久しぶりの四人
「ギヌラ、久しぶり。元気にしてたかい?」
「ふん、久しぶりだな、アルバオ。そちらこそ元気そうで何よりだ」
時は変わって、夕暮れがすっかり闇に染まるころ。俺とアルバオは、スイ達と別れて行動していた。
とある飲食店の中で、アルバオとギヌラは、互いに再会を喜び、握手を交わす。
ここは、残念ながらイージーズではない。ギヌラはイージーズ出禁なので、アルバオとの再会をウチの店で行うことはできない。。
それゆえ、ふらりと立ち寄るには少々値の張るお店を、ギヌラ名義で予約していた。
内装は、清潔感のある白を基調としたもの。テーブルの数に比べて、やや空間の取り方も広い。客の服装も比較的フォーマル寄りで、大衆酒場的な趣のあるウチと比べると、ランクが一つ二つ上だろうか。
とはいえ、料理の味や飲み物の美味さで言えば、ウチも負けていまい。というか勝ってる。カクテルないし、ここ。
「それで、なぜお前がここに居る、ユウギリ」
アルバオには、一応友好的な目を向けていたのに、俺に対してはこの態度である。
「なぜって……お前自分で予約しといて……」
「僕はアルバオと会う為に店を予約したんだ。アルバオがどうしても友人を連れて行きたいというから仕方なく、人数を確保したに過ぎない。お前を呼んだわけではない。勘違いするんじゃない」
ギヌラは相変わらず、俺に対してこんな感じである。
ギヌラと飲んだあの夜の一件以来、打ち解けたかに見えて、まるで変わらない。
せいぜい、一緒に仕事をするようになった位で、むしろ、以前にも増して態度が悪くなっている気すらする。
「うわぁ。本当は久しぶりにあの時のメンバーで集まってウキウキなのに、それを隠そうとしてるギヌラ、気持ち悪いかも」
「なんだとイベリス」
そして、この場にいる最後の一人、イベリスがやや引き気味に言い、ギヌラが睨む。
説明するまでもなく、この場にいるのは以前『ホワイトオーク』で研修していた際のメンバーだ。
俺とイベリスが隣り合っていて、俺の対面にはアルバオ、俺の斜め前にギヌラの構成だ。
横から見た場合、ギヌラとイベリスの側から魔物が来れば良いが、俺とアルバオの側に現れると全滅必須の陣形である。
そんな前衛二人組の会話であるが、ギヌラはイベリスに対してやや頭の痛そうな顔をしている。
「……イベリス。そもそも君はなぜ、レストランに来ているにも関わらず、作業着なんだい?」
「えー、だって機人にとってはこれが正装だし。心配しなくてもちゃんと洗ったってば」
「そういう問題じゃ……はぁ、まあ良いさ」
ギヌラはイベリスの服装に突っ込むのは諦めたようだ。
その代わり、イベリスを作業着のまま連れてきた俺を睨む。俺だって、少し位は指摘したっての。
ギヌラはそれから、テーブルに置かれていたメニューを広げ、手慣れた様子でめくっていく。
彼と食卓を囲むのは二度目だが、なかなかどうして、フォーマルな場所でも様になっている。どうやら最初はドリンクを頼む様子だ。
「何を飲む? アルバオ」
「ワインはあんまり詳しくないから、オススメを頼むよ」
尋ねられたアルバオは、そのままギヌラに選択を委ねる。
「分かった。イベリスもワインで構わないかい?」
「問題無いかも」
イベリスもアルバオに倣う。
それからギヌラは俺をちらりと見て、同じように言った。
「それじゃユウギリ、水で構わないか?」
「構うわ」
「……ちっ。仕方ない、ワインのボトルで良いな」
「お前ほんと、どんだけ俺のこと嫌いなんだよおい」
ナチュラルに水を勧めてくるとかなんだこいつ。
明らかに酔っぱらったお客さんを前にしたバーテンダーかよ。
いや、バーテンダーは無言でさっと水を出すことも多いけど。
……そう考えたら、無言で水を出されなかった分だけ良かったわ。うん。
「それじゃ、料理も適当に頼む、それで良いね?」
「おまかせで」
飲み物に続いて、料理についてもギヌラに任せる。こういうところを、率先してやってくれるのはなんだかんだで頼りになる。
「アルバオは、何か食べたいものはあるかい?」
「んー、メインは食べ応えのあるものが良いかな」
アルバオの返答に頷きを返すギヌラ。
「では、メインは豚肉で何か頼もう。イベリスは、好き嫌いは?」
「子供扱い禁止。でも、あんまり脂っこいものは苦手かも」
不服そうに頬を膨らませつつ、イベリスも答える。
ギヌラはそんなイベリスの態度に薄く微笑んだあと、最後に俺を見る。
「ではユウギリ、嫌いなものと、すごく嫌いなものはなんだい?」
「その二択になんの意味があるんですかね」
「知れたことさ。メインをすごく嫌いなものにして、その周りを嫌いなものであわせる」
「すごく気の利いた嫌がらせだなおい」
俺の返答に対し、ギヌラはニコリともせず、冗談だ、と言った。
そんなわけあるかと、俺の怒りゲージが若干上がり、アルバオに宥められる。
とはいえ、こんなやり取りをしていると、ホワイトオークでの日々を思い出すのも確かだ。
俺とギヌラがやり合い、イベリスが適度にギヌラを煽り、それをアルバオが宥める。
そう思うと、昔に返ってきたみたいな気がして、少し笑ってしまった。
その途端、俺がボロを出すのを待っていたとばかりに、ギヌラが皮肉っぽく、無表情で言った。
「なんだユウギリ、突然笑い出して気持ち悪い奴だな」
無表情でありながら、その実、決まったと目だけが変に輝いているギヌラ。
そんなギヌラに、イベリスがぼそり。
「そういうギヌラも、ちょっとにやけてるかも」
「なっ」
イベリスに指摘されて、ギヌラははっと自分の頬に手を当てた。
だが、さっきまでギヌラはしっかりと無表情であった、頬に手を当ててもその事実に気づくだけだろう。
だが、慌てたということは、さっきの無表情は作った顔で、イベリスの指摘に思い当たるふしがあったということ。
「あはは、嘘かも」
いつものごとく、イタズラ好きのイベリスが、にんまりと馬鹿にするようにギヌラを見ていた。
ギヌラも、先程までの化けの皮が剥がれたように、悔しそうに歯を食いしばる。
「く、この、イベリス……」
「ああもう。喧嘩は良いからまずは注文しようよ。まったく」
そんなギヌラを宥めるアルバオ。
さっき頭に描いた光景が、僅か数秒で目の前に広がってしまった。
そうなると、俺もまた、笑うつもりもないのに笑ってしまって。
「ユウギリ、何が可笑しい」
「いや、すまん。変わったようで全然変わらないお前が、滑稽で」
最後の言葉のチョイスは、軽い意趣返しである。
プチンと、ギヌラの何かが切れた音がした。
「おいイベリス! ユウギリの苦手なものを教えろ! 僕の奢りでフルコースを味わわせてやる!」
イベリスにメニューを投げ渡すギヌラ、その言葉を聞いてイベリスは目を輝かせ、コースのページを熱心に眺める。
「んーと、ちょっと待って、たぶんこれ」
「なるほど…………イベリス、単純に一番高いコースを選ばなかったか?」
「だって奢りだし?」
と、まるでギヌラの要望を無視した、イベリスらしい注文であった。
ギヌラは再度拳を握りしめ、店員を呼びつける。
「店員! 脂っこいもの、とにかく脂っこいものを頼む!」
「わわ、ギヌラの馬鹿!」
「ふはは、思い知ったか!」
と、イベリスが若干涙目になり、ギヌラが勝ち誇ったように高笑いを上げる。
その段階で、先程呼びつけた店員が、苦笑いを浮かべてひと言。
「あのお客様。店内には他のお客様もいらっしゃいますので、お静かにお願いいたします」
「「「「すみませんでした」」」」
俺達は四人揃って、綺麗に頭を下げたのであった。




