お姉ちゃん」


 オヤジさんと違ってまったく納得のいっていないライに向けて、スイは姉らしい静かな微笑みを向けた。


「私はね、ライのことが大好きよ」

「……」

「私はあなたのお姉ちゃんだから、あなたが生まれた時から、あなたのことが大好き」


 スイの言葉はライを諭すようであって、自分に言い聞かせるようでもあった。

 黙って聞いていたライが、キッと目を細めて言い返す。


「やめてよ! まるでこれから死にに行くみたいなこと言うのは!」


 ライの叫びに、一瞬スイは怯む。

 この二人は喧嘩をしないわけではない。だけど、その根底には二人とも、お互いを大切に思っている心がある。

 そして、俺が知っている限りの一番の喧嘩は、彼女達の祖母、ノイネが現れたとき。

 すなわち、スイとライが離れ離れになりそうなときだった。


「ライ。私は死にに行くつもりなんてない」

「そんなの分かんないじゃない!」


 スイに死にに行くつもりがないのは当たり前だ。

 そしてライが、それを心配するのもまた当たり前だ。

 だから、それだけでは、話はずっと平行線を辿ることになるだろう。


「だいたい、お姉ちゃんはポーション屋さんでしょ。なんでそんな人がわざわざ残って戦おうなんて考えるの」


 ライの言う通り、スイはただの一個人であり、兵士でも騎士でも、自警団でもない。

 ただ、魔法が使えるポーション屋というだけだ。

 それにスイは毅然とした態度で答える。


「それは私が、戦える力を持っているから」

「そんなのどうだっていいじゃない」

「よくない」

「どうだっていいってば!」


 お互いの主張が相変わらず行き違い続ける。

 スイの態度に業を煮やしたライの瞳が僅かに潤み始めていた。


「だって、お姉ちゃんはポーション屋を選んだんでしょ?」

「……それは、どういう」

「お姉ちゃんの才能があったら、国に仕える魔法使いにでも、研究者にでも、開発者にでもなんにでもなれた。魔法を戦う力に変える仕事なんていくらでもあった。でもお姉ちゃんはポーション屋になった。戦うんじゃなくて、ポーションを作ることを選んだ」


 だから、とライは続けて言った。


「お姉ちゃんは戦う必要なんてない。そういうのは他の人に任せて一緒に逃げようよ」


 ライの精一杯の気持ちがこもった言葉をスイは受けとめた。

 それでも、スイは静かに首を振る。


「ごめんねライ。でも私は残る」

「どうして」

「私はね。戦うとか戦わないとかでポーション屋を選んだわけじゃないの」

「……それは」


 ライはそこに反論を挟めなかった。

 それは今までのスイの行動からも、分かることだった。

 スイはポーション屋だから、という理由で、危険を避けたことはない。

 それは、コルシカの魔力欠乏症を治すためだったり、薬酒であるベルモットの交換条件としてだったり。

 とかく、ポーションとカクテルの未来のため、そして何より、苦しんでいる人を救う為に率先して戦いを選ぶことだってあったのだ。


「私は、この世界で一番多くの人を救えると思ったからポーション屋になった。そして、今ここで逃げたら、その願いが無駄になるかもしれない」

「そんなの、わからないじゃない。お姉ちゃんが何かしなくても、どうにかなるかもしれないのに」

「ライ、私はね、自分の望む未来のために出来ることはなんだってしたいの。自分でできることをやらずに、誰かに任せるっていうのは、したくないの。それに何より、総一人を置いて逃げるなんて、絶対に嫌なの」


 スイとライの視線が俺の方へと向いた。

 ライは、突然のスイの言葉に不思議そうな顔をする。


「なんで……? お姉ちゃんが逃げるなら、総だって一緒に、逃げる、でしょ……?」

「それは無理だ。今回の作戦の軸は『カクテル』なんだ。俺がその場から離れることはできない」

「……なによそれ!!」


 ライはどうやら、スイが折れれば俺も一緒に付いて来ると思っていたらしい。

 だが、民間協力者的な立ち位置にあるスイと違って、俺には俺の責任があった。


「もともと、俺は領主様に雇われたカクテル指南役でもある。もちろん、拘束力なんてないし逃げたとしてもきっと何も言われない。だけど、俺もスイと同じだ。カクテルのために何かできるのに、何もしないなんて我慢できないんだよ」

「ほんとバカ! 総のカクテルバカ!!」


 ライは犬歯を剥き出しにして俺にもそう怒鳴った。

 潤み始めていた目は、既にほとんど涙目の様相となっていた。

 しかし、そんな弱々しい瞳であっても、ライは懸命に俺とスイを睨んでいる。

 俺達が、ドラゴンゾンビなどという『魔王』に挑もうとするのを、どうにか押しとどめようとしている。

 しかし、言葉が出ない。

 きっと、俺達を説得するための上手い言い分が浮かばないのだろう。

 それでも心のモヤモヤをそのまま吐き出そうとしたライを、この場で事の成り行きをじっと見ていたオヤジさんが止めた。


「ライ。もう分かっただろう」

「分かんない」

「お前も、もう大人になるんだ。分かるだろう? いつまでも、子供みたいな駄々捏ねたって、覚悟決めた奴には通じないんだよ」

「分かんないもん!」


 言葉とは裏腹に、悔しそうに俯くライは、オヤジさんの言葉をしっかりと受け止めているように見えた。

 柔らかにライの頭を撫でるオヤジさんに続いて、スイもまたライの頭を撫でる。


「ごめんねライ。でも私は、生まれた時からあなたのことが大好きよ」

「…………それで?」


 ライに遮られた言葉の続きを、今度こそとスイは言った。


「だから。あなたには、私の気持ちを決して誤解してほしくないの。私は、あなたのことがどうでもいいから、あなたの言葉を聞かないわけじゃない」

「嘘。だってお姉ちゃんが私の言うこと聞いてくれたことなんて、全然ないじゃない」

「そんなことは……あるかもしれないけど」


 スイにも、今までライの制止をことごとく無視してきた自覚があったらしく、少し詰まる。

 ……が、んんっ、と咳払いを挟んで続けた。


「でもね、私はどんな時だってあなたのことを忘れたりしない。私がこの街を守りたいのは、カクテルのためだけじゃない。あなたと一緒に過ごしたこの街が壊されて行くのを、ただ見ているのは我慢できないから」

「そんなこと言ったって、信じないから」

「信じてとは言わないけど、でも、覚えておいて。もし、私達の力が及ばなくて、どうしようもなかったとしても、私はあなたのことが大好きだったって」

「…………」


 ライは、何も言わなかった。

 ただ、俯いたまま、首をこくんと縦に揺らした。

 納得はできていないかもしれない。ただ、止めても止まらないことだけを、静かに呑み込んだようだった。


「理論上は勝てるんだから安心して」

「……お姉ちゃんは、そう言ってポーション屋も始めた」

「ぅ…………」


 俺の知る由もないことではあるが、スイの理論上では俺が居なくても店は繁盛していたらしい。とはいえ、それはどうでも良いか。

 一応ライを言いくるめたところで、スイは俺へと視線を向ける。

 俺は改めて、オヤジさんに向き直った。


「オヤジさん。俺も、改めてお世話に──」

「うるせえな。男から、んな言葉はいちいち聞きたくねえんだよ」


 日頃の感謝を、今一度と思ったのにオヤジさんに止められてしまった。

 オヤジさんは、不機嫌そうに眉間に皺を寄せたあと、ぶっきらぼうに言う。


「男が、女を連れて出て行くってときに、言う言葉は一つだ」


 俺は別にスイと結婚してどこかへ行くわけではないのだが、そんなことを言っても仕方ないだろう。

 俺は少しだけ考えて、オヤジさんが欲しているだろう言葉を返した。


「命に代えてもスイは守る」


 俺の言葉に、オヤジさんは少しだけ顔をしかめて、軽く俺の頭をどついた。

 地味に痛い。


「足んねえよ。お前も死ぬな馬鹿野郎」

「……おう」

「よし」


 そして今度は重い衝撃が背中にバシンと響いた。

 景気付けとはわかるが、マジで痛い。

 今思い返しても、この人の男に対するコミュニケーションは、暴力と紙一重過ぎる。


「小僧。俺はな、多くの人々を救う為に死んじまったタリアのことを、今でも後悔している。間違いなく、死ぬまで後悔するだろう。だからな、お前は俺とおんなじ失敗をするんじゃねえぞ」

「……うっす」

「命に代えても守らなくて良い。無理して死ぬな。だいたい、お前よりもスイの方がずっと強いんだからな」

「…………」


 何も言えねえ。多分その通りだから言い返すこともできねえ。

 とにかく、これで、一番大きな話は終わった。


「これから、どうするんだ?」


 オヤジさんの問い。

 これは、今日の予定を聞いているのではなく、今日からドラゴンゾンビがこの街に到達するまでに、何をするのかという話だと思った。


「二人だけじゃなく、世話になった人に挨拶をしてから、俺はバーテンダーの訓練かな」

「戦闘の準備に色々必要だから、やることは一杯」


 スイの言う通り、やることは一杯だが時間はない。

 銃の増産、物資担当のサフィーナ商会のバックアップ、ポーション関係でのアウランティアカとの協力、見習いバーテンダー達の育成と調整。

 軽く考えただけでこれだけある。これから休んでいる暇はないだろう。


「じゃあ、引き止めてちゃ悪いな。ノイネは部屋に居るらしいから、挨拶しておけよ」

「うす」


 それだけ言うと、オヤジさんは手でしっしと俺とスイを解放する。

 言葉通りの意味の他、ライが落ち着くまで少し放っておけという意味もありそうだ。

 それから、俺達は挨拶周りをすることにした。

 イージーズの関係者の中でも、街に残る者と、避難する者に別れているのだ。

 まずは、ノイネからになるだろう。


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