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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第六章

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これからの風向き


 サリーとリトロの力関係は、お互いにいい具合で噛み合ったようだった。

 基本的に女性として丁寧な扱いを心得つつなリトロと、男性として全く見ていないサリーであるから、そういったトラブルが起こる心配はほぼない。

 むしろフィルの方がリトロに狙われたら危ないのでは、などという話も冗談で出るくらいだ。


 とはいえ、弟子にリトロの教育を任せたというのは、何も弟子の教育を考えただけの話でもない。

 弟子とリトロが店の準備を行っている間、俺は俺でまたやることがあるのだ。

 今日は、現在遠征している騎士見習い達とは別口の、有志を招いてのカクテルの講義を行っているのだった。


「それでは、お疲れさまです」

『ありがとうございました!』


 普段よりもむしろ数が多いくらいの声を受けて、俺は圧倒されないように笑顔に力を込めた。


 今までの間、領主様の家で行われるカクテル講義の出席者は主に、領主様に仕える騎士見習いか、カクテルの価値を積極的に学びたい、同業者関係の人々だった。

 だが、今日開かれた講義は、そういった人々を対象にしたものではない。

 この街に住んでいる人間で、なんの条件も無しに純粋に『カクテル』を学びたいという願望を持った民衆達だ。


「今日教えたことは、あくまで基礎の基礎の部分です。ですが、その部分を外さない限り『カクテル』はあなたの心強い味方になってくれるはずです」


 日常的に常飲できるというだけではない。

 もしもの時の魔力回復薬という役割もある故に、俺は少し気持ちを込めて言った。

 ここに居るのは、この街の住人の中でもほんの一握り、僅か十数人であるが、一様に熱意を持った人達だ。

 彼らがなんのためにカクテルを学びたいと思ったのかまで、俺はしっかりと把握できていないが、それでもカクテルが彼らの助けになってくれるなら幸いだ。


「では、機会があれば次の講義でまた会いましょう」


 それを締めの言葉とし、ぺこりと頭を下げる。

 願わくは、彼らもまたカクテルを正しく使ってくれる力になりますように。


 解散であることを伝えても、熱心に先のことを質問してくる人々の対応を行いつつ、気付いたら教室が終わってから結構な時間が経っていた。

 グラス類の片づけを終え、少し固くなった肩をほぐしながら邸内を歩いていると、見知った顔が近づいてくるのが見えた。


「よ、ヴィオラ。久しぶり」

「総か。久しぶりだな」


 俺が声をかけたところで、ようやく俺に気付いた、といった反応だ。

 顔を良く見れば、その目には色濃く疲れが浮かんで見えた。


「大丈夫か? いつにも増して疲れて見えるぞ」

「そんなにか?」

「ああ。悪い事は言わないから、休んだ方が良いって顔だ」


 俺の本気の心配の声に、ヴィオラは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。


「そうしたいのはやまやまなんだがな。なにぶん、そうも言ってられん状況だ」

「魔物の活発化か?」

「ああ。一向に落ち着く気配を見せない」


 魔物が活発になっているという話を、最近は特にあちこちから聞く。

 ウチの店に来る客の中にも、魔物のせいで仕事が増えた減ったという話を良く聞く。

 まぁ、それ以上に季節による仕事への影響のほうがよっぽど多いみたいだが、影響を与えているというだけで、珍しいことなのだ。


「特に今は、雑用を押し付ける若手が居ないしな。報告ひとつにしても、自分で行わなければならない」


 ヴィオラの言う若手とは、若手の騎士見習いのことを指しているのだろう。

 その騎士見習い達は、今現在、研修という名目で領主様と繋がりのある有力者の元へと行っている。

 そう、カクテルを広めるために。


「つまり俺のせいか」

「うむ」


 軽く尋ねてみると、思ったより深刻そうに頷かれてしまった。

 一瞬、謝罪の言葉が口を出そうになったが、すぐにヴィオラは破顔し、言った。


「冗談だ。領主様が決めたことに不服のある者は騎士団にはいない。ならばそこに不満など持つ筈もない。が、忙しくなっているのは確かなのだから、恨み言の一つくらいは言わせてくれ」


 疲れているが、それ以上に充実している、そんな感じの笑顔を見せるヴィオラ。

 俺は俺で、彼女の言葉──恨み言の一つくらいは、という話を拾う。


「もちろん、店に来てくれたら恨み言の一つと言わず、愚痴の十や二十は聞いてやるさ」

「はは、そうだな。最近は顔を見せていないしな。今日は早く上がれそうだし、少し顔を出すことにしよう」


 俺の誘いに、ヴィオラは迷う素振りを見せずに頷いた。

 そういえば、と俺はつい最近入った新人のことを思い出す。


「ヴィオラが来なかった間に、面白い人間が増えたぞ」

「ほう?」

「歳は多分俺よりも上。もの凄い美男子だが、サリー曰く『女の敵』だそうだ」

「会いたいような、会いたくないような情報をありがとう」


 ヴィオラはスイの幼馴染であり、少し上だ。

 だから彼女にしてみたら、リトロはかなり年上ということになるのだろう。


「まず間違いなく口説かれると思うが、店員を呼べば即座に罰を執行する」

「客に対して随分と物騒なアドバイスがあるものだな」


 だって本当、ほっておくと何をしでかすか分からないし。

 店員は、基本的に客を口説いてはいけないというルールをどう思っているのか。

 ついでに、そういったルールはお客様との無用のトラブルを避けるためのものだ。


「とはいえ、こんな所で積もる話もない。後でゆっくり話そう。今日はカウンターに立つのか?」


 ヴィオラの問いに俺は頷く。


「といっても、仕事はフィル達に任せて、基本は見てるだけのつもりだけど」

「良いご身分だな」

「これでも、バー部門では上のほうだからな。仕事をせずともいばれるのだよ」


 とはいえ、準備をフィルやサリーに任せっきりにしていると、たまにウズウズと準備がしたくなるものだ。

 手がかじかんで仕方ない氷作りも、しばらくやらないと恋しくなるというものだ。

 ていうか、サリーの作る丸氷、若干雑なんだよな。あれ見ると自分で作りたくなる──というかデカ過ぎてロックグラスに入らず、仕方なく削ったこともあるし。

 その時ばかりは、ちゃんとグラスに入るか確認しろと呆れながら説教した。

 と、俺が一人百面相をしていると、ヴィオラはふっと頬を緩め、静かに言った。


「では、そろそろ仕事に戻る」

「ああ。お疲れさま」

「まだ早い。それじゃ、また今夜」


 別れの挨拶を交わし、俺は去って行くヴィオラの後ろ姿を見送ってから、改めて領主様の元へと向かった。

 勝手知ったる、とまではいかないが、知らない場所でもない邸宅の廊下を歩き、領主様の執務室へ辿り着く。


「夕霧です」


 声をかけながら軽くノックをすると、中から疲れ気味の返事が届いた。


「どうぞ」

「それでは失礼します」


 扉を開けて一番に目に入った領主様の顔は、ヴィオラ以上に疲れていた。

 積み上がった書類の束の量だけ、彼の疲れもまた積み重なっているのかもしれない。


「お疲れですね」

「見て分かるかい。流石はバーテンダーだね」

「いえいえ、誰が見てもそう言うと思いますよ。それくらい、疲れた顔をしてます」


 領主様は、言われて少し目頭を揉んだ後に、苦笑いを浮かべた。


「それは、気をつけねばならないね。君ならともかく、政敵にそんな顔を見られては、付け込まれるかもしれない」

「本当に、お疲れさまです」

「なに、とんでもない。私は自分の仕事をしているだけだよ。第一、この国で疲れていない領主はいないさ。領主以外の騎士団や自警団も同様にね」


 領主様は丁度目を通していたらしい書類を、俺に向けた。

 どうやら、先程のヴィオラからの報告を読んでいたらしい。魔物の目撃情報と、実際の交戦記録についてまとめたもののようだ。

 まだ大きな負傷者は出ていないようだが、部隊全体の疲労がたまっており、目に見えて稼働が落ちているらしい。


「最近は、魔物の活発化の話を本当に良く聞きますね」

「ああ、そうなんだ。そういう噂が立てば民からも声が上がる。声に応えて警戒を強めると、強めた分だけ報告が増えて行く。この地域だけでなく、国中でも同じ傾向のようだ」


 言って領主様は俺にもう一枚書類を向けてくれた。

 どうやら、国からの報告依頼と、直近の魔物の出現報告をまとめたものらしい。

 数年前のデータから始まり、二年前くらいから魔物は増加傾向にあるようだ。

 国全体の比較を見れば、これもまた全体的に上昇しているが、特にこの街から東にいった辺りで報告が多い。


「これ、地域差ありますね。何か報告が多いところに原因でもあるんでしょうか」

「国のほうもそう考えて、目下調査中とのことだ。研究者や学者達の間では、周期的なものだとか、特異的なものだとかで意見が別れているようだが、今の私達にできることは、対症療法的に出現する魔物を討伐していくことくらいだね」


 領主様の悩みっぷりに少し悪いが、俺はこの地域格差を見て少しだけホッとしていた。

 今現在もこの街に滞在している俺の薬酒系リキュールの師匠、ノイネの住んでいた隠れ里は増加が緩やかな地域に存在している。


「だが、言い方は悪いが、この魔物の増加は同時にチャンスだとも考えている」


 それから一転、領主様は無理やりにでも力を込めるように宣言した。


「魔物が増え、魔物の被害が増えるということは、ポーションを求める冒険者や、ポーションを必要とする人間も増えるということ。狙ったわけではないが、この状況は私達にとっては追い風にもなりうる」

「怪我人が増えることを、素直に歓迎はできないですけどね」

「それは、もちろんだとも。だが、そんな人達を救う手助けを我々が行うことは、決して悪ではないはずだ」


 魔物が増えること自体は、俺達の責任では決してない。むしろ、魔物に襲われて危険な目に合う人を救う為にも、早急なカクテルの普及が必要なのだ。

 魔物に襲われたり、魔物と戦った影響で魔力欠乏症になる人のために、カクテルを。

 結局、俺達にできることはそれくらい、という話に戻るわけだ。


「さて、私の仕事の愚痴に付き合わせてしまうのも悪いね。報告を聞かせてくれないかい?」


 領主様は気を取り直したようにそう言った。

 俺は一つ頷き、今日行われた講習の様子について、簡単に報告することとした。


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