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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第六章

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会計前のあれこれ


「さて、私はそろそろおいとまするとしよう」


 リトロが戻ってきてからいくばくもしない内にヴィオラは言った。

 肝心のリトロは、彼が引きずられて行った理由を知りたがった女性客達に捕まっており、あまりヴィオラと会話はしていないようだった。


「もう?」

「もともと、息抜きに顔を出したようなものだし、それほど長居するつもりはなかった」


 スイのやや不満げな、裏を見れば親友に甘えているような言葉に、ヴィオラは名残惜しそうな顔で応える。

 俺個人としても、もう少しゆっくりしていって欲しい気持ちはあるが、今の騎士団の状況は聞いている。

 早めに帰って身体を休めることも重要だろう。


「というわけで会計を頼みたいのだが。今日は素直に会計を済ませてくれ」

「まるでいつもは、素直に会計を出さないみたいな言い方ですね」

「ちょっと前にサリーが、お会計を求めた男性客を言葉巧みに引き止め、更にもう三杯くらい飲ませているの見たぞ」


 サリーのやつ相変わらず中年男性に対して恐ろしいことをしやがるな。

 だが、バーのマスターとして、後で褒めておこう。

 その状態から更に三杯注文を取るというのは、お客さんを良く見て状態や気分を正確に把握し、しかもある程度の関係を築いた上でなければ難しいことだろう。

 行動の是非はともかくとして、それが出来たという点は素直に評価したいところだ。


「それでは、フィル、会計を頼む」


 そしてヴィオラは、俺を通り越して少し遠くで若い男性の常連客と会話をしていたフィルに振った。

 フィルもこちらの会話は耳に入っていたようで、苦笑いで視線を向けた。


「えっと、総さんじゃなくて僕ですか?」

「サリーに会計を頼むと出てくるまで十分。総に頼むといつの間にか一杯追加で飲まされた上で三十分。フィルに頼めば三十秒だからな」

「人のことをなんだと」


 俺がまるで、カクテルの押し売りをしているような発言は困る。

 俺はただ、帰ると言ったが本心ではもっと飲みたそうにしているお客さんには、欲望に忠実であるよう道を示しているだけに過ぎない。

 その結果お客さんは幸せになり、俺達の懐も潤うというWin-Winの関係なのに。

 ということを実際に言ってみると、ヴィオラはキッと俺を睨む。


「そうやって会計にかこつけて適当な話を初め、うまいこと転がした上で一杯、というのがお前の手口だろう。騙されんぞ」


 く、会話の起点を潰されてはどうしようもない。

 と一瞬悔しがりたくなってしまうが、いや、でも本当に今日に限っては何もするつもりが無かったのに。


「それじゃ、フィル、頼んだぞ」

「あはは。分かりました」


 フィルは口元だけにこやかに、声の調子は疲れた感じで了承した。

 それからフィルが会計をまとめに行ったので、俺はすっとフィルの抜けた箇所を埋めるように常連客の方へ向かう。

 常連の若い男性は、近づいて来た俺に向かってやや憎たらしい笑みを浮かべた。


「マスターの策略も形無しだな」

「勘弁してくださいよ」


 話を聞いていた男性の常連客も、揃ってヴィオラの言葉を肯定するように意地悪な言葉を投げてくるのだ。

 半分身内みたいなヴィオラ相手なら流しても良い所だが、常連の男連中が相手では、ある程度反論しておかないとそれで弄られ続けることになりかねない。

 それは、俺の営業スタイルに若干の影響が懸念される。対策(という名の言い訳)をしておこう。


「先程も言いましたが、自分はただ、お客様に本当に楽しんでいただきたいと考えているだけです」


 キリっと表情を作り、俺はことさら真面目な調子で言う。


「仮に、自分が何かを言ったことでお客様が追加の一杯をお頼みになるのでしたら、それは即ちお客様の心には『本当はまだ飲みたい』という気持ちがあったということです。自分は決してお酒を飲む事を強制も強要もいたしません」



 人に酒を飲む事を強要するのは、絶対にだめだ。

 アルハラ、なんて言葉もあるが、こういうのはそれ以前の問題だと思う。

 お酒は、楽しく飲む物だ。

 時には涙を呑み込むために酒を呷る場合もあるだろうが、もともと嗜好品であるのだからして、楽しくなければ飲む意味も無い。

 本当は飲みたくないのに嫌々お酒を飲む、なんて事態は本人にとってもよろしくないし、お酒を作ってくれた方達に対しても失礼だ。


 確かに、勧めたらまだ飲んでくれそうなお客さんに、もう一杯を勧めることはある。

 帰ろうか迷っているお客さんに、もう少し楽しんでいきませんか、と誘うこともある。

 だが、明らかに酔いすぎたお客さんには、チェイサー(お水)をそっと差し出しもする。

 一見するとカップルだが、その実、隣の男性にしつこく言いよられて困り顔の女性客には、あえてアルコールを減らしたカクテルを出すこともある。


 決して売り上げのためではなく、楽しんで貰うために、あえて強めに引き止めてもう一杯、と尋ねることも時にはある。



「だから、自分の行動はひとえにお客様のため、ということなんです」

「おお! さすがカクテルバカ!」


 と、俺が自分を正当化したところで、常連客は酔った勢いで俺を誉め称える。

 それどころか、更に近くのおっさん連中まで会話に乗ってくる。


「なるほど、さすがマスターだ!」

「いっつも俺達のことを考えて客を帰さねえんだな!」

「俺はてっきり、新作のカクテルを自分が作りたいから、適当な理由つけて俺達に飲ませてるもんだとばかり思ってたぜ!」


 …………まぁ、新作を作った時とか、新しい材料が手に入ったときとか。

 この人は気に入りそうだ、と思った相手に最後の最後であえて新作の話をして最後にもう一杯を狙う──なんてこともなきにしもあらずだけど。

 そういうときは、ほぼ確実に引き止めたお客さんも喜んでくれるからセーフだし。うん。


「と、総が無駄に言い訳を重ねている間に、会計を済ませてくれるフィルが居るのは、大変助かるという話だったな」


 視線を横にずらせば、俺の芝居がかった演説に聞く耳を持たず、淡々と会計を済ませていたヴィオラ。

 もともとその気はなかったとはいえ、先程の俺の話を聞いて、全く何も思わずに立ち去ろうとするとは。こいつ……。

 ヴィオラの隣のスイも、合わせて立ち上がった。見送りかと思ったが、上着を掴んでいるので、どうやらヴィオラと一緒に店を出るつもりらしい。

 俺は見送りのためカウンターの外に出る。

 イージーズの扉を開けると、やはり外はまだ肌寒く、酔いの冷めるような風が吹いていた。


「それじゃ、悪いが今日はこれで」

「すみません。リトロさんとも久しぶりに会ったのでしたら、ゆっくりお話したかったと思いますが」


 リトロが女性客に捕まっていてまともに会話ができなかったことを軽く謝罪すると、ヴィオラは相変わらず難しそうな顔をする。


「……なに。また近いうちに顔を見せられたらと思うよ」

「忙しいのでしたら無理をなさらず。いつでもお待ちしております」


 これは本心だ。来てくれるのは嬉しいが、無理をして欲しくはない。

 その俺の心情に気付いているのかどうか、ヴィオラは少し真剣な表情で頷いたあと、俺に少し顔を近づけてくる。

 何事かと測りかねているところで、彼女は耳打ちするように小声で言った。


「今の段階で、カクテルに近づいてくる人間を、あまり信用しないほうが良い」

「……それは、リトロさんのことですか」

「そういうわけでは……まぁ、彼に対しても、彼以外に対しても、だ」


 それじゃ結局、リトロを警戒しろという忠告なのだろうか。普段は直球な言葉の多いヴィオラに珍しい、どこか歯切れの悪い言葉だと思った。


「君はカクテルバカだが、それくらいは覚えておくといい」

「一応、ありがとう」


 最後のセリフは、知人に対する親しみを感じるトーンだった。

 店の外ということもあり、これにだけは同じ軽さの謝意を返した。



 ヴィオラとスイが連れ立って去って行くのを見送り、俺は店内に戻る。

 ヴィオラとスイのグラスなどのカウンターの片づけを済ませて内側に入ると、先程の若い常連客が冗談混じりの顔で言う。


「それじゃマスター俺もお会計」

「ダメです。まだ帰しませんよ」


 にこりと笑顔で言うと、常連客は待っていました、とばかりにわざとらしく唇を尖らせる。


「おいおい、俺にもう一杯飲ませる気かい?」

「いえいえ、自分が飲ませたいと思っているわけじゃないんです。ただお客さんにどうしても飲んで欲しいと言っているカクテルがですね」


 と、口では言いつつ、頭の中にあるのは違う理由だったりする。

 先程まで、楽しいお酒と引き止めの話をしていたところでアレなのだが。

 このお店にはそれ以前の話として、バーテンダー間で取り決めている一つのルールがある。


 若い女性が帰った直後に、他の男性を帰す、というのはできるだけ避けるというものだ。

 これには、逆も当てはまる。


 そのルール自体は、日本でもそれとなく注意していることだ。

 初対面の男女が店の中で話も弾み、大変仲良くなって二人連れだって違う店に行こうというなら、止めはしない。

 だが、女性客(特にお一人で来られたお客様)が帰る、というタイミングを見計らって会計を済ませようとする男性は、少々引き止めさせて貰う。

 というのも、日本の店では女性がそろそろ帰る、と見た男性が先に会計を済ませ、女性が出てくるのを待ち伏せして、つきまといを行ったことがあったのだ。

 その時は、女性客側からそれとなく相談があり、店側として問題行動を行った男性をマークし、紆余曲折の末に出入り禁止にする事態にまで発展してしまった。

 だから、若い女性が帰ろうとしている時などは、終電間際などの理由がある場合を除いて、他の男性客の会計の意図的に時間をずらしたりする。


 もちろん、そんな理由をあからさまにお客さんに伝えたりはできないので、それ用の『とっておきの話題』を二つか三つ用意していたりもするのだ。


「というわけで、情熱的な美女と、クールな美人、元気なお嬢さんのどなたの話が良いですか?」

「カクテルが女性に見えるのはマスターだけですから!」


 冗談っぽく言いながら、お客さんの意識がしっかりと俺に向いたと認識する。

 もともと、この男性はヴィオラとスイの二人をどうこうしようとは思っていなかっただろうが、念には念、というやつだ。

 普段からこういう態度を見せておくことで、本当にそういう狙いがある人間への牽制にもなる。


 それでお客さんがまた一つカクテルの楽しさを知ってくれるのなら、それもまた嬉しいことなのだから。




 まあそれ以前に、正直この店に来る男性で、スイとヴィオラの二人をどうにかできる人はいないと思うけど……。



ここまで読んでくださってありがとうございます。


今日はバレンタインなのに、こんな男女の仲を否定するような話を……わざとではないんです。

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