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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第六章

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伏せられて来た一手



「何か打つ手はないんですか? 国の、討伐隊とかは?」


 いきなり降って湧いた天災に対して、俺は思わずそう尋ねていた。

 資料によれば、国の方針としても討伐の方向に進んでおり、現在は魔王、及び魔王に影響されて付き従っている魔物達の調査を行っているらしい。


「この資料によれば、国の方針も討伐みたいですし」

「確かに、国としても王都を守るための準備は進めているだろう。しかし、国としても 最終防衛ラインは、王都に違いない」


 苦々しい表情で眉間に皺を寄せる領主様。

 その苦しそうな雰囲気から、察してしまった。

 彼はこの街の領主なのだ。この連絡を受けた時に、俺が考えるようなことを考えないわけも、そして尋ねないわけもないのだと。


「……この街は?」

「討伐には万全を期する必要がある。現在、水面下で広く戦力を集めている、が、現在の進捗と、魔王の進行速度を考えると……」


 戦力が揃い、魔王と戦う準備を終えたころには、この街は既に無いということ。

 そんなことって、あるのだろうか。

 国が、守るべき街を見捨てるなんて。


「もちろん、私だって抗議はしたさ。しかし、抗議をしても何らかの代案が出せるわけでもない。国からすればこの街は『致し方ない犠牲』というわけだ」

「冗談じゃない! 例えば撃退が無理でも、ルートを逸らすとか、足止めして時間を稼ぐとか、そういう対策を行うのが国の仕事なんじゃないんですか!」


 納得できず、思わず俺は領主様に言う。

 自分自身、不思議なほどに冷静になれなかった。それくらい、国がこの街を見捨てたというのが、信じられなかった。

 いや、信じたくなかっただけなんだろう。

 俺は、そこまで詳しくこの国の情勢を知っているわけでもない。だから、国がどう動くのが普通かなんて分かる筈も無い。

 ただ、自分がずっと暮らしてきた──自分を受け入れてくれたこの場所が、こうもあっさりと見捨てられるのが、ショックだったんだ。


「すまない。一領主に国の決定を覆すほどの力はない。まして、それが国にとって一番有効な策なのだから、私には、どうすることもできない」


 俺の感情の発露に対し、領主様はただただ、辛そうに顔を伏せる。


「……すみません。あなたの責任ではないのに」

「いや、良いんだ。この街の責任者である以上は、この街で起こる全てのこともまた、私に責任であるということなのだから」


 そう言い切った領主様に、咄嗟に声をかけることができない。

 悲劇を止めたくても、その悲劇に対抗する術がない。

 この場にいる全員が、どうしようもない悲劇をただ茫然と受け止めていた。


 ただ、俺の頭の中には、一つだけくすぶる想いがあった。

 この場には、いいや、この街には一つだけ、領主様すら知らない武器がある。



 この世界に生まれて、まだ、その名前さえ知られていない『魔砲(カクテル)』が。



 だが、それを、この場で口にしても良いのだろうか。

 俺はまだ、『カクテル』という魔法の力を正しく知らない。

 それがどの程度の力となり、敵がどれほど強大であるのか。

 本当に『魔砲カクテル』が対抗策となりうるのかさえ、分かりはしない。

 俺の発言に、俺自身が責任を持つ事ができない。


 俺の思いつきで、『銃』という新しい武器を手に戦ったところで、勝てませんでしたではすまない。

 そうなったら、俺の突飛な思いつきのせいで、領主様の手で避難誘導されるはずだった人々や、無為に戦うことになった兵士達の命まで、失われてしまうかもしれない。

 とても、背負えない。

 俺一人の命で、カクテルの火を守れるなら悩むことはない。

 だけど、俺以外の人間の命まで掛け金に乗せるなんて、覚悟ができない。

 そうやって、俺が拳を握り込み、何度も喉の奥から洩れ出そうになる言葉を、噛み砕いていたときだ。



「ドラゴンゾンビについて、もう少し詳しく知りたいのですが」



 その声は、俺よりもずっと年下の、青い髪の少女から響いた。

 その視線は、提示されていたドラゴンゾンビの資料に落ちる。


「ドラゴンゾンビの、もっと詳細な情報は? 進軍速度、従えている魔物、実際に測定された魔法耐性の情報などは? これで全部ですか?」

「それは、より詳細な情報についても、今後随時届くとは思うが」

「なら、届いてからで良いので、それらの情報を見せて貰うことはできますか?」


 何時にも増して迫力のあるスイと、それに応える領主様の会話。

 そこからひしひしと伝わるのは、この青髪の少女がまだ、何にも屈していないということだけ。


「……それを見て、どうしようと言うのかね」

「過去、私が知る限りで人間がドラゴンを討伐したという公的な記録は残っていません。ですが、ドラゴンゾンビや龍草といった、『ドラゴンに近しいモノ』であればその限りではないはずです」

「その通りだね。だからこそ、今この国でも首都に戦力を集めているわけだが」

「だから、詳細な情報が分かれば『この街』でドラゴンゾンビの討伐が可能かどうかの判断ができるはずです」


 そう答えるスイに、領主様は訝しそうな顔をする。


「スイ君。確かに君のシャルト魔道院での成績は知っている。だが、だからといって、ドラゴンゾンビ──いや魔王とその配下の魔物達を退けるというのは、どうなんだ。一人ではどうにもならないことのはずだ」

「分かっています。ですが、私に考えがあります」


 スイはそこで一度、ちらりと俺の目を見た。そして彼女は頷いた。

 俺の考えていることは、全て分かっていると、そう告げるように。

 ここからの話を、注意深く聞いていて欲しいと暗に言うように。

 そう……俺が魔砲カクテルの有用性を知らなくても、自分ならばそれを知っているのだと言うように。

 俺は、握りしめていた拳を解いて、彼女の言葉に耳を傾ける。


「だから、せめて正確な情報が分かれば」

「分かれば、どうにかなると?」

「可能性は、あります」


 控えめに、だが確実にスイは言った。

 彼女とて、ドラゴンゾンビなるものの実力を熟知しているわけではないだろう。

 だが、それでも俺よりは、この世界の魔物や、魔砲(カクテル)がもたらす力についての知見があるはずだ。

 その彼女が、この街を救える可能性はあると言ったのだ。


「にわかには、信じ難いが」

「はい。そうだと思います。ですが、私の肩書きはご存知でしょう。なんの証明にもなりはしませんが、それで少しくらいはお話を聞いていただければと」


 スイの言葉にはなんの根拠もなかったが、彼女の顔には自信、いや、決意のようなものが見えた。

 少なくとも、ただの冗談や希望的観測でこの場を掻き回しているわけではない、というのが分かる表情だ。

 それを受け、領主様は小さく唸る。


「分かった。より詳細な情報については手に入り次第渡そう」

「ありがとうございます」

「ただ、条件がある。スイ君の言う考えとやらを、今この場で私に教えて欲しい」


 今度は、領主様の表情にスイが唸る番であった。

 だが、領主様が真剣なのは当然だ。今迫っている事態は遊びや冗談ではない。

 スイの考え──魔砲カクテルについて納得が出来なければ協力することも当然ない。

 そんな領主様に同調するように、クレーベルが言った。


「私も、そのお話を聞きたく存じます。ただでさえ、我がクレーベル商会は大損害の危機なのですから。そのお考えを聞かせていただけなければ、被害を最小限にこの街から撤退するか、新たな商機と見て援助するかの判断もできません」


 クレーベルの品定めするような目は、やはり年下の少女とは思えないほど鋭い。

 だが、クレーベル商会もまた、この危機に大きな関心があるのは当たり前だ。

 このままドラゴンゾンビに街が破壊されれば、大金を投入して作った炭酸飲料の工場を丸ごと失いかねないのだから。


「……ふん」


 そして、この場に残った最後の一人であるギヌラは、荒く鼻を鳴らした。

 彼は、俺達が作っているものを、知っている。

 だから、何も言わない。

 何も言わずに、俺を睨んだ。


 いつまでスイに任せて、お前は黙っているつもりだと、言われた気がした。

 俺はその視線に、背中をバシンと叩かれた気持ちになった。


 さっきまで俺は何を考えていた?

 俺にはこの街の人々の命をかける判断ができない? そんなもの背負えない?

 何様のつもりだ。

 それを決めるのは俺じゃない。領主様や、この街に住む人々のほうだ。

 俺にできることがあるとしたら、もしかしたらという可能性を、一人で抱え込まないで開示することじゃないのか。

 領主様やスイ、俺の周りの人々が、何かの責任を俺一人に押し付けたりしないことくらい、分かっているはずなのに。



「それについては、自分からお話します」



 スイが言葉を選んでいる間に、俺はこの舞台に躍り出た。


「夕霧君?」

「恐らく、スイが今話題に出しているものは、自分がこの世界で開発した『銃』のことだと思いますから」


 厳密には俺は『銃』の開発など行っていないのだが、『魔法装置としての銃』なら、一応は俺が開発したと言ってもいいだろう。

 俺は自分がいつも腰に付けている金属の固まりを、ゴトリと机に置いた。


「これが、自分たちが作り上げた全く新しい武器です」


 だが、銃を差し出された領主様は怪訝な表情を浮かべるだけだ。


「その武器については、一応聞いているが……確か、君にしか使えないという話ではなかったかね?」


 実際、領主様はすでに俺達から『銃』の説明だけは聞いていた。

 それは『俺が作ったカクテル』を『俺が弾薬化』することでのみ使える──言わば俺のみのユニークな武器であるというものだ。

 だが、俺が今この場で説明するべきものはもちろん違う。


「はい、確かにその通りです。つい先日までは、ですが」


 聡明な領主様は、その物言いだけで全てを察した様子だった。

 今までは、俺にのみ使える『魔法が使える武器』という、極めて汎用性の低い武器だった。

 だから、領主様を含め、その武器の存在を知るほとんど全ての人間も、そこまで注目することはなかった。

 魔法に明るいスイをして『弾薬化』や『弾薬解除』はともかく、初めはこちらに実用性を求めることはしなかったのだ。


「まさか……」

「はい。本当につい先日、この武器は『バーテンダーであれば誰でも魔法が使える武器』へと生まれ変わったのです」


 領主様はその発言に、目を白黒させているのが分かった。

 この国では、魔法とはごく一部の限られた魔法使いにのみ扱える神秘。

 それも、研究職やインフラなど就職先は多岐に渡り、戦闘を専門に行えるのは魔法使いの中でも更にごく一部の限られた者達だ。

 実際、この街の騎士団に属する魔法使いも、二桁は居ない。以前、人手不足でヴィオラがスイを尋ねてきたことからもその希少性が分かる。


 それが、今、この時をもって変わった。


 俺が教育を施した騎士見習い兼バーテンダーの卵達──総勢数十人の戦闘ができる魔法使いがこの街に存在することとなったのだ。



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