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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第六章

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丸氷のあれこれ


「こんばんは」

「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」


 ヴィオラが店に現れたのは、時計が九時を指そうかといったころだった。

 予め来る事を伝えていたため、カウンターに座って待っていたスイの隣の席にフィルが案内をした。

 温かいおしぼりを手渡しながら、フィルが尋ねる。


「この時間までお仕事ですか?」

「ああ。今日はこれでも早いくらいだよ」

「遅くまでお疲れさまです」

「と、現時点で働いている君に言われるのもな」


 それを言われちゃ、という話であった。

 フィルは返事の代わりに苦笑いして、一杯目の注文を取る。

 彼女は基本的にジン──ジーニ系を好んでいて、一杯目はその日の気分でジーニのロングカクテルを頼むことが多い。

 今日も例に漏れず【ジン・リッキー】を注文していた。【ジン・リッキー】は簡単に言えば【ジン・トニック】のトニックをソーダに代えたものだ。基本的には、それにマドラーを添える。


「疲れた時には甘いもの、と良く言われるが、今日はよりさっぱりしたい気分でな」


 ヴィオラは一杯目に【ジン・リッキー】を注文した理由をそう言っていた。

 それから、フィルが一杯目を持ってきた。軽くヴィオラが口を付けるのを確認したところで、フィルは他のお客さんの対応に向かったので、入れ替わるように俺が彼女達の前に出た。


「やぁ総。本当にただ見ているだけなんだな」

「いえいえ、今日の自分は仕込みの手伝いもしてますよ」


 何を隠そう、本日のウィスキー──つまりオールドポーションをロックで頼んだ際に出てくる丸氷は、俺のお手製である。

 この丸氷というのが、なかなか赴き深いものなのである。


 オールドが手に入るまでは、主にカクテルのためのグラスとして使われていたロックグラス(オールドファッションドグラスとも)が、ついにその名の通りロックで使われるようになった。

 そのウィスキーを飲む時のお供とも言えるのが、ロックグラスにスポリと嵌るような大きさに削られた丸氷である。


 丸氷を作るのはそこまで難しくはない。

 まず、まだ手を付けていない一貫の氷を細かく分割する際に、おおよそグラスと同じくらいの大きさの、立方体の氷を削り出しておく。

 その立方体の角を最初に削り、角を削ったら次に尖っている角を削り、たまに形を意識しながら更に角を削る。

 これを繰り返して行くうちに、自然とほぼ球体である丸氷が出来上がるわけだ。

 最初のうちは結構時間がかかるものだが、しばらくやれば五分足らずで一個の丸氷が作れるようになる。

 俺は基本的に三又のアイスピックで作業するが、ナイフで氷を削って丸氷を作っている店もある。そちらの方が表面がつるっとした氷になるとか。

 ただ、俺の先輩は少しギザギザの残った氷の方が手作り感があって良い、という理由でアイスピックだったし、俺もそれに倣ってアイスピック派なのだ。


 では、そうまでして、なぜ氷を丸くするのか。

 まず、大きな球体である丸氷は、通常のカクテルに使う四角い氷に比べて溶けるのに時間がかかると言われている。

 もっとも俺は実際の時間を計測したことはないので、もしかしたらそんなに変わらないのかもしれない。

 しかし、その他にも丸氷の利点はある。

 それは、グラスにぴったりと嵌るような氷の場合、ワンショット──30mlの液体を注いだときに綺麗にグラスを満たすように見えるのだ。

 これが小さ過ぎると、底の方で寂しく液体が揺れているように見えるし、大き過ぎるとそもそもグラスに入らない。

 このギリギリに収まる丸氷を、綺麗に作れたときの歓びと言ったらない。

 まぁ、実際にグラスに入るかどうかを確認しながら少しずつ削れば、意外と簡単にそのギリギリを狙えたりもするのだが。

 とにかく、そういった訳で俺は氷を割る作業の中でなら、丸氷作りが好きなのだ。

 一番手がかじかむ作業だから、冬場なんかの辛さもひとしおではあるが。



「というわけで、よろしければオールドをロックでどうぞ」


 と、若干滲み出しそうだった興奮を隠して、俺は軽い説明とおすすめをする。

 しかし、そんな俺の話を聞いていたヴィオラとスイはややしらっとした目で俺を見ている。


「結局、お前の話は最終的に『次は何を飲むか』に繋がるんだよな」

「総、いやらしい」


 おかしい。俺の純粋な気持ちが曲解されている。

 というか、ヴィオラはまだともかく、オーナーであるはずのスイにまで言われているのが納得行かないのだが。


「ま、丸氷についてはこの後ということで、まずは近況報告でもするか」


 言ってヴィオラは、グラスをスイへと向ける。

 スイもまた手に持っていたグラスを軽くかがげ、静かに打ってから口に含んだ。


「まぁ、私の状況は前に話したときと変わらんのだがな」

「良いよ。聞くから」


 完全に待ちの体勢に入ったスイに向かって、ヴィオラはちょっと気持ちを緩めたように見えた。

 それから静かに最初は愚痴を、次第に楽しそうな近況報告へと移って行った。




「そういえば、昼に話していた新人はどうしたんだ?」


 スイとの会話も一段落といったところで、ヴィオラが思い出したように言った。

 そう。実は現在、この店にリトロはいないのである。

 そして、それが何故かをお客さんに説明するのは、大変心苦しい状況でもある。


「えー、新人ことリトロはですね……」


 さて、どう話したものかと悩んでいる横で、スイがあっさりと言った。


「痴情のもつれで連行されていった」

「言い方ぁ……」


 スイのあまりにもあっさりな物言いに待ったをかけつつ、きょとんとしているヴィオラに仕方なく説明した。



 事は、イージーズが開店準備をしているところで起こった。

 開店までは残り幾ばくもなく、皆のコンディションチェックや連絡事項の共有などを改めて行っていたところだ。

 突然、イージーズの扉がえらい勢いで開いて、俺が『まだ準備中ですよ』と声をかけるのに構わず二人の女性が飛び込んできたのだ。

 で、その二人の顔を見た瞬間にダッシュで逃げようとしたリトロが居たので、なんとなく事情を察した俺とフィルでリトロを取り押さえた。


 詳しい話を聞いてみたところ、まぁ、リトロとその女性二人はそれなりに親しい間柄であり、この街に来るまで少し行動を共にしていたという。

 その際に、お金のやりとりもあった。

 だが、このリトロは街に着いたらこつ然と、金を借りたまま二人の前から姿を消したのだ。

 リトロの側にも一応事情を聞いたのだが、無い物は働いて返すしかないだろう、という当たり前でありながら、なんの言い訳にもなっていない言葉が出た。

 というわけで、売られて行く子牛のような顔で、女性二人に引きずられて行くリトロと、それを見送った俺達というわけだ。

 話がまとまったら、今日の営業に戻って来れるというが、果たして。



「想像以上にアレな人間だな」

「顔だけは良いんです。ほんと、顔だけは」

「もはやそこしか擁護がないのか……」


 ヴィオラの的確な感想に、俺はそう答えるしかなかった。

 正直に言えば、その女性二人組が何をやっている人間なのか少し気になりはしたが、それ以前の話でリトロを引き渡す以外の行動がとれなかった。


「リトロが無事ならそろそろ戻ってきますよ、きっと。お次の一杯、どうします?」

「本当に戻ってくるかは疑わしいが、折角なので何かオールドをロックで貰おうか」

「かしこまりました」


 リトロの消息は正直分からないが、それはそれとして最初に丸氷の話をした甲斐はあったようだ。

 俺は頭の中でヴィオラが今まで頼んできたオールドの種類を浮かべ、さて次はどれを勧めようかと考えを巡らせた。

 そして、イージーズブレンドをロックで提供したその少し後、店の鐘が鳴った。


「ただいま戻りましたよ」


 良く通る朗らかな声。さりとて、普段は見せない疲労を感じさせる声。

 それは今まさに、扉を開けて店に戻ってきたリトロの声であった。


「おかえりなさい。今日抜けていた分は給料から引いておきますね」

「開口一番それかいマスター!?」

「あはは、とりあえず、入れるなら入ってもらって良いですか? あなたを一目見たいというお客さんがお待ちですよ」


 俺の会話が聞こえていたであろうヴィオラは、別にそこまで思っていない、とやや不満げに俺を見てから、リトロへと顔を向けた。

 そしてリトロもまた、今日の出来事故かやや警戒するようにしながら、ヴィオラを見る。


 その瞬間だった。


「……え?」

「……ん?」


 目が合った二人が、お互いに戸惑いの声を上げる。

 とても深い困惑を孕んだ声で、戸惑っているのがヴィオラ。

 逆に、とても困った人物に見られた、とでも言いたげに焦りを浮かべているのがリトロ。


 ……なんだかこれは、もしかしなくても顔見知りなのではないだろうか。


「……な、なぜあなたがここに?」

「君は……ちょ、ちょっとこっちに来てくれたまえ!」


 リトロがそう大声で言って、ヴィオラの手を引き店の外に飛び出して行く。

 今日の俺は呆気に取られてばかりだ。俺とスイは目を見合わせて、何がなにやらと意思疎通を行うのであった。


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